【完結】おまえを愛することはない、そう言う夫ですが私もあなたを、全くホントにこれっぽっちも愛せません。

やまぐちこはる

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第12話

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 毎日必ずトルソーとダンスの時間を設けるようになったエリーシャは、以前より格段にトルソーと親しくなった。

 ダンスレッスンのあとは、渇いた喉を潤すために一緒に茶を飲むのだが、いろいろと気安く話すほどにツィージャー伯爵家にとりアレンソアが異質な存在なのでは?とエリーシャは思うようになった。

 伯爵として公平公正な領主であろうと努めるベレル。
 人の良さがよくわかる妻レイカは、領民が大怪我をしたと聞けば見舞いをもたせるような、平民にも細やかな気配りができ、教会での奉仕活動も熱心で炊き出しも手がけている。
 そしてトルソー。
 兄ほど社交的とは言えないが、不器用ながら誠実実直に物事に取り組む。
ベレルとよく似ていると思うのはその勤勉さだろう。そして何か新しいことを知ったり覚えると、こうして茶を飲む際におしえてくれるのだ。

「小麦の生産量を増やすために、農家に肥料の配布を支援したらどうかと思って」

 そんなことをぼんやり考えているうちに、トルソーの話はどんどんと先に進んでいた。

「えっ、ええ!いいと思うわ。その予算はどこから出すおつもり?」
「それが問題でね、今年の予算の配分だとあまり余裕がないから、気づくことがないか義姉上に話してみたんだけど」
「幾らくらい必要なのかしら?」
「農家にしたら少しでも増えればいいんじゃないかと思うから、今の小麦農家約600として・・・」

 トルソーが上着の胸ポケットからペンと紙を取り出し、手計算を始めるのをエリーシャは驚きを持って眺めていた。
玉付き計算機を用いずとも、これほどの桁の計算ができるのかと。

「ざっと、これくらいかな」

 差し出されたメモを覗き込むと、暫く考え込んでいたエリーシャが口を開いた。

「それほどの金額ではないのね。確かお義父様から見せて頂いた資料に転用できそうな資金があったわ。今年の工事を見送った、セメレーの石垣の補修費用分はどうかしら?」
「石垣の補修を見送っても問題ないのかな」
「ええ。領民からの陳情があったので、補修するつもりで先に聞いていた予算を取り分けたのよ。ところが調査に入ったら、崩れて人を害するような高さのあるものではなくて、壊れるほど酷い状態でもなかったそうなの。ただヒビが入って気になるから直してほしかったらしくて。
領民たちの希望をすべて聞いていたらきりがないわね」

 トルソーが白い歯をちらりと見せて笑う。

「そうか!義姉上に聞いてよかった!父上に聞くと、自分で調べろと叱られますからね」

 ベレルの声音を真似したトルソーに、エリーシャは吹き出してしまう。

「そんなに面白かったかね?」

 またもそっくりで、今度は二人で笑いだした。

「これはトルソー様がご自身で調べ、気づかれたことになさってね」
「え、いいんですか?」
「笑わせてくれたお礼ですわ」



 ─アレンソアと結婚して以来、こんなに笑ったのは初めてだわ─

 トルソーが結婚相手だったらよかったのにと、ほんの少しだけ頭をかすめた。





 ─義姉上は美しいだけじゃなくて、やさしく淑やかでこんなにも賢い。素晴らしい人だというのに、どうして兄上はイニエラなんかと─

 エリーシャと触れ合うほどにトルソーは、エリーシャを雑に扱うアレンソアに怒りを感じずにはいられなかった。
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