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第五話
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一日の終わりに湯浴みを堪能し、自室の灯りを落としてキャンドル一つだけを窓際に残す。
メイドを下がらせ、エリーシャはぼうと浮かび上がる光と影のコントラストをぼんやりと眺めてリラックスしていた。
アレンソアの部屋と繋がるドアはがっちりと鍵がかけられて、どちらからも行き来できないようにしてあるので、本当に一人きりの空間である。
残念ながら隣りの部屋から忌まわしい夫が立てる、カタカタいう音が聞こえるのだが、そこは敢えて気にしないことにした。
足を伸ばしてオットマンに乗せ、ソファーの上に体を投げ出し、窓から暗い空を見上げるのが好きなのだ。
「星、きれいね」
まるで外に寝転がって星空を見上げていると思えるほど、窓がピカピカに磨かれていることにも気がついた。
「ここのメイドたちは手を抜くことを知らないみたいね」
リラックスした時間を一人で楽しむエリーシャは、嫌いな夫と会わずに済むのは悪くないと考えていた。
ただ、このままでは子を持つことができないことが難点だ。
婚約期間中はツィージャー伯爵家の使用人の前であからさまな態度を取ったことはなかったが、この数日でさすがに皆不仲だと気づいたことだろう。
しかし誰も態度を変えることなく、エリーシャを大切な若奥様として扱ってくれているけれど。
この先どうなることやらと、気づくと大きなため息を吐き出していた。
壁越しに聞こえていた音が静かになる。
「アレンソア、寝たのかしら」
そろそろ自分も寝ようかとキャンドルの火を消し、布団に潜り込んだエリーシャの耳に、トンと重さが地面にかかったような音と砂を踏みしめたような音が聞こえた。
「見回りかしら、ご苦労さま」
むにゃむにゃと言いながらエリーシャは眠りに落ちていった。
その時、音を立てたのはアレンソアである。
密かに部屋の窓から庭におり、抜け出そうとしていたのだ。
向かう先は勿論イニエラのもと。
秘める恋のために誰にも見つからないよう屋敷を抜け出し、家族にも秘密で買い求め、預けてある馬のところに歩いていく。
街道沿いの宿の馬房では金を払えば馬を預けられると知り、すぐに一頭安い馬をイニエラとの逢瀬のために買ったのだ。
メイカ准男爵家の近くまで馬を走らせたアレンソアは、馬を少し離れた林の中に繋ぎ、イニエラの部屋の窓に小石を投げた。
気づいたイニエラが窓を開けてロープを下ろすと、するすると器用に登ったアレンソアは部屋に潜り込むのだ。
そうやってふたりだけの時間を過ごし、夜が明ける前にまた、アレンソアはこっそりと屋敷に戻る。
こんなことをしていれば眠くて仕事どころではない。だからちょっと執務室に顔を出してエリーシャなや仕事を押しつけては、部屋で惰眠を貪っていた。
メイドを下がらせ、エリーシャはぼうと浮かび上がる光と影のコントラストをぼんやりと眺めてリラックスしていた。
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残念ながら隣りの部屋から忌まわしい夫が立てる、カタカタいう音が聞こえるのだが、そこは敢えて気にしないことにした。
足を伸ばしてオットマンに乗せ、ソファーの上に体を投げ出し、窓から暗い空を見上げるのが好きなのだ。
「星、きれいね」
まるで外に寝転がって星空を見上げていると思えるほど、窓がピカピカに磨かれていることにも気がついた。
「ここのメイドたちは手を抜くことを知らないみたいね」
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ただ、このままでは子を持つことができないことが難点だ。
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しかし誰も態度を変えることなく、エリーシャを大切な若奥様として扱ってくれているけれど。
この先どうなることやらと、気づくと大きなため息を吐き出していた。
壁越しに聞こえていた音が静かになる。
「アレンソア、寝たのかしら」
そろそろ自分も寝ようかとキャンドルの火を消し、布団に潜り込んだエリーシャの耳に、トンと重さが地面にかかったような音と砂を踏みしめたような音が聞こえた。
「見回りかしら、ご苦労さま」
むにゃむにゃと言いながらエリーシャは眠りに落ちていった。
その時、音を立てたのはアレンソアである。
密かに部屋の窓から庭におり、抜け出そうとしていたのだ。
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そうやってふたりだけの時間を過ごし、夜が明ける前にまた、アレンソアはこっそりと屋敷に戻る。
こんなことをしていれば眠くて仕事どころではない。だからちょっと執務室に顔を出してエリーシャなや仕事を押しつけては、部屋で惰眠を貪っていた。
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