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81話

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「じゃあ帰る前に声をかけろよ」

 そう言うとアレンは、咳き込んで見せたドミーたちを置いて行ってしまった。

「何だあれ?あの態度は酷い」
「貴族同士ならもっと自制するんだろうが、平民にはまああんなものだよ」

 肩を竦めて力なく笑うドミーは、しかしすぐに表情を変えた。

「お付き無しで、屋敷中の美術品を見てもいいと言われたのは幸運だった。今日は伯爵はいないようだな、いたら流石にもう少し警戒されただろうから」
「はー。妹は何故あんな奴に引っかかったんだろう・・・悲しくなりましたよ」
「あいつも見た目だけはいいし、次期伯爵だからな。それにほら、あの本性は貴族同士では見せないだろうから。それより急ごう!」

 まさか二人きりで放置とは思わなかったが、仕事はやりやすい。

 証拠になりそうなものならどんなものでも。
ドミーが鑑定するふりをしながら見張り、トリュースが家捜しをするのだ。

「行くぞ!」



 ドミーが廊下の美術品を一つ一つ見ている間に、部屋に入り込んでトリュースが捜す。
美術品が何もない部屋はどんどん飛ばし、結局執務室と各人の私室が残された。

「執務室は慎重に、動かしたらそのとおりに戻さなくてはだめだぞ」
「気をつけます」

 運良く今日は誰もいないグルプの執務室に、トリュースが入り込む。

「慎重にな」

 もう一度ドミーに念を押され、頷き合って、作業を開始した。


 まずは机の引き出しに手をかける。鍵のないところに大切なものは入れないと踏んで、針金を使い、鍵を開ける。
犯罪・・・ではあるが、背に腹は代えられないと、この日のためにドミーの知人から特訓を受けた。

 暫く格闘するとカチャリと音がする。

「よしっ」

 引き出しの中には特に怪しいものはなかったが、ドミーの知人からアドバイスされたように引き出しごと引き抜くと、なかに隠し棚が設えられており、帳簿らしきものが入れてあった。

「なんだ、思ってたよりずっと簡単に見つかったな」

 拍子抜けしたトリュースだが、そもそもここに忍び込むことが大変なのだ。
だからこそグルプは、鍵一つで大切なものを引き出しにしまっていたのだろう。

 引っ張り出した帳簿は、裏取引だけを記録したトリュースの探しものだった。

「おおお、これは」

 帳簿ごと持ち出せばすぐに侵入が知られてしまうが、ミヒアが与えてくれた珍しい写し紙というのを使う。

 書き込まれた紙の上に写し紙を乗せて擦ると、とても薄いのだが、写し紙の裏側にインクの痕が写し取れる特殊なもの。
あることは知っていたが、バカ高くてとてもおいそれとは使えない。それをミヒアは惜しげもなくトリュースに託してくれたのだ。

「トリュース、急ぐんだ!」

 自分を叱咤激励して、せっせと手を動かし続ける。



 数年前からの、裏金を誰にいくら渡したか。
誰からいくら貰ったかが綿々と書かれている。

 ふとトリュース!の手が止まった。

『ホングレイブ伯爵家ゲイザード』

 無いことを心から祈っていた兄の名が、両親と妹が亡くなった日を挟んで二度にわたり書き込まれている。

 それが意味することは・・・・。

 ふるふると頭を左右に振る。

「落ち込んでいる場合じゃないぞ」

 トリュースは無心にその先も写し続けた。



 コツコツ。

 壁から音がして、トリュースは顔を上げた。
ドミーからの報せだ。

 急いで帳簿を隠し棚に戻し、引き出しに鍵を締める。

 ─間に合うか?─

 扉を開けようとしたところ、開かなかった。

 ドミーが押さえていたのだ。
アレンの声が聞こえた。

「まだ終わらんのか?」
「もうあと少しでございます」
「ふん。あの絵はどうだった?」
「はい、残念ながらあれは贋作にございました」
「はっ?なんだと?くそっ!」

 一頻り罵ったあと、ぐるりと見回す。

「ヘルムズ、助手はどうした?」
「ちょっと腹の具合が悪いようで、御不浄をお借りしております」
「ああ」

 すぐ興味を失くす。

「じゃあ他に贋作は」
「二つほど見つけましたので、再鑑定をお勧め致します」
「それは父上に言っておく。私は客が来るから終わったら誰か捕まえてどれが贋作かわかるよう伝えておけ」

 それだけ告げると、乱暴な足音を立てて行ってしまった。

 コンコンと小さな音がして、扉が開けられた。

「出ていいぞ、いや、焦った」
「本当に」
「成果は?」

 訊かれたトリュースは、ニヤリと口元を歪めて笑ってみせた。
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