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別荘地に行ったパルティアは、毎日を散歩と読書と、親しくなった地元の娘たちとお喋りして過ごし、少しづつ元気になっていった。
散歩の度に見かける青年はしかし、今も悲しげなまま。
いつもひとりで歩いており、話す相手はいないのだろうか?心配してついてくれる使用人たちはいないのだろうかと、パルティアは心配でたまらなくなっていった。
別荘地に来て7日が経った朝のこと。
いつものようにパルティアが別荘を出ると、その日は濃い霧が湖面に流れてほんの少し先もよく見えないほど。
危ないので歩くのをやめたほうがと護衛に止められたが、なんとなくロマンチックだからとごねて、護衛を四人に増やして散歩に向かった。
霧の中を歩くなんて神秘的だと思ったのだが、濃すぎて足元も覚束無い。湖との境はぼんやりとわかるくらいで、ただしっとりとした空気が肌に触れるのは心地よくて、ゆっくり地面を踏みしめながら散歩を続けていた。
「ちゃぽ・・ちゃぽ」
水音に気づき、目を凝らす。
「あっ、誰か湖に!大丈夫かっ?」
護衛の一人が気づき、声をかけたが返事がない。
パルティアはあの青年ではないかと思い至り、助けようと走り出した。
「パルティア様!お待ち下さいっ」
「だめ、行ってはだめよっ!待って!誰か彼を助けて!」
パルティアが靴のまま湖に入ったのを見て、護衛の一人が剣をおろして湖に駆け込むが、薄っすらと霧に影が映るだけですぐには辿り着けない。
見渡していたかと思うと。
「ちゃぽちゃぽちゃぽ」
護衛が激しく水音を立てて、青年を捕まえた。
「離せ!離してくれ!放っておいてくれ」
泣き声のような叫びが霧の中に響いたが、屈強な騎士に抱えられて、半ば無理やり青年はこちら側へと引き戻されてきた。
「ジャイロ、ありがとう!怪我はない?」
「はい、私は濡れただけでございます」
「そちらの方、大丈夫ですか?」
「・・・・・なぜ助けた、放っておいてくれと言ったのに」
昏い声で呟く。
「放ってなどおけません。あなたは私ですもの。さあ、一緒に我が別荘へ参りましょう。ジャイロ、もう少しその方をお願いできるかしら?」
「もちろんです、せっかく助けたのにまた飛び込まれたら厄介ですしね」
そう言うと青年を肩に担ぎ上げ、バタバタする足をまとめてさっさか歩き出した。
「ジャイロってすごいわね」
パルティアの声にともに歩いている護衛の一人が笑う。
「奴は剣も上手いですが、一番得意なのは棍棒ですよ。力自慢なんです」
霧の中をのしのしと歩く大きな背中を、頼もしげに見やるパルティアだった。
散歩の度に見かける青年はしかし、今も悲しげなまま。
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「ちゃぽ・・ちゃぽ」
水音に気づき、目を凝らす。
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「パルティア様!お待ち下さいっ」
「だめ、行ってはだめよっ!待って!誰か彼を助けて!」
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見渡していたかと思うと。
「ちゃぽちゃぽちゃぽ」
護衛が激しく水音を立てて、青年を捕まえた。
「離せ!離してくれ!放っておいてくれ」
泣き声のような叫びが霧の中に響いたが、屈強な騎士に抱えられて、半ば無理やり青年はこちら側へと引き戻されてきた。
「ジャイロ、ありがとう!怪我はない?」
「はい、私は濡れただけでございます」
「そちらの方、大丈夫ですか?」
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昏い声で呟く。
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