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第1話
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ドレド・スミール伯爵の二人目の妻ヌーラが生み落とした息子ビュワードは、最初の妻の息子で嫡男のトリードに何かにつけ虐められている。
スミール家にとって不運なことに、トリードとビュワードの生母はそれぞれ出産時に鬼籍に入った。当初は乳母がすべてをみていたが、不在がちな自分の小さな息子たちには母親が必要と考えたドレドは、のちに三人目の妻アニタを迎える。
アニタ自身は懐妊することはなかったが、伯爵に似た容姿で人懐こい嫡男トリードをよく可愛がっていた。そこまでは良い。しかし二人目の妻に似てドレドの面影の少ないビュワードのことは、とてつもなく冷たくあしらった。
幼いビュワードに暫くつけられていた家庭教師は、伯爵家の次男が飛び抜けて優秀と見抜いていたが、長兄トリードに二年遅れて学院に入学したときは、アニタの策略によりトリードが、「ビュワードは傲慢でいつも使用人たちを虐めており、またトリードのテキストやノートを奪うために勉強に専念できずに困っている」と散々
噂を流した後。
傍若無人でとんでもなく性悪な令息だと既に言われており、友人もできずいつも一人ぼっち。
試験の成績がよくても、カンニングしていると言われて教師たちに認めてもらうことはできず、いくら訴えても誰の耳にも届かない。
いつしか屋敷の使用人たちからも目を背けられて、トリードのお下がりの制服は、裾はほつれ汚れていた。
最低のヤツと後ろ指を指され、俯いて歩くようになったビュワード。
ドンっ!
「うわっ、す、す、すみません」
顔を上げずにぺこぺこと謝り続ける令息を、眉を上げた高慢そうな令嬢が見下ろす。
目も眩むような艷やかな金髪とエメラルドを嵌め込んだような瞳を持つ彼女は、ゴールディア・ミリタス侯爵令嬢という。
転入してきたばかりで、ビュワードのことはまだまったく知らずにいた。
ゴールディアは容姿端麗で頭脳明晰、侯爵家嫡子であり、母が王家と繋がる公爵家という出自からとても誇り高く、また気が強い性格だ。
前の学院で可愛らしいふわふわした男爵令嬢を虐めたと退学処分となり、転校することとなったいわくつきである。
そのときゴールディアは、令嬢を虐めたとは決して認めなかった。
虐めたのではなく、あまりに酷いマナーやおどおどした所作が目に付いたので、貴族令嬢に相応しい立ち居振る舞いができるよう教えてやろうと思ったのが最初の発端だったのだ。
善意だったが、ゴールディアの迫力ある厳しさに、虐められたと令嬢が発言したことでついムキになって反論するうち「こうして虐められている」と令嬢が泣きながら被害を訴え、吼える獅子と怯える兎のようなふたりの姿に、ゴールディアの冤罪は確定してしまった。
ミリタス侯爵夫妻は後継者の一人娘を溺愛しているが、欲目ではなく公正な目で真実を見抜いていた。不運にも事態や感情が拗れて誤解が生まれただけで、ゴールディアは虐めなどしていない。
しかし、一度刷り込まれてしまった思い込みを解くのには時間がかかる。
それよりも学院を卒業できないとのちのち困ると思案の末、いくつかある貴族学院のうち、元の学院から遠く離れた国境近く、最北の学院に編入させることを決めた。
ゴールディアの正義感の強さや面倒見が良い性格を知る友人たちから、虐めではないと擁護する声も多かったため、時間と距離が誤解とほとぼりを冷ますに違いないと考えて。
さて。
ぶつかったときのビュワードの態度に、あの令嬢を思い出したゴールディは、俯いたまま小さな声で怯えたように謝罪をくり返すビュワードの腕を掴んで、つい言ってしまった。
「貴方それでも貴族の令息ですの?しっかりなさい!イラッとするわっ!」
スミール家にとって不運なことに、トリードとビュワードの生母はそれぞれ出産時に鬼籍に入った。当初は乳母がすべてをみていたが、不在がちな自分の小さな息子たちには母親が必要と考えたドレドは、のちに三人目の妻アニタを迎える。
アニタ自身は懐妊することはなかったが、伯爵に似た容姿で人懐こい嫡男トリードをよく可愛がっていた。そこまでは良い。しかし二人目の妻に似てドレドの面影の少ないビュワードのことは、とてつもなく冷たくあしらった。
幼いビュワードに暫くつけられていた家庭教師は、伯爵家の次男が飛び抜けて優秀と見抜いていたが、長兄トリードに二年遅れて学院に入学したときは、アニタの策略によりトリードが、「ビュワードは傲慢でいつも使用人たちを虐めており、またトリードのテキストやノートを奪うために勉強に専念できずに困っている」と散々
噂を流した後。
傍若無人でとんでもなく性悪な令息だと既に言われており、友人もできずいつも一人ぼっち。
試験の成績がよくても、カンニングしていると言われて教師たちに認めてもらうことはできず、いくら訴えても誰の耳にも届かない。
いつしか屋敷の使用人たちからも目を背けられて、トリードのお下がりの制服は、裾はほつれ汚れていた。
最低のヤツと後ろ指を指され、俯いて歩くようになったビュワード。
ドンっ!
「うわっ、す、す、すみません」
顔を上げずにぺこぺこと謝り続ける令息を、眉を上げた高慢そうな令嬢が見下ろす。
目も眩むような艷やかな金髪とエメラルドを嵌め込んだような瞳を持つ彼女は、ゴールディア・ミリタス侯爵令嬢という。
転入してきたばかりで、ビュワードのことはまだまったく知らずにいた。
ゴールディアは容姿端麗で頭脳明晰、侯爵家嫡子であり、母が王家と繋がる公爵家という出自からとても誇り高く、また気が強い性格だ。
前の学院で可愛らしいふわふわした男爵令嬢を虐めたと退学処分となり、転校することとなったいわくつきである。
そのときゴールディアは、令嬢を虐めたとは決して認めなかった。
虐めたのではなく、あまりに酷いマナーやおどおどした所作が目に付いたので、貴族令嬢に相応しい立ち居振る舞いができるよう教えてやろうと思ったのが最初の発端だったのだ。
善意だったが、ゴールディアの迫力ある厳しさに、虐められたと令嬢が発言したことでついムキになって反論するうち「こうして虐められている」と令嬢が泣きながら被害を訴え、吼える獅子と怯える兎のようなふたりの姿に、ゴールディアの冤罪は確定してしまった。
ミリタス侯爵夫妻は後継者の一人娘を溺愛しているが、欲目ではなく公正な目で真実を見抜いていた。不運にも事態や感情が拗れて誤解が生まれただけで、ゴールディアは虐めなどしていない。
しかし、一度刷り込まれてしまった思い込みを解くのには時間がかかる。
それよりも学院を卒業できないとのちのち困ると思案の末、いくつかある貴族学院のうち、元の学院から遠く離れた国境近く、最北の学院に編入させることを決めた。
ゴールディアの正義感の強さや面倒見が良い性格を知る友人たちから、虐めではないと擁護する声も多かったため、時間と距離が誤解とほとぼりを冷ますに違いないと考えて。
さて。
ぶつかったときのビュワードの態度に、あの令嬢を思い出したゴールディは、俯いたまま小さな声で怯えたように謝罪をくり返すビュワードの腕を掴んで、つい言ってしまった。
「貴方それでも貴族の令息ですの?しっかりなさい!イラッとするわっ!」
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