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第2話
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「第一何なの、その薄汚れた格好は!貴族令息たる者、身嗜みを整えるなど最低限のマナーですわよ。貴方の侍従やメイドは何をやっているのよっ!」
「す、す、すみません、お目汚・・あの、わ、私にはメイドも侍従もいませ・・・」
ゴールディアは驚いて目を見開いた。
「貴方どこの家門?名前は?」
「ス、スミール伯爵家のビュ、ビュワードと言います」
「スミール伯爵?」
ゴールディアは貴族年鑑も頭に叩き込んでいる。スミール伯爵といえば、貧乏貴族どころか富裕な一族のはずだった。
─それなのに、なんでそこの令息がこんな見窄らしい服を着ているのかしら─
強い視線を感じたビュワードは、怯えて更に俯く。我慢しようとしていたが、背中を丸めた卑屈な姿にゴールディアはキレた。
「だからっ!貴族たる者背筋を伸ばして顔を上げなさいっ!」
見ず知らずの令嬢に少々荒めの罵声を浴びせられ、奮起できるほどの気概は、長年虐げられてきたビュワードにはなかった。
「うっ、ううぅっ、ご、ごめなさっ」
漏れ出たのは泣き声。
これにはゴールディアの方が慌てた。
何しろどの学院も問題を起こすような令嬢はお断りだと、転入を認めてくれたのはこの学院だけ。それも父が頭を下げて(たぶん寄付金を積み上げて)なんとか受け入れてもらったのだ。転入したてで問題を起こし、学院を辞めさせられたら大変だ。
「ちょっと貴方、泣くことないでしょう!こちらにいらっしゃい!」
汚らしい袖口を指先で摘み、ビュワードを誰もいない中庭に引っ張り出したゴールディアはあ然とする。
薄暗がりの廊下では見えなかった、隅々まで太陽が曝け出した令息は、汚れて皺だらけな上にほつれもそのままの大きすぎる服で、艶なくべたついた髪は伸び切ってボサボサだ。
だが暗い暗い目を地面に向けたビュワードは、整えればもっとマシ、いや美しい令息になるかも知れないと、ふっと思うゴールディアだった。
「ねえ、何故そんな格好なの?」
さっきより優しく語りかけてやる。
いじめられているのだろうとはすぐに気づいたが、両親に溺愛されているゴールディアは、まさかそれが家族からだとは思わず、誰かに制服を取られて汚されたのだと考えていた。
「・・・」
しかしいつまで待っても何も答えない。
苛ついたゴールディアはまた圧の込もった声で訊ねた。
「誰にやられたのか教えなさい!」
おどおどと視線を彷徨わせながら、ビュワードは漸く口を開く。
「あの・・・わ、私は・・・・・・・・・いらな・・・いこどもだか・・ら・・・」
掠れた小さな声が語る信じられない言葉に、ゴールディアは目を大きく見開いた。
よく見れば汚れているだけではなく、顔色は病的に青白く、頬がげっそりとこけている。年頃にしては手首が異常に細く、手の甲に痣のようなものが見えてハッとする。
普通、成長とともに何度でも制服を作り変えるのが貴族というものだが、服は随分前に大きく作られたものなのかもしれないと、折り返され膨らんだ裾を見て、すべてのピースがはまったゴールディアは胸が痛んだ。
「ランチは食べたの?」
まさかと思いながら訊ねたゴールディアは、俯いたままのビュワードが小さく横にかぶりを振るのを見て、ほうっと小さくため息を漏らす。
「いいわ、ちょっと座って待っていて」
ランチを一人で済ませていたゴールディアは売店に向かい、残り少なくなったサンドイッチやビスケットを買い込むとビュワードの元に戻る。
じきに昼休みが終わってしまうが、なぜか・・・というか、予想どおりというか、昼を食べてもいない令息を放っておくことは出来なかった。
「す、す、すみません、お目汚・・あの、わ、私にはメイドも侍従もいませ・・・」
ゴールディアは驚いて目を見開いた。
「貴方どこの家門?名前は?」
「ス、スミール伯爵家のビュ、ビュワードと言います」
「スミール伯爵?」
ゴールディアは貴族年鑑も頭に叩き込んでいる。スミール伯爵といえば、貧乏貴族どころか富裕な一族のはずだった。
─それなのに、なんでそこの令息がこんな見窄らしい服を着ているのかしら─
強い視線を感じたビュワードは、怯えて更に俯く。我慢しようとしていたが、背中を丸めた卑屈な姿にゴールディアはキレた。
「だからっ!貴族たる者背筋を伸ばして顔を上げなさいっ!」
見ず知らずの令嬢に少々荒めの罵声を浴びせられ、奮起できるほどの気概は、長年虐げられてきたビュワードにはなかった。
「うっ、ううぅっ、ご、ごめなさっ」
漏れ出たのは泣き声。
これにはゴールディアの方が慌てた。
何しろどの学院も問題を起こすような令嬢はお断りだと、転入を認めてくれたのはこの学院だけ。それも父が頭を下げて(たぶん寄付金を積み上げて)なんとか受け入れてもらったのだ。転入したてで問題を起こし、学院を辞めさせられたら大変だ。
「ちょっと貴方、泣くことないでしょう!こちらにいらっしゃい!」
汚らしい袖口を指先で摘み、ビュワードを誰もいない中庭に引っ張り出したゴールディアはあ然とする。
薄暗がりの廊下では見えなかった、隅々まで太陽が曝け出した令息は、汚れて皺だらけな上にほつれもそのままの大きすぎる服で、艶なくべたついた髪は伸び切ってボサボサだ。
だが暗い暗い目を地面に向けたビュワードは、整えればもっとマシ、いや美しい令息になるかも知れないと、ふっと思うゴールディアだった。
「ねえ、何故そんな格好なの?」
さっきより優しく語りかけてやる。
いじめられているのだろうとはすぐに気づいたが、両親に溺愛されているゴールディアは、まさかそれが家族からだとは思わず、誰かに制服を取られて汚されたのだと考えていた。
「・・・」
しかしいつまで待っても何も答えない。
苛ついたゴールディアはまた圧の込もった声で訊ねた。
「誰にやられたのか教えなさい!」
おどおどと視線を彷徨わせながら、ビュワードは漸く口を開く。
「あの・・・わ、私は・・・・・・・・・いらな・・・いこどもだか・・ら・・・」
掠れた小さな声が語る信じられない言葉に、ゴールディアは目を大きく見開いた。
よく見れば汚れているだけではなく、顔色は病的に青白く、頬がげっそりとこけている。年頃にしては手首が異常に細く、手の甲に痣のようなものが見えてハッとする。
普通、成長とともに何度でも制服を作り変えるのが貴族というものだが、服は随分前に大きく作られたものなのかもしれないと、折り返され膨らんだ裾を見て、すべてのピースがはまったゴールディアは胸が痛んだ。
「ランチは食べたの?」
まさかと思いながら訊ねたゴールディアは、俯いたままのビュワードが小さく横にかぶりを振るのを見て、ほうっと小さくため息を漏らす。
「いいわ、ちょっと座って待っていて」
ランチを一人で済ませていたゴールディアは売店に向かい、残り少なくなったサンドイッチやビスケットを買い込むとビュワードの元に戻る。
じきに昼休みが終わってしまうが、なぜか・・・というか、予想どおりというか、昼を食べてもいない令息を放っておくことは出来なかった。
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