上 下
3 / 99

第3話 空回り

しおりを挟む
「エルロール殿下、メンジャー侯爵家のご令嬢セラ様から先触れが届いておりますが」

 メッセンジャーが顔を顰めたテューダーに書状を渡すと、エルロールの代わりに一瞥する。

「ああ、またか!」

 エルロールは自らメッセンジャーに告げた。

「今後、彼女からのはすべて漏れなく断ってくれ。使いにはそうだな、今から外出だとでも言っておいてくれ」
「畏まりました」

「それでいいなテュー?セラ嬢はしつこい、正直もううんざりだよ。昨日の茶会は呆れたものだった!私なら恥ずかしくて顔を出せなくなるんだがな」
「そうだなぁ、あれは酷かった」

 たくさんの令嬢を招待していたにも関わらず、庭園の一番奥のガゼボに設えた小さなティーテーブルに、セラとエルロールだけの席を用意し、他の令嬢たちを排除して親しげな二人の姿を見せつけようとしたのだ。

 その席に案内されたエルロールはすぐその意図に気づいたが、その場で指摘して断るわけにもいかず、早めに離席することにしてとりあえず一口めの茶を飲んだ。

「さもマナーができているような顔で茶を淹れたが、とにかく渋くて吐き出さずにいるのが大変だった」
「ああ、本当に苦虫噛んだような顔をしていたよ」
「え!本当か?顔に出さないようにしていたはずだったんだがなあ」

 エルロールが顔をくしゃりと顰めて首を傾げる。

「いや。だってあの後、あのセラ嬢が一言もエルに話しかけられなかったのは、そんな顔していたからだよ」

 王家のすぐ下は公爵となるが、いくつかある公爵家には丁度良い年齢の令嬢がいない。そうなると国内なら侯爵がもっとも爵位が高い貴族家だ。

「年頃の令嬢がいる侯爵家の中でも家格が高いほうだから、自分で決まりくらいに思い込んでいるんじゃないか」
「そうかもしれないな。でも私はセラ嬢は絶対にお断りだ」

 エルロールははっきり好き嫌いを言わないようにしているのだが、テューダーとふたりのときは別。

「参考までに聞きたいんだが、具体的にどういうところが嫌なんだ」
「何もかもだ。あのけばけばしい化粧もぷんぷん臭う香水も、びらびらしたドレスの趣味もだが、何より押し付けがましくて既に婚約者になったみたいな態度が許せない!」 

 その気持ちが痛いほどわかってしまうテューダーは、セラの顔を思い出すと指先でこめかみを揉みほぐしながらため息をついた。





 そんなことを言われているとは知らないセラはその頃、行くと言えばさすがに会ってくれるだろうと昨日の挽回のために城へ行く仕度をしているところだった。

「セラ様、こちらをお着けになりますか」

 エルロールの美しい緑の瞳と同じエメラルドのネックレスを、首元にあてがって小さく頷く。

「ええ、エルロール様の色ね」

 ふふっと笑って、侍女に首に鎖をまわさせた。

「そろそろ馬車の用意を」

 言いかけたセラに使いが戻ってきた。

「セラお嬢様、エルロール殿下から」
「今すぐ行くわ」
「いえ、実はこれから外出なさるそうで」

 首を動かすことなく、セラはその目だけでギロっと使いを睨む。

「なんですって?」

とてつもなく低い声に使いは震えた。

「は、はあ、外出なさるので面会はできないと」
「なんですってっ!」
「は、はあ」

 激昂したセラは、手元にあった香水瓶を使いに投げつけてやる。
 ガシャっと瓶が割れ、甘い花の香が部屋中に漂い充満するが、セラの怒りは癒やされるどころか高まるばかり。

「わたくしが行くとお伝えしたの?ちゃんと言ったのかと聞いてるのよっ!」
「い、言いました」
「だれに?」
「表門の受付です。書状を渡したときにそう伝えるよう頼みましたが、外出ではしかたありませんので」
「受付なんかじゃ適当に扱われるに決まってるじゃない、このバカっ!プライベートな付き合いの者が使える門があるでしょ、まさか知らないわけじゃないわよね?」

 外出なんてどうせ言い訳なのに、それでおめおめと帰ってきた使用人に怒り心頭のセラは青筋を立てた。

「この役立たずーっ!」

 今度は化粧品の瓶を使いに投げつけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

花婿が差し替えられました

凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。 元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。 その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。 ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。 ※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。 ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。 こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。 出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです! ※すみません、100000字くらいになりそうです…。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

処理中です...