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第10話 王子の苦しみ
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仕事をテューダーに取り上げられて部屋に戻されたエルロールは、ベッドで羽毛布団に包まっても眠れずにいた。
まったくまんじりともしない日もあれば、多少なりともうとうとできる日もある。昨夜は一睡もできなかったため、早朝から執務室に行ったが仕事を始めたら漸く眠気が訪れ、執務机で寝る失態を犯してしまったのだ。
暫く眠っていたらしいが、目覚めるとテューダーに叱られ、部屋へ連れて行かれた。
「私だってなんとかできないか考えているんだぞ!なぜそんなになるまで相談してくれないんだ」
「うん、すまない。どうしようもないと考えるほど、口にできなくなってな」
弟王子たちは深く考えずに、より美しいとかより資産家くらいの令嬢を追っている。
何故エルロールだけがこんなにも生真面目に苦しむのだろうと、何故条件が整った中から選ぶことができないのだろうと、テューダーは自分を曲げられないエルロールがかわいそうに思えた。
「王族に望まれたら一族最高の誉れだ。親戚筋に養女にいってもらうのだって喜ぶものだろ?」
「いやしかし令嬢のことを思えば、彼女が生きてきた世界で、目指してきた嫡子の責任を果たす生き方をするほうがいいと思うんだ。それは私もよくわかっているんだよ。男爵令嬢が爵位の高い家に養子に入って鞍替えしたとしても、嫁ぎ先が王族となればその後の令嬢の負担は軽いものではない」
悲しげに睫毛が震えている。
「諦めることが一番だと思う、わかっているのにそう思うと息ができなくなって」
その苦しさを思い出したのか、カハッと息を吐き出した。
「なあ、エル。確かにエルか王太子になるには半年以内に婚約者を決めなくてはならん。時間がないのは間違いないがもう少しだけ楽に考えてみてはどうだろう」
「楽に?楽ってなんだ?」
言ってはみたが、テューダーにもわからない。
「それはこれから考えよう」
笑おうとしたエルロールだが、嘘でも笑うことはできなかった。
「表情を作ることもできないなんて、私は王族失格だな。そうだ!相応しくないのだから王太子などにならなければいいのだ!そうすれば半年以内に婚約を決めなくともいいのではないか?
そうだ!私が婿に行けばいいんだよ、臣籍降下なら相手が男爵令嬢でも許してもらえるかもしれない!」
まるで僥倖を見つけたと言わんばかりのエルロールに、驚愕したテューダーはその両肩を掴んで揺さぶった。
「エ、エルっ何を言ってるんだ!私は王子たちの誰よりエルが国王に相応しいと知っている!メル殿下はふわふわしていてダメだ、第二王子派の貴族たちはメル殿下を飾り物にして政を自分たちの思うように動かしたい奴等ばかり。カル殿下だって、執務をさぼって取り巻きたちと遊んでばかりだ。三人の王子の中でエル以外に誰が王太子に相応しいというんだ」
珍しく強く諌められたエルロールは眩しそうにテューダーを見上げ、ほんの少し首を傾げて悲しげに微笑んだ。
「私は国王になりたいのだろうか?本当に私でなければだめなのだろうか?それすらもわからなくなったよ。すまないがテュー、疲れてしまったんだ。少し休ませてくれないか」
エルロールの私室を出されたテューダーは、このままエルロールが病んでしまうのではないかと不安になった。誰かに相談したいが、誰がいいだろうと考えを巡らせる。
─アリスはもうだめだ。人の不幸をまるで面白いもののように笑っていたからな。母上?・・・母上なら兄弟たち皆を知った上で意見を述べてくださるか─
まったくまんじりともしない日もあれば、多少なりともうとうとできる日もある。昨夜は一睡もできなかったため、早朝から執務室に行ったが仕事を始めたら漸く眠気が訪れ、執務机で寝る失態を犯してしまったのだ。
暫く眠っていたらしいが、目覚めるとテューダーに叱られ、部屋へ連れて行かれた。
「私だってなんとかできないか考えているんだぞ!なぜそんなになるまで相談してくれないんだ」
「うん、すまない。どうしようもないと考えるほど、口にできなくなってな」
弟王子たちは深く考えずに、より美しいとかより資産家くらいの令嬢を追っている。
何故エルロールだけがこんなにも生真面目に苦しむのだろうと、何故条件が整った中から選ぶことができないのだろうと、テューダーは自分を曲げられないエルロールがかわいそうに思えた。
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悲しげに睫毛が震えている。
「諦めることが一番だと思う、わかっているのにそう思うと息ができなくなって」
その苦しさを思い出したのか、カハッと息を吐き出した。
「なあ、エル。確かにエルか王太子になるには半年以内に婚約者を決めなくてはならん。時間がないのは間違いないがもう少しだけ楽に考えてみてはどうだろう」
「楽に?楽ってなんだ?」
言ってはみたが、テューダーにもわからない。
「それはこれから考えよう」
笑おうとしたエルロールだが、嘘でも笑うことはできなかった。
「表情を作ることもできないなんて、私は王族失格だな。そうだ!相応しくないのだから王太子などにならなければいいのだ!そうすれば半年以内に婚約を決めなくともいいのではないか?
そうだ!私が婿に行けばいいんだよ、臣籍降下なら相手が男爵令嬢でも許してもらえるかもしれない!」
まるで僥倖を見つけたと言わんばかりのエルロールに、驚愕したテューダーはその両肩を掴んで揺さぶった。
「エ、エルっ何を言ってるんだ!私は王子たちの誰よりエルが国王に相応しいと知っている!メル殿下はふわふわしていてダメだ、第二王子派の貴族たちはメル殿下を飾り物にして政を自分たちの思うように動かしたい奴等ばかり。カル殿下だって、執務をさぼって取り巻きたちと遊んでばかりだ。三人の王子の中でエル以外に誰が王太子に相応しいというんだ」
珍しく強く諌められたエルロールは眩しそうにテューダーを見上げ、ほんの少し首を傾げて悲しげに微笑んだ。
「私は国王になりたいのだろうか?本当に私でなければだめなのだろうか?それすらもわからなくなったよ。すまないがテュー、疲れてしまったんだ。少し休ませてくれないか」
エルロールの私室を出されたテューダーは、このままエルロールが病んでしまうのではないかと不安になった。誰かに相談したいが、誰がいいだろうと考えを巡らせる。
─アリスはもうだめだ。人の不幸をまるで面白いもののように笑っていたからな。母上?・・・母上なら兄弟たち皆を知った上で意見を述べてくださるか─
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