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80話

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 ドミー・ヘルムズがミヒアの依頼に応じ、準備を整えたと知らせてきたのは先の会合より僅か三日後のこと。

 ものがわからない若き頃、それとは知らずに贋作に関わっていたドミーは、表舞台を歩く今も様々な裏の人脈を保っている。

 彼らは生きる場所を太陽の下へと変えたドミーを妬ましさ半分、誇らしさ半分に、糸のように細くなった繋がりを決して手放さず、ドミーも切り捨てることはしなかった。

 何故なら画商にとって贋作が失くなることはないから。

 いまドミーは真作のみを扱う画商として知られているが、その情報をもたらしてくれるのは、やはり彼らなのだ。

 今回はその人脈を駆使し、罠を用意した。

 ジメンクス伯爵家に、ある男爵家の名で絵を献上したのだ。最近値の上がり始めたそれは、ジメンクス伯爵家が、というより貴族はあまり好まない超前衛的なもので、勿論精巧な贋作だ。

「あの重厚な屋敷には絶対に似合わないが、それなりに値の張る物なら、奴らのことだ。すぐに金に変えようとするに違いない」

 ジメンクス伯爵家がヘルムズ商会に声をかけるとは限らないが、他の画商に損失が出てはいけないため、予めジメンクス伯爵家に贈られた絵画をドミーが探しているという噂を流しておいた。

 その絵画を見つけたらドミーに連絡をと。

 因みに真作はドミーの手元にある。今動くとしたらドミー自身が用意した贋作に違いない。






「ドミーはいるか?」
「ああジョローダン、入れよ。久しぶりだな」
「おまえが探しているペッカロのメッハだが、それらしいものの買い取り依頼が来てな」

 早速ダニラス・ジョローダンのところに話が持ち込まれたようだ。

「そうか!探していたんだよ。もう物は見たのか?」
「あー、見たんだが、うちは前衛物はあまり経験がなくてなあ。正直よくわからなかったんだが、そうは言えないから、詳しい者を連れて行くと言っちまったんだ」

 あまりに呆気なく、拍子抜けするほどドミーの考えたとおりに自分の手に転がり込んでくる。

「うむ、では私が鑑定しよう!どこの家門だね?」
「おお助かるよ、ジメンクス伯爵家だ。全部そっちでやってくれていいぞ」
「助かるよ、契約が成立したら手数料を払おう」
「よろしく頼む!ではジメンクス伯爵家にはこちらから連絡を入れておくとしよう」

 こうしてドミーは黒髪のトリュースを助手として、正面からジメンクス伯爵家に入り込むことに成功した。





「久しいな、ヘルムズ。いつ呼んでも来なかったくせに、欲しいものがある時はすぐに来るのかよ」

 訪れたドミーの背後に控えていたトリュースが、かつての恋人の兄トリスタン・ホングレイブだとはまったく気づかず、アレンはぐちぐちと嫌味をぶつけている。

「ジョローダンに聞いたぞ、おまえが探している絵画らしいから高く買うだろうってな。今までの非礼の分も上乗せして値をつけろよ」

 自分がドミーに何をしたかなど、きれいに忘れているようだ。

「まるでにわとりだな」

 トリュースの口の中でくぐもった声。
アレンには聞こえなかったが、すぐ前にいたドミーは聞き取ることができた。

「ぐっ」

 笑いを堪えたドミーから異音が漏れてしまい、アレンが見咎める。

「ん?なんだよヘルムズ」
「いえっ、ちょっと咳が」
「風邪でもひいているのか?」

 汚いものでも見たような顔で、アレンはサッとドミーから距離を置いた。

「感染すなよ」と言って。



(相変わらずイヤな奴だ)

 そう思うと、ドミーはこれからの展開が楽しみでたまらなくなった。

「おや?アレン様」
「なんだよ」

 声をかけられたにことが本当に嫌そうだ。

「あの、これは」
「ああ。それはどこかの子爵が父上に寄越したものだが」
「こう申しては何でございますが、高貴なお屋敷にはあまりそぐわないものとお見受け致しますが」
「うん?何だもしかして贋作か?」
「よく鑑定しなくてははっきりとは申せませんが」

 そう言ったあと、さらにドミーは他の絵画にもじっと視線を送った。

 以前アレンに騙されたドミーは、あれ以来研鑽を積み、真贋鑑定でさらに名を挙げている。
そのドミーが言うのだから、アレンは心配になった。

「せっかく来たんだ!他にも怪しいものがないか、確認しておけ」

 その言葉を引き出すため、偽物でも何でもない物をさも怪しいように見て歩いたのだ。
うれしさを堪え、なるべく淡々と微笑んでドミーは頭を下げた。

「かしこまりましっ、ゴホッ」

 態と咳き込むと、アレンは面白いように飛び退る。

「終わったら呼べ!」

そう言い残し、姿を消した。
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