【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる

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 ライラは、元はシリドイラ侯爵の令嬢だった。ふたり姉妹の長女で、幼少に婚約した誰よりも美しいアレクシオス・セリアズ公爵令息を婿に迎え、シリドイラ家を継ぐ予定であった。
 最初はやさしく物静かで知的なアレクシオスと婚約できたことがうれしかった。
 しかし学院に入学してたくさんの令息たちと出会うと、アレクシオスがおとなしくて頼りなくはっきりしない性格のように見えて、ただきれいなだけの男になり、大好きだった美しい顔もいつしか見るだけで苛々するようになった。

「アレクシオス様、どちらがよろしくて?」

 茶会で2つの茶菓子をもらい、好きな方を選ばせてやろうとしても、

「ライラ嬢が好きな方を取って」

と、もじもじしてなかなか決められない。

「アレクシオス様、明日の休みはどちらへ連れて行ってくださいますの?」

そう聞いても

「今考えていて・・・・」

二週前からそう言ってまだ決められず、ぐずぐずしていたりする。

 とにかくライラは、優柔不断なアレクシオスも、空気が読めないアレクシオスも、彼の全部が嫌いになっていった。
 しかしアレクシオスを嫌いなのだと、彼と結婚したくないとどれだけ訴えても、王家の血族であるセリアズ公爵家とどうしても手を組みたい両親、だけでなく祖父母たちも、幼少の頃にあれほど仲がよかったのだから一時の気の迷いだと宥められて、着々と結婚の日が近づいていた。

 そんな時に出逢ってしまった。

 オートリアス・ベンベロー侯爵令息は、アレクシオスほど美しいわけではなかったが、婚約者をエスコートしている姿が颯爽としていて、ライラの視線がオートリアスの動きを追うと、視線に気づいたオートリアスと目があった。

 その瞬間、ライラは恋に落ちてしまった。

 相手は婚約者のいる男。
自分にも、嫌でたまらないが婚約者がいる身。
 叶えられる恋ではないことが、さらにライラの心を燃え上がらせた。

 オートリアスの姿を一目でも見たいと動き回るうちに、ある男に声をかけられる。
エイリズ・ベンベロー侯爵令息、オートリアスの弟だ。

 今になって思えば、エイリズはオートリアスを陥れるための隙を探っていて、ライラに目をつけたのだろう。

 ─諦めて、彼を追ってはいけなかった─

 今ならわかる。
 あの頃に戻れるなら、どれほど辛くてもきっと諦めてみせるのに。

 ライラの恋心はエイリズに利用された。


「ご令嬢、我が兄に何か御用ですか?」
「おにいさま?」
「ええ、貴女が見つめている」

 そう言って指をさした先にオートリアスが佇んでいる。
そう言われると、男は彼と少し似ていた。

「い、いえ、見つめるなどそんな不躾な」
「そうですか?私は兄を追う貴女の姿を何度もお見かけしているのですが、それも見間違いだと?」
「あっ・・・」

 あのやりとりもすべてエイリズの計略。
狼狽えて頬を染めてなどしてはいけなかった。
 いや、エイリズに声をかけられて答えてはいけなかった。
 それより何より、侍女ニーラが止めてくれたのにオートリアスを追いかけてはいけなかった。
 だがあの時は考えもせず、オートリアスの姿を目にするだけで浮かれていた。


 エイリズに誘われてカフェに立ち寄り、初めてオートリアスと声を交わした日。
オートリアスもライラを見て頬を染めて。


 ─私たちはお互いに心が通じ合っていると知ったわ─


 エイリズの助けを得て、ライラたちは何度もデートをくり返した。
一緒にカフェへ行き、一緒にアクセサリーを選んでプレゼントされた日を思い出すと、幸せな気持ちを思い出すことができた。

「私の色の石を、ライラ嬢に」

 そう言って幸せそうにネックレスをつけてくれたオートリアスの顔が浮かぶと、今もライラは胸が苦しくなる。

 一緒に社交に行くことは出来なくても。オートリアスが愛しているのは、こうして手に手を取りともに歩くことを求められているのは自分だけだと思うと、その気持ちを止めることはできなかった。
 しかしそれぞれの結婚の日がどんどん近づいてくる中、ライラがどれほど頼んでも家族はアレクシオスとの婚約を堅持した。

 エイリズに注意されて、危害を加えられないようオートリアスの名を家族に漏らさなかったが、もしかしたらベンベロー侯爵家の令息が相手と知ったら、セリアズ公爵家との政略的婚約を解消してオートリアスとの婚約を許してもらえたかもしれないとふと思う。
 あまりにもエイリズの言うことを真に受けて、自分の頭で考えていなかったのだ。

 そして、今さらだが一つの疑問が頭によぎった。

 オートリアスは婚約解消しようとしてはいなかったのだろうかと。
 しかしそれも、自分にしたのと同じようにエイリズがオートリアスを言い包めていたのかもしれないが。
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