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31話
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メーメの店は、皆がてんてこ舞いをしていた。
「ああ!本当にサラ様がいらっしゃるわ」
顔見知りの伯爵令嬢が手を振ってサラを呼ぶと、並んだ女性たちが羨ましそうな顔をする。
メーリア伯爵家の復興パーティーで、サラが作り上げたスイーツが評判を呼び、まさかの大繁盛!
当初サラ・メーリア本人がスイーツを作っているなど誰も信じなかったのだが、瑞々しいジュレや珍しい生クリームのケーキをもう一度食したいと、パーティーに参加した貴族の奥方や令嬢たちが訪れるようになっていた。
ひとり、ふたりと最初はぽつぽつ来ていたのだが、店に行った者が自慢するとそれを聞いた者が羨ましくなって訪れ、また自慢するという口コミ連鎖の結果である。
伯爵令嬢が菓子職人なんてと眉を顰める者ももちろんいた。
しかし、女性は男性の政略の駒として扱われることが当たり前の貴族社会の中で、自立を目指すサラに憧れた奥方や令嬢もたくさんいたのだ。
「申し訳ございません、もう今日は品切れとなりまして」
サラが真面目な顔で頭を下げて詫びると、
「いえ、サラ様に頭を下げられると困りますわ。でもどうしても頂きたいの。また明日伺ってもよろしくて?」
「もちろんでございますわ!よろしければご来店の予約をしていかれませんか」
ちょっとした思いつきだった。
大人気となりつつあるメーメの生クリームケーキは崩れやすく、歩いて数分ならまだしも、馬車で一、ニ時間となると、揺れや気温でダメージを受けてしまう。
最初にメーメがやってくれたように、氷はをセットした上で注意して持ち運ばなければならない。持ち帰りを希望する者にそう説明すると、ほとんどは持ち帰りを諦めて店で食べることを選択するが、ホールもテーブルが三卓しかないため、なかなか席が空かないのだ。
今度は予約すれば店で食べられる!という噂とともに、予約しないと食べられない特別なスイーツという新たな噂が流れ始めて、メーメの店で予約が取れるとそれが自慢の種になった。
「はあ、一体どうなっているんだ?これはとても追いつかんぞ!」
メーメは使用人に厳しく、いままでサラ以外は誰も居着かなかったため、スイーツ作りを手伝える人手がない。
サラの侍女モニカがホールを手伝うくらいではまったく足りないのだ。
足がだいぶ良くなってきたメーメは、椅子に座って作業しているが、自分で動けるようになったためローサが帰ってしまったのも地味に痛かった。
「ローサがいれば、少しは手伝いもさせられたのに」
悔しそうにメーメが呟くが、サラはふるふると首をください振って笑う。
「この忙しさもいつまで続くかわかりませんから。そのうちに落ち着いて、あのときは忙しかったと懐かしく思う日が来ると思いますわ」
しかしその読みは外れ、メーメの店は忙しくなる一方だった。
量が作れないことがメーメとサラの悩みだったが、人気だから量産してたくさん売ろうという店が多い中、限られた量しか買えずなかなか手が届かないことが本人たちの知らぬ間にどんどん人気を高めていったのだ。
自分の気持ちに気づいてから、勝手に気まずく感じてなかなか店に足を向けられなかったザイアだが、母に頼まれて三週間ぶりにメーメの店にやって来ると、長い列で並ぶ女性たちに驚き、目を見張った。
「あの、この行列は?」
最後尾の女性に訊ねると、
「サラ様がお作りになるスイーツを買うための行列ですわ!」
「え!」
メーメの店に通い始めてから、こんなに間隔が空いたのは始めてだが。
予想外の事態に、並ぶのを諦めようかと思った瞬間、たまたまモニカが外に顔を出した。
「あら!お久しぶりですねっ!」
パーティー以来ぱったり姿を見せなくなったザイアに、サラもモニカも気をもんでいたのだ。
並んでいる人の手前、割り込ませるわけにもいかないので、モニカはザイアの袖口を握り、裏口へと連れて行った。
「お、おい君、どこへ行くんだ?」
ザイアは戸惑いながら引かれていくと、メーメの家の裏口に押し込まれる。
「ちょっとお待ちになってくださいな」
奥に消えたモニカの代わりに顔を出したのはサラだった。
「まあっ!ご無沙汰しておりました」
「あのっこ、こんなところから」
「ええ、モニカに聞きましたわ。こちらこそ申し訳ございませんでした、このようなところにお連れして。でも以前からのお客様にはこうでもしないとお買い求めいただくことができなくなっておりまして」
困ったように小首を傾げるサラが可愛過ぎると、ザイアの目が泳いだ。
裏から入れる特別扱いを受けたが、以前からのお客様だからという言葉に、そうかそれだけのことかとサラの一挙手一投足にいちいち喜んだり悲しんだり振り回されている。
「あの・・・しばらくいらっしゃいませんでしたね。御母堂様のお加減はいかがですか」
「え?あ、母は元気にしております。・・・私が忙しくしておりましたので」
─ただの客に過ぎなかったらしばらく来なかったなど気にしないかもしれない─
サラが自分を特別扱いしてくれていると思える理由を、ザイアは無意識に探していた。
「ああ!本当にサラ様がいらっしゃるわ」
顔見知りの伯爵令嬢が手を振ってサラを呼ぶと、並んだ女性たちが羨ましそうな顔をする。
メーリア伯爵家の復興パーティーで、サラが作り上げたスイーツが評判を呼び、まさかの大繁盛!
当初サラ・メーリア本人がスイーツを作っているなど誰も信じなかったのだが、瑞々しいジュレや珍しい生クリームのケーキをもう一度食したいと、パーティーに参加した貴族の奥方や令嬢たちが訪れるようになっていた。
ひとり、ふたりと最初はぽつぽつ来ていたのだが、店に行った者が自慢するとそれを聞いた者が羨ましくなって訪れ、また自慢するという口コミ連鎖の結果である。
伯爵令嬢が菓子職人なんてと眉を顰める者ももちろんいた。
しかし、女性は男性の政略の駒として扱われることが当たり前の貴族社会の中で、自立を目指すサラに憧れた奥方や令嬢もたくさんいたのだ。
「申し訳ございません、もう今日は品切れとなりまして」
サラが真面目な顔で頭を下げて詫びると、
「いえ、サラ様に頭を下げられると困りますわ。でもどうしても頂きたいの。また明日伺ってもよろしくて?」
「もちろんでございますわ!よろしければご来店の予約をしていかれませんか」
ちょっとした思いつきだった。
大人気となりつつあるメーメの生クリームケーキは崩れやすく、歩いて数分ならまだしも、馬車で一、ニ時間となると、揺れや気温でダメージを受けてしまう。
最初にメーメがやってくれたように、氷はをセットした上で注意して持ち運ばなければならない。持ち帰りを希望する者にそう説明すると、ほとんどは持ち帰りを諦めて店で食べることを選択するが、ホールもテーブルが三卓しかないため、なかなか席が空かないのだ。
今度は予約すれば店で食べられる!という噂とともに、予約しないと食べられない特別なスイーツという新たな噂が流れ始めて、メーメの店で予約が取れるとそれが自慢の種になった。
「はあ、一体どうなっているんだ?これはとても追いつかんぞ!」
メーメは使用人に厳しく、いままでサラ以外は誰も居着かなかったため、スイーツ作りを手伝える人手がない。
サラの侍女モニカがホールを手伝うくらいではまったく足りないのだ。
足がだいぶ良くなってきたメーメは、椅子に座って作業しているが、自分で動けるようになったためローサが帰ってしまったのも地味に痛かった。
「ローサがいれば、少しは手伝いもさせられたのに」
悔しそうにメーメが呟くが、サラはふるふると首をください振って笑う。
「この忙しさもいつまで続くかわかりませんから。そのうちに落ち着いて、あのときは忙しかったと懐かしく思う日が来ると思いますわ」
しかしその読みは外れ、メーメの店は忙しくなる一方だった。
量が作れないことがメーメとサラの悩みだったが、人気だから量産してたくさん売ろうという店が多い中、限られた量しか買えずなかなか手が届かないことが本人たちの知らぬ間にどんどん人気を高めていったのだ。
自分の気持ちに気づいてから、勝手に気まずく感じてなかなか店に足を向けられなかったザイアだが、母に頼まれて三週間ぶりにメーメの店にやって来ると、長い列で並ぶ女性たちに驚き、目を見張った。
「あの、この行列は?」
最後尾の女性に訊ねると、
「サラ様がお作りになるスイーツを買うための行列ですわ!」
「え!」
メーメの店に通い始めてから、こんなに間隔が空いたのは始めてだが。
予想外の事態に、並ぶのを諦めようかと思った瞬間、たまたまモニカが外に顔を出した。
「あら!お久しぶりですねっ!」
パーティー以来ぱったり姿を見せなくなったザイアに、サラもモニカも気をもんでいたのだ。
並んでいる人の手前、割り込ませるわけにもいかないので、モニカはザイアの袖口を握り、裏口へと連れて行った。
「お、おい君、どこへ行くんだ?」
ザイアは戸惑いながら引かれていくと、メーメの家の裏口に押し込まれる。
「ちょっとお待ちになってくださいな」
奥に消えたモニカの代わりに顔を出したのはサラだった。
「まあっ!ご無沙汰しておりました」
「あのっこ、こんなところから」
「ええ、モニカに聞きましたわ。こちらこそ申し訳ございませんでした、このようなところにお連れして。でも以前からのお客様にはこうでもしないとお買い求めいただくことができなくなっておりまして」
困ったように小首を傾げるサラが可愛過ぎると、ザイアの目が泳いだ。
裏から入れる特別扱いを受けたが、以前からのお客様だからという言葉に、そうかそれだけのことかとサラの一挙手一投足にいちいち喜んだり悲しんだり振り回されている。
「あの・・・しばらくいらっしゃいませんでしたね。御母堂様のお加減はいかがですか」
「え?あ、母は元気にしております。・・・私が忙しくしておりましたので」
─ただの客に過ぎなかったらしばらく来なかったなど気にしないかもしれない─
サラが自分を特別扱いしてくれていると思える理由を、ザイアは無意識に探していた。
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