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第9話
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その頃、若夫婦の執務室では本当の夫婦喧嘩が勃発していた。
「アレンソア様っ、ご自身のやるべき執務を私に押し付けるのはお止めくださいと何度もお願いしたはずです!」
「うるさいっ!おまえだって父上から権限を与えられているんだ、どっちがサインしたって同じだろうがっこのケチ野郎!」
アレンソアが机に積まれていた書類を投げつけると、それを払い除けたエリーシャの足元にバサリと音を立てて散らばっていく。
「お義父様は私がやるべきことと、アレンソア様がされるべきことを分けていらっしゃいますわ。お義父様が決められたことを私が勝手にやるわけには参りません」
「二言目にはお義父様お義父様って!おまえ父上に気でもあるんじゃないのか?」
「なっ、何を馬鹿なことを」
「おまえなど私の仕事を手伝うくらいしかやれることはないんだよ、ぐずぐず言わずにとっととやれと言ってるんだっ!」
怒鳴りつけるとエリーシャを突き飛ばし、床に落ちた書類を蹴り上げて出ていってしまった。
「もうっ!一体何なのよ、何様なの?もういや。何が政略よ!慰謝料払ってでも、もっとずっと前に婚約を解消するべきだったわ」
項垂れるエリーシャ。
とはいえ、そうしたくとも事はそんなに簡単ではなかった。
ふたりの結婚はツィージャー伯爵家とイグラルド子爵家との共同の事業をいくつか経営、その連携を強化する意味合いがあった。婚約を解消するとなると当然その事業にも影響が出る。だからこそ、もし解消するなら言い出したほうが影響を受ける分を慰謝料として支払うという話になっていたのだから。
アレンソアと仲良くやれるとはこれっぽっちも思っていなかったが、それでも夫婦になれば最低限ツィージャー伯爵家を守っていくために相談しあったりはできるだろうと思っていたのだが。
「ここまでとは思わなかったわ・・・」
既に婚家に入った身。
今更どうしようもないが、唯一実家に影響を与えない手段は3年待って白い結婚を認めさせること。
「だいぶ先の話だわ・・・三年かあ。それまで我慢できるかしら」
このぶんでいけば、間違いなく清いまま3年が過ぎるだろう。
しかし3年近くを、日々罵られながら孤独に過ごさねばならないと思うと、絶望的な気持ちにもなる。
─我慢か・・・。
「せっかく執務も覚え始めたのに・・・。もしここを出ていかなくてはならなくなったら、どこかの貴族家の文官にでもなれるかしら」
ツィージャー伯爵家を追い出されたら、既に兄が継ぐことが決まっているイグラルド子爵家に出戻ることはできない。
離婚に備えて、エリーシャは自立の準備をしなければならないだろうと、またため息をついた。
「アレンソア様っ、ご自身のやるべき執務を私に押し付けるのはお止めくださいと何度もお願いしたはずです!」
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項垂れるエリーシャ。
とはいえ、そうしたくとも事はそんなに簡単ではなかった。
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