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第1話 鬱陶しい茶会
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アルストロ王国のメンジャー侯爵邸では今、第一王子エルロールの目にとまるべく、華やかに着飾った令嬢たちが競うように集まっていた。
「エルロール王子殿下のおなりです」
メンジャー家の執事が声をかけると、令嬢たちは誰に言われるでもなく園道の左右に分かれて並び、王子の歩みに合わせてカーテシーで出迎える。
「出迎えありがとう。どうぞご令嬢方、楽に過ごしてください」
絹のように艷やかな金髪と濃い緑の瞳を持つ美しい王子の呼びかけに、あちらこちらから小さなきゃあという声が聞こえる。
「エルロール殿下、こちらへどうぞ」
先程の執事が庭園のもっとも奥まったところに設えられた、小さなテーブルへ案内すると、メンジャー侯爵令嬢セラが紅茶を淹れようとしているところだった。
「エルロール殿下!ようこそおいでくださいました」
セラの目配せで執事が引いた椅子に座ったエルロールだが、他のテーブルより明らかに小さく、二人しか座れない。他の令嬢たちを排除する意図が見え見えだ。
だが指摘しようもなく、不快を示すこともできないうちに、セラが淹れたての紅茶をエルロールの前にすっと、一瞬も待たせることのない見事な茶出しをして見せた。
「ごくん」
─渋すぎるし熱すぎる─
礼儀として一口飲んだエルロールはすぐにカップをソーサーに戻し、すました顔を保ったまま、それ以降一切茶にも茶菓子にも手をつけなかった。
「あの、殿下?お口に合わなかったでしょうか」
まさか正直にそうだとも言えないので、軽くやり過ごす。
「喉も渇いていないので」
わかりやすく冷たく言ったせいか、それっきりセラはエルロールに話しかけることができなくなってしまった。気弱な令嬢とはとても言えないセラだが、エルロールが発した拒絶のオーラには気後れしたようだ。
やれやれと言う目でエルロールに付き従ってきたテューダーが他の令嬢たちへの挨拶を促すと、席を離れる理由ができたと言わんばかりにサッと立ち上がり、そのあとは誰に勧められても決してどのテーブルにも着席することはなかった。
「エルロール王子殿下にツースト伯爵家ユーラがご挨拶申し上げます」
「久方ぶりだな」
顔見知りの令嬢でも、こういう場では他の令嬢と差ができてはいけないと弁え、努めて淡々と話しているせいか目の前のユーラは不満そうな顔をしている。
それに比べ、次に並んだ初めて見る令嬢は期待の目を向けていた。絡みつくような視線に思わず見るな!と言いたくなるが、ぐっと堪えて。
─そんな目をしたって無駄だ。まったくいつまでこんなことを続けねばならんのだ!─
茶会も夜会も心底辟易しているが、王子エルロールはそんな顔は見せず、ひとりひとりと当たり障りのない会話を交わしていく。
一巡しただろうか。
並ぶ令嬢がいなくなると、これまでにない心からの笑顔を浮かべ、庭園内を見渡して。
「花より美しいご令嬢たちともっと過ごしたいと思うのだが、仕事を残してきている故、本日はこれにて失礼する」
誰一人、望む成果のほんの一部すら得ることのない虚しい茶会が、第一王子エルロールの一言で終わりを告げた。
「エルロール王子殿下のおなりです」
メンジャー家の執事が声をかけると、令嬢たちは誰に言われるでもなく園道の左右に分かれて並び、王子の歩みに合わせてカーテシーで出迎える。
「出迎えありがとう。どうぞご令嬢方、楽に過ごしてください」
絹のように艷やかな金髪と濃い緑の瞳を持つ美しい王子の呼びかけに、あちらこちらから小さなきゃあという声が聞こえる。
「エルロール殿下、こちらへどうぞ」
先程の執事が庭園のもっとも奥まったところに設えられた、小さなテーブルへ案内すると、メンジャー侯爵令嬢セラが紅茶を淹れようとしているところだった。
「エルロール殿下!ようこそおいでくださいました」
セラの目配せで執事が引いた椅子に座ったエルロールだが、他のテーブルより明らかに小さく、二人しか座れない。他の令嬢たちを排除する意図が見え見えだ。
だが指摘しようもなく、不快を示すこともできないうちに、セラが淹れたての紅茶をエルロールの前にすっと、一瞬も待たせることのない見事な茶出しをして見せた。
「ごくん」
─渋すぎるし熱すぎる─
礼儀として一口飲んだエルロールはすぐにカップをソーサーに戻し、すました顔を保ったまま、それ以降一切茶にも茶菓子にも手をつけなかった。
「あの、殿下?お口に合わなかったでしょうか」
まさか正直にそうだとも言えないので、軽くやり過ごす。
「喉も渇いていないので」
わかりやすく冷たく言ったせいか、それっきりセラはエルロールに話しかけることができなくなってしまった。気弱な令嬢とはとても言えないセラだが、エルロールが発した拒絶のオーラには気後れしたようだ。
やれやれと言う目でエルロールに付き従ってきたテューダーが他の令嬢たちへの挨拶を促すと、席を離れる理由ができたと言わんばかりにサッと立ち上がり、そのあとは誰に勧められても決してどのテーブルにも着席することはなかった。
「エルロール王子殿下にツースト伯爵家ユーラがご挨拶申し上げます」
「久方ぶりだな」
顔見知りの令嬢でも、こういう場では他の令嬢と差ができてはいけないと弁え、努めて淡々と話しているせいか目の前のユーラは不満そうな顔をしている。
それに比べ、次に並んだ初めて見る令嬢は期待の目を向けていた。絡みつくような視線に思わず見るな!と言いたくなるが、ぐっと堪えて。
─そんな目をしたって無駄だ。まったくいつまでこんなことを続けねばならんのだ!─
茶会も夜会も心底辟易しているが、王子エルロールはそんな顔は見せず、ひとりひとりと当たり障りのない会話を交わしていく。
一巡しただろうか。
並ぶ令嬢がいなくなると、これまでにない心からの笑顔を浮かべ、庭園内を見渡して。
「花より美しいご令嬢たちともっと過ごしたいと思うのだが、仕事を残してきている故、本日はこれにて失礼する」
誰一人、望む成果のほんの一部すら得ることのない虚しい茶会が、第一王子エルロールの一言で終わりを告げた。
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