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第17話 ツーでカー
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「テューダー、帰っていたのね」
「はい、先程帰城致しました」
「マイラは元気だった?」
「はい、ものすごく元気でたくさん叱られました」
謁見の間で、王妃はカラカラと笑った。
「それは善きこと」
「例の件で御相談がございます」
真顔に戻ったパリス王妃が、頷いて先を促す。
「まずエルロール殿下にご令嬢とよく知り合う機会を積極的に持ち、ご令嬢の気持ちを掴んでもらうことに致しました」
「そう。エルにそんな器用なことができるかしら」
「できようができなかろうが、何が何でもやってもらいます!」
ふふっとパリス笑い声が響いた。
「いいわね、その意気で頑張って頂戴。それで相談とは?」
「はい、これから暫くは急な外出も増えると思うのですが、実は最近エルロール殿下の執務室に回される書類が増大しております」
「そうなの?」
「はい、精査しましたところ、メルケルト殿下とカルロイド殿下の物が大量に混入されており、仕分けている者が誤っているのかは不明でございますが、本日厳重な抗議を申し入れる予定です」
「そう。それは私が差配しましょう、正に仕事ができない者などいらぬから。テューダー、今はエルロールを優先しなさい。
ところでエルロールの気に入っている娘はイブール男爵令嬢だそうね」
ぴらぴらと紙切れを振ってみせるパリスの手には、ソグ伯爵家の封緘が押されている。
「ツーでカーなのよ、今でもね」
「母が」
にっこり美しく口角を上げたパリスが、殊更鷹揚に頷いてみせた。
「エルロールには心底呆れたけど、あの子らしいとも思ったわ。それでオルサガ侯爵にはいつ打診するつもり?」
「数回はご令嬢と交流を深めてからと思っております。週に一度は間違いなく教会で会うことができますので」
「そう。いいわ、頑張りなさい」
「はっ、畏まりました」
深く礼をして立ち去ろうとしたテューダーを、パリスが引き止める。
「実はねわたくしも調べさせたのよ、この娘のこと」
「はい?」
「エルロールは意外と見る目があるわね。ろくに交流もしていないのに、よくこの令嬢と見定めたものだわ。・・・今のはわたくしの独り言、忘れなさい」
カッと音を立てて踵を揃えたテューダーは、もう一度礼をして、今度こそ本当に王妃の謁見の間を退出した。
王妃の言葉には重みがあった。
調べられた令嬢は、王妃がその報告だけで実家爵位以外は王太子候補に相応しいと気に入るほどの者ということだ。
─男爵令嬢なのに?いくら侯爵家直系と言っても王族に迎えてもよいと思うほどだと?─
もう少しイブール男爵令嬢について調べてみなくてはと、やるべきことをもう一つ増やしたテューダーであった。
第一王子執務室にテューダーが戻ると、早くも異変が起きていた。
書類の仕分けをしている部署から部署長を務める子爵と数人の文官が謝りながら書類を引き上げていたのだ。
「申し訳ございませんでした、以後は決してこのような誤ちをくり返さないとお約束致しますので、何卒御容赦くださいますよう」
エルロールはなにも言うつもりはなさそうだ。
誰にでも誤ちはあり許せる程度のことなら許すと考えている、ある意味寛大だ。
部署長もそれを知っているから、謝り倒せば王妃からの注意を受けても大事とはならないくらいに思っていただろう。
しかし、テューダーはエルロールがしないからそれで良いと考えていた自分を捨てた。エルロールがしないからこそ、自分が補うのだ。
「それは烏滸がましいのでは?そもそも誤りではないでしょう。明らかに故意にメルケルト殿下とカルロイド殿下の処理すべき書類をエルロール殿下に持ち込んでおられた。もうだいぶ前から、少しづつ量を増やしてきていたではありませんか」
「なっ!そんなことは」
ムカッとした顔をしていた部署長に、テューダーはにんまりと笑いながら親切に教えてやった。
「どちらの殿下からどれほど受け取りました?いや、おふたりからか?王妃様は正に仕事ができない者はいらぬと大変お怒りでいらっしゃいましたよ」
「はい、先程帰城致しました」
「マイラは元気だった?」
「はい、ものすごく元気でたくさん叱られました」
謁見の間で、王妃はカラカラと笑った。
「それは善きこと」
「例の件で御相談がございます」
真顔に戻ったパリス王妃が、頷いて先を促す。
「まずエルロール殿下にご令嬢とよく知り合う機会を積極的に持ち、ご令嬢の気持ちを掴んでもらうことに致しました」
「そう。エルにそんな器用なことができるかしら」
「できようができなかろうが、何が何でもやってもらいます!」
ふふっとパリス笑い声が響いた。
「いいわね、その意気で頑張って頂戴。それで相談とは?」
「はい、これから暫くは急な外出も増えると思うのですが、実は最近エルロール殿下の執務室に回される書類が増大しております」
「そうなの?」
「はい、精査しましたところ、メルケルト殿下とカルロイド殿下の物が大量に混入されており、仕分けている者が誤っているのかは不明でございますが、本日厳重な抗議を申し入れる予定です」
「そう。それは私が差配しましょう、正に仕事ができない者などいらぬから。テューダー、今はエルロールを優先しなさい。
ところでエルロールの気に入っている娘はイブール男爵令嬢だそうね」
ぴらぴらと紙切れを振ってみせるパリスの手には、ソグ伯爵家の封緘が押されている。
「ツーでカーなのよ、今でもね」
「母が」
にっこり美しく口角を上げたパリスが、殊更鷹揚に頷いてみせた。
「エルロールには心底呆れたけど、あの子らしいとも思ったわ。それでオルサガ侯爵にはいつ打診するつもり?」
「数回はご令嬢と交流を深めてからと思っております。週に一度は間違いなく教会で会うことができますので」
「そう。いいわ、頑張りなさい」
「はっ、畏まりました」
深く礼をして立ち去ろうとしたテューダーを、パリスが引き止める。
「実はねわたくしも調べさせたのよ、この娘のこと」
「はい?」
「エルロールは意外と見る目があるわね。ろくに交流もしていないのに、よくこの令嬢と見定めたものだわ。・・・今のはわたくしの独り言、忘れなさい」
カッと音を立てて踵を揃えたテューダーは、もう一度礼をして、今度こそ本当に王妃の謁見の間を退出した。
王妃の言葉には重みがあった。
調べられた令嬢は、王妃がその報告だけで実家爵位以外は王太子候補に相応しいと気に入るほどの者ということだ。
─男爵令嬢なのに?いくら侯爵家直系と言っても王族に迎えてもよいと思うほどだと?─
もう少しイブール男爵令嬢について調べてみなくてはと、やるべきことをもう一つ増やしたテューダーであった。
第一王子執務室にテューダーが戻ると、早くも異変が起きていた。
書類の仕分けをしている部署から部署長を務める子爵と数人の文官が謝りながら書類を引き上げていたのだ。
「申し訳ございませんでした、以後は決してこのような誤ちをくり返さないとお約束致しますので、何卒御容赦くださいますよう」
エルロールはなにも言うつもりはなさそうだ。
誰にでも誤ちはあり許せる程度のことなら許すと考えている、ある意味寛大だ。
部署長もそれを知っているから、謝り倒せば王妃からの注意を受けても大事とはならないくらいに思っていただろう。
しかし、テューダーはエルロールがしないからそれで良いと考えていた自分を捨てた。エルロールがしないからこそ、自分が補うのだ。
「それは烏滸がましいのでは?そもそも誤りではないでしょう。明らかに故意にメルケルト殿下とカルロイド殿下の処理すべき書類をエルロール殿下に持ち込んでおられた。もうだいぶ前から、少しづつ量を増やしてきていたではありませんか」
「なっ!そんなことは」
ムカッとした顔をしていた部署長に、テューダーはにんまりと笑いながら親切に教えてやった。
「どちらの殿下からどれほど受け取りました?いや、おふたりからか?王妃様は正に仕事ができない者はいらぬと大変お怒りでいらっしゃいましたよ」
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