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 エンダライン侯爵家は、領地に他国と繋がる港を擁する豊かな貴族である。
 輸入貿易を営む出入りの商会が、贅を尽くした装飾品や家具などを毎度のように持ち込んで来て、パルティアも以前は見る度に目を輝かせていた。
 パルティアの帰還を聞きつけ、というよりはどうやら事業を起こすようだと聞きつけた商会が、何か一つでも売り込もうと雨後の筍のように現れるのだが、何を見てもどうも心が動かない。

「少し疲れたわ」

 そう言って商会からの使いを下がらせると、ほうっと息を吐いた。

「何か良いものがあれば紹介しようと思ったのだけれど、今一つピンとこないわね。アレクシオス様はどんなものを選ばれるかしら」

 まだアレクシオスに一時の別れを告げて二日。そうそう先に進むものでもないのだが、エルシドの進捗が気になってしかたない。

「パルティア様、カーライル様がご紹介くださったドアラン子爵様がじきにいらっしゃるお時間でございますよ」

 ニーナに促され、ドレスを着替えて髪を直すとエントランスへ出迎える。
王都にある貴族のタウンハウスのほとんどはドアランが設計を手掛けている、高名な設計士なのだ。

「いらっしゃいましたわ」

 子爵の馬車とは思えないほど、重厚で見事な彫刻を施された馬車が滑り込んで来るのを見て、パルティアはなぜかちょっと違うと感じていた。
 何がとはっきり言えるものではないが、感性が違うとしか言いようがない。
こんな馬車を好むような人が、静かな森と湖の景色に馴染む静養施設を建てるのだろうかと。
 しかし貴族の令嬢らしく、美しい所作で停められた馬車から下りてきたドアランを出迎えた。

「ジーン・ドアランでございます」

 腰低く丁寧に挨拶を交わすが、背後に三人の侍従と護衛を従えており、その威圧感たるやなかなかのものである。

「応接に参りましょう」

 パルティアが皆を引き連れて、エンダライン家の四番目に良い応接へといざなった。
 一番の部屋は、王族をお迎えする時に使う。二番目は公爵、侯爵と一族のため。三番目は伯爵位。
ドアランは四番めの部屋へと通された。
不遜な態度でぐるりと部屋を見回している。

「まあまあですな」

 男は確かにそう言った。
父の紹介で来たばかりではあったが、パルティアは迷わなかった。

「あの。私はエンダライン侯爵家の小娘に過ぎませんが、次期侯爵でもございます。私がこれから手掛ける事業はエンダライン家の一つの柱となるよう継続させていくつもりです。でもそのパートナーはドアラン子爵様ではないようですね」

 エルシドで仲良くなった平民の娘たちから教わった、小娘という言葉を使ってみた。
 ドアランの顔を見てその効果に満足する。

「いや、私はエンダライン侯爵様よりお招きに預かりました故。お父上がこれと見定めた設計士でございます。それを代理のご令嬢が勝手にお断りされるなどお許しになりますまい」

 顔色は変えても慌てもせず、謝りもしない。
 そしてパルティアをカーライルの名代と勘違いしているらしい。

「いえ。父に叱られることはございません。父は一切関係ないのです。私の事業ではありますが、これは私とセリアズ公爵家との共同事業でございますもの」
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