上 下
75 / 99
外伝 リリアンジェラ

可愛いらしい王女はニヤリと笑う5 ─リリアンジェラ─

しおりを挟む
 さて。
 そんな早熟過ぎる王女を心から心配していた母パリス王妃は、乳母選びを失敗したと密かに後悔していた。

 乳母モリーン・テルドはパリスの女官経験者だったが、子を亡くした悲しみを夫が愛人で紛らわし、そちらに子が生まれたことで夫と疎遠になってしまった。
 家に居づらくなり女官に戻りたがっていると耳にして気の毒に思い、侍女として呼び戻したのだ。
 偶々マイラ・ソグが双子王子抱えていて、リリアンジェラを委ねることができなかったため、モリーンに任せたのだが。
 パリスの誤算は、女官だった頃のモリーンの快活さはこどもを亡くした恐怖により失われており、リリアンジェラのちょっとした言動に必要以上に怯え、守るためとはいえ、王女の生活をがんじがらめにしたことだ。

「散歩はよろしいですが、花に触れてはなりません。ああ、姫様なりませんわ、御手が汚れます!水はお部屋で用意したもの以外に触れてはなりません!」

 なりません!なりません!なりません!

 叫ぶようにくり返すモリーンに首を傾げる女官も増え始めたが、幸い、リリアンジェラは本さえ与えられていれば不満を覚えることがなかった。
 しかし優秀さ故か、偏った生活の中でどんどんと頭でっかちになり、多少なりともあったはずのこどもらしさが失われていく。

 それに気づいたパリスが、年若い女官フューリーとデリアを新たに付けて、多少行儀が悪くてもリリアンジェラと楽しく遊ぶようにと言いつけたのだが既に手遅れであった。
 大人ではダメかと、次に同い年のこどもをリリアンジェラと遊ばせることにする。
しかし乳母モリーンは自分の身辺から王女以外のこどもを徹底的に排除していた。

 まあ、誰だって妾の子など身近に置きたくはないだろうが。

 それにしても普通は、王族の最初の遊び相手は乳母の子やその親族の子が多いが、モリーンには該当する者が誰もいないので、パリスはマイラ・ソグに頼み込んだ。

「こどもらしく、元気いっぱいの令嬢に心当たりはないかしら?」

 マイラが姪のラミル伯爵令嬢カテナを連れて来たのは、その2日後。

 カテナはリリアンジェラと同い年で、パリスの願いどおり物怖じしない元気いっぱいの、でもマナーは弁えた令嬢だった。

「ラミルはくしゃくけのカテナともうしましゅ」

 舌足らずな口調が一際幼さを強調するも、好奇心の強そうなブラウンの瞳の、同い年の初めての友だち。
 カテナはお勉強はそこそこだったが、頭の回転は早かった。自分の役割をこどもながらに理解したカテナが現れたことで、リリアンジェラは葉の汁や花ふんで手を汚しながら摘んだ花でかんむりを作ったり、絵の具を飛ばしながら絵を描いたり、人生で初めてのおままごとを庭で楽しんだりするようになったのだ!

「アハハ!ダメよカティ、ドレスが汚れちゃったわ」

 無造作に摘んでまとめた花束の茎から汁が垂れて、リリアンジェラのドレスにいくつもの染みが着いている。
 モリーンなら決して許さない。
 そもそも土の上に座り込んで花を摘むなど、決して許さないのだが、フューリーたちは王妃の命令を盾にこどもたちの遊びを守り抜いた。

 フューリーとデリアが、リリアンジェラが大きな声をあげて屈託なく笑うのを初めて見たとパリスに報告すると、王妃は自分が決めたことを覆す。
 情に流され、決断が遅すぎたと後悔した。


「モリーン・テルドを呼びなさい」


 モリーンは、パリス王妃にフューリーたちを外すよう、そして行儀の悪いこどもを王女から遠ざけるよう進言するつもりだった。
 ちょうどよく王妃から呼ばれたのはきっと、王妃自身が呼んだ女官やこどものせいで王女の言葉遣いが乱れたことに気づいたからだろうと。

 やっぱりモリーンに任せなくてはダメだ!

 そう言われると信じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

花婿が差し替えられました

凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。 元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。 その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。 ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。 ※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。 ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。 こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。 出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです! ※すみません、100000字くらいになりそうです…。

【完結】どうか私を思い出さないで

miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。 一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。 ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。 コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。 「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」 それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。 「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……

木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎

処理中です...