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外伝 ちいさなこどもたち

ちいさなロリー4 ─こどもたち─

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 労働時間と休日について、メリンダが新たな法案をエルロールに提案したのは数日後。
 但し自分でやるとまたロリーや王太子妃付き文官の休みを潰してしまうと、悪いと思いつつ、あえてエルロールの組に進めさせた。


「でもせっかくメリが考えたというのに」


 メリンダの腹のうちを知らないエルロールは、自分の手柄にするのはちょっとと腰が引けているが。

「いえ、宜しいのですわ。この法案を手掛けるのは私の組のキャパシティを大きく超えています。様々な労働者に休みを、せめて七日に一日はと思いますが、私たちの手が空くまで待っていたら、どんどん遅くなってしまいますもの。
エル・・・様の組で提案して頂ければ、早くできますでしょう?」

 王妃が率先して政策立案を手掛ける国は少ない。
メリンダは多くの女官を従えてはいるが、それは政策立案のための者ではなく、エルロールに比べたら少ない。
自分の手柄に固執せず、充実した人材を抱えるエルロールを動かした方が、はるかに早く話を進められる。


「うん、ではメリにこちらの組を貸すから好きに使うといいよ」


 メリンダの考えを察したエルロールは、メリンダが使える人材を増やすことに舵を切った。





 このようにエルロールとメリンダは、その後も貴族だけでなく、それらに仕える者、末端の平民に至るまで幸せが守られるよう心を砕き、ロリーは一生を賭してメリンダに仕えた。

 と言っても、独身を貫いてメリンダだけを見つめてきたわけではない。

 若くして頭角を現したチェスプレイヤーで、軍師長でもあるマシューズ・ソグ男爵と結婚した。そう、テューダーの義妹になったのだ。

 ちなみに二人を目合わせたのは王太后となったパリスである。

 チェス好きだったパリスは王太后となって時間ができたことで、もっと強くなりたいと、国内一と名高いマシューズの手ほどきを受けるようになった。
 ふと、こどもの頃からよく知るマシューズがいつまでも婚約しないことを不思議に思ったパリスだったが、さすがに本人には聞きづらく、テューダーを呼んで訊ねた。すると驚愕の事実が明かされる!
 マシューズやソグ伯爵家が相手を選り好みしたわけではなく、マシューズが優秀過ぎて引かれてしまうと言うではないか。

「何それ!」

 優秀な男で何が悪い!と気を吐くと、テューダーは困ったように眉を下げた。

「こどもの出来が悪かったら困る、自信がないと断られるのですよ、マシューズの子なのにもし不出来だったら責められるのは自分だからと」
「何それ!!ばっかじゃないの!あ、バカだからそんなこと気にするのね」

 ひとりでツッコミを入れる王太后は、腕まくりをした。

「いいわ!わたくしがマシューズにぴったりの令嬢を見つけてあげましょう!」

 そう言うからにはもちろん、パリスの脳裡に思い浮かんだ令嬢がいた。灯台下暗し、ソージェ・ゴルマス侯爵の娘ロリーである。

 元は孤児だが、ソージェが望んで養女に迎えたほどの才女で、今はメリンダ王妃付きの文官だ。

「テューダーだって、ロリーのことをこどもの頃からよく知っているはずなのに、知りすぎているから思いつかなかったのかしら」

 パリスがメリンダに、ロリーとマシューズはどうだろうかと自分の思いつきを話してみると、ロリーが忙しすぎて出逢いがないのではないかと密かに心配していたメリンダは「大賛成!」とパリスの出逢い計画に賛同した。

「じゃあ、わたくしがソージェとマイラに手を回して、顔合わせをさせるから」
「あとの手配は私が!」

 パリスはこの時初めて、メリンダと本当の母娘になれた気がした。
母娘で恋バナ(他人のだが)ができると思うとそれだけで楽しくてたまらない。

「ねえ、これからも二人で文官たちをくっつけましょうよ!城のみんなが幸せになるように」
「素晴らしいお考えですわ、王太后様!」




 と、まあ、そんなわけで。
 絶対に断れないよう外堀を埋めまくったパリスの仕組んだ顔合わせは、意外と普通に行われた。
 パリスがマシューズにチェスの手ほどきを受けている時、ロリーがメリンダの使いでやってくるのだ。
マシューズが来るたびに何度も何度も。
 ベタな出逢いだが、恩あるテューダーの弟と紹介され、ロリーは最初からマシューズに好意的だった。そしてロリーは自分とマシューズが結婚した時、こどもの出来が悪かったらなどと心配はしなかった。

 マシューズはロリーの抜群の頭の良さや性格、そして小さくて可愛らしい小鳥のような容姿も密かに気に入った。

 まだまだ手元に置きたいというゴルマス侯爵夫妻に、このままでは行き遅れてしまうとパリスとメリンダが圧をかけて、晴れてロリーはマシューズと婚約、そして結婚したのだった。

 ソグ家の二人の息子はその妻も含め、エルロールとメリンダの治世を支え続けた。

 それはとてもとても長いこと。

 誰が言い出したのだったか「皆で幸せに!」を合い言葉にしながら。





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いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話からは外伝最終章、王女のお話です。
外伝の中では一番長いです。
最後までどうぞよろしくお願い致します。

新作「時戻り令嬢は復讐する」も開始しています。ちょっとシリアスでサスペンス要素ありの作品です。
こちらもぜひお立ち寄り下さいませ。
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