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第29話 まだまだ知らないことばかり
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また孤児院に行く日がやって来た。
今日は二台の小さな馬車で向かう。
日持ちする焼き菓子も前回の二倍以上はあるし、エルロールが調子に乗って買った文房具と絵本が大量なのだ。大きな馬車の方が簡単だとエルロールは怪訝な顔をしたが、一男爵の振りをしているのにそんな立派な馬車で行ったら怪しまれてしまうとテューダーが止めた。
「いやさすがに多すぎますよ、これは」
「そんなことはない。きっと喜んでくれるぞ」
ご機嫌でエルロールが言った。
孤児院に馬車を停めエルロールが降りると、こどもたちが気づいて手を振っている。
遅れて二台目が到着し、テューダーが降りて荷物を下ろし始めると!
「すごい!何これ」
わらわらとこどもたちが駆け寄ってきて、大騒ぎを始めてしまった。
「メリンダさま早くー!」
「エルさま来たー!」
最初はおにいちゃんと呼ばれていたが、メリンダがエル様と呼ぶよう教えていたのだ。
「メリンダ嬢、お元気でしたか?」
エルロールは緊張したり落ち着きを失うと鼻を擦ってしまう。今日は顔に手をやらないよう、ものすごく気をつけていた。
「今日はこどもたちに土産を持ってきました」
「まあ、お菓子だけでも大喜びですのに」
テューダーが本と文具をエルロールに手渡してきたので、それをそのままメリンダに渡そうとすると。
「絵本をこんなに!」
しかし手渡したあとも次から次からテューダーが馬車から下ろし続けるので、とうとうポカンと立ちつくすメリンダ。
知り合ってから初めてとも言える隙だらけのメリンダに、エルロールは相好を崩して震えた。
「すごいわ!みんなに行き渡るどころか、一人何冊も渡せそう」
立ったままぺらぺらと絵本を捲っていたメリンダは、ある本を見てその動きを止めた。
「どうかなさいましたか」
テューダーが気づいて訊ねると、メリンダは一瞬喜んだあと悲しいそうな顔をする。
「孤児院のこどもたちは、希望の職にはなかなかつけないのですわ」
エルロールもテューダーも知らなかった。
「え?なぜです?」
「親がいなければ信用されにくいです、孤児では出自を証明する者がおりませんし」
「そんなことで?」
「そんなことではございませんわ。世の中ではすごく大切にされていることですのよ。貴族だって庶子は蔑まれるではございませんか」
「・・・そうか、それもそうだな、すまなかった」
貴族らしからぬエルロールの素直さに、メリンダの方が目を瞠る。伝えれば伝わると感じたメリンダは言葉を選び、エルロールにもう一歩踏み込んで話すことにした。
「いえ、謝っていただくことではございませんわ。ただ、孤児たちの行く末は私たち貴族には想像できないほど厳しいと知ってくだされば。世の中にこれほどたくさんある仕事も、彼らは親がいないというだけで就くことができないことも多いのです」
「そうなのか・・・」
エルロールはショックを受けた。
目の前にいる、屈託なく笑うこどもたちに親がいないのは彼らのせいではない。
─信用か─
何か王族だからこそできる手立てはないものかと、懐いてくれたこどもたちの未来のために、エルロールは真剣に考え始めた。
今日は二台の小さな馬車で向かう。
日持ちする焼き菓子も前回の二倍以上はあるし、エルロールが調子に乗って買った文房具と絵本が大量なのだ。大きな馬車の方が簡単だとエルロールは怪訝な顔をしたが、一男爵の振りをしているのにそんな立派な馬車で行ったら怪しまれてしまうとテューダーが止めた。
「いやさすがに多すぎますよ、これは」
「そんなことはない。きっと喜んでくれるぞ」
ご機嫌でエルロールが言った。
孤児院に馬車を停めエルロールが降りると、こどもたちが気づいて手を振っている。
遅れて二台目が到着し、テューダーが降りて荷物を下ろし始めると!
「すごい!何これ」
わらわらとこどもたちが駆け寄ってきて、大騒ぎを始めてしまった。
「メリンダさま早くー!」
「エルさま来たー!」
最初はおにいちゃんと呼ばれていたが、メリンダがエル様と呼ぶよう教えていたのだ。
「メリンダ嬢、お元気でしたか?」
エルロールは緊張したり落ち着きを失うと鼻を擦ってしまう。今日は顔に手をやらないよう、ものすごく気をつけていた。
「今日はこどもたちに土産を持ってきました」
「まあ、お菓子だけでも大喜びですのに」
テューダーが本と文具をエルロールに手渡してきたので、それをそのままメリンダに渡そうとすると。
「絵本をこんなに!」
しかし手渡したあとも次から次からテューダーが馬車から下ろし続けるので、とうとうポカンと立ちつくすメリンダ。
知り合ってから初めてとも言える隙だらけのメリンダに、エルロールは相好を崩して震えた。
「すごいわ!みんなに行き渡るどころか、一人何冊も渡せそう」
立ったままぺらぺらと絵本を捲っていたメリンダは、ある本を見てその動きを止めた。
「どうかなさいましたか」
テューダーが気づいて訊ねると、メリンダは一瞬喜んだあと悲しいそうな顔をする。
「孤児院のこどもたちは、希望の職にはなかなかつけないのですわ」
エルロールもテューダーも知らなかった。
「え?なぜです?」
「親がいなければ信用されにくいです、孤児では出自を証明する者がおりませんし」
「そんなことで?」
「そんなことではございませんわ。世の中ではすごく大切にされていることですのよ。貴族だって庶子は蔑まれるではございませんか」
「・・・そうか、それもそうだな、すまなかった」
貴族らしからぬエルロールの素直さに、メリンダの方が目を瞠る。伝えれば伝わると感じたメリンダは言葉を選び、エルロールにもう一歩踏み込んで話すことにした。
「いえ、謝っていただくことではございませんわ。ただ、孤児たちの行く末は私たち貴族には想像できないほど厳しいと知ってくだされば。世の中にこれほどたくさんある仕事も、彼らは親がいないというだけで就くことができないことも多いのです」
「そうなのか・・・」
エルロールはショックを受けた。
目の前にいる、屈託なく笑うこどもたちに親がいないのは彼らのせいではない。
─信用か─
何か王族だからこそできる手立てはないものかと、懐いてくれたこどもたちの未来のために、エルロールは真剣に考え始めた。
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