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30話
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メーリア伯爵家のパーティーは恙無く終わった。
「そういえばイーデス子爵ご夫妻とは会えなかったわ」
ネル夫人が言うと、デードが事情を教えてやる。
「祝い金だけ持ってきて、すぐに帰ったんだ」
「まあ、居辛いでしょうからね」
うんうんとデードが首を縦に振る。
「ところでサラたちはどうだった?」
夫は期待に満ちた目をしている。
褒めるのはしゃくだがしかたないと、ネルも認めた。
「そうね。想像以上かしら。サラと話しているのが聞こえたけれど、会話は途切れることもなく、内容も落ち着いていて、普段もああして話しているんだろうと目に浮かぶほどだったわ。それから彼はサラを大切に想ってくれていると感じたわね。サラのケーキもね」
「だろう?そうなんだよ!なんかあのふたり、雰囲気がいいと思ったんだよな。お似合い、だよな?」
「そうね。でもサラの気持ちが一番大切よ。もうあの子を傷つけたくないもの」
「じゃあお互いがよければ、ネルは反対はしない?」
「ええ、もちろん。彼なら賛成するわ」
サラのケーキを褒めながら何口も食べていたザイアと、ザイアに褒められる度にうれしそうに微笑むサラ。
サラを幸せそうに微笑ませ、それを優しく見つめる青年にネルは感謝した。
メーリアとはいろいろ経緯のある家とはいえ、青年は当事者ではないので、それに彼が紐付けられていることは同情できなくもない。
それにサラに良い縁談がない以上、裕福な子爵家のしっかり者の嫡男と婚姻が結べるなら、こんなに素晴らしいことはない。
ただそうなった時、タイリユ子爵家はサラがこれから先もスイーツの仕事を持つことを許すだろうか?
ネルは、サラにも青年へのほのかな想いを感じたが、サラがここまで頑張ってきた仕事と次期子爵夫人の座のどちらを選ぶかはわからない。結婚させたい親の気持ちを無理強いすることはしないと決めていた。
「サラ様!今日あの方とずっとご一緒されたのですね!」
「ええ、驚いたわ。タイリユ子爵家のザイア様と、御母堂様がエラ様とおっしゃるそうよ」
「タイリユ子爵家って、それもしかして!」
「・・・ええ。あのときのよ」
「やっぱり!でもあの彼女、本当は子爵家の娘ではなかったのでしょう?タイリユ様はお気の毒に、赤の他人を育てさせられていたのですよね?」
モニカが興味津々でザイアやタイリユ家のことを訊ねてくるが、サラは今日ものすごく働いたため瞼がくっつきそうだ。
「ごめんなさい、もに・・・か。ねむ・・」
眠り込んだサラにモニカが毛布を掛けていた頃、タイリユ家では。
エラ夫人が今日のパーティーの総括を家族を集めて行っていた。
「えっ!スイーツ屋のパティシエールがメーリア伯爵家のご令嬢だった?嘘だろう、そんなことあるのか?だってあんなしょぼい店だぞ!伯爵令嬢が?あんなところで働くわけがない!」
パーティーに行かなかったゲールは、頑として信じようとしない。
しかしゲールの反応が普通なのだ。
そもそも伯爵令嬢が働くなら侍女や家庭教師だろう。手を傷だらけにしてスイーツを作り、平民も相手にする店員をこなすなど聞いたことがない。
「あのときサラ様は世間から隠れるように目立たぬところを選ばれたに違いないわ、お可哀そうに」
心からのエラの言葉に、さすがのゲールも頷いた。
「だがサラ様はそれを挽回の機会とされ、今では味にうるさい貴族たちの舌を唸らせるパティシエールとなった。たった数年ほどだぞ、どれほど努力されたことだろう。なんてすごい人なんだろうと尊敬するよ」
ザイアは心から褒め称えた。
─尊敬ね・・・
尊敬から生まれる愛もあるわ─
エラは笑い声こそ立てなかったが、俯いて口角を上げ、目だけで笑った。
母に言った自分の言葉が、ザイアの耳の中でこだましている。
─どれほど努力されたことだろう。なんてすごい人なんだろうと尊敬する─
そうだ、尊敬しているのだ。
それは間違いない。
しかしザイアの胸はなぜかもやもやした。
素直にサラを褒めただけなのに、もっと違う言葉を贈りたくなった。
いつも一つにまとめられている柔らかそうな亜麻色の髪、聡明な緑の瞳、あたたかみのある笑い声。
どれ一つを思い出しても、胸の奥がきゅっと摘まれるような軽い痛みを覚える。
いやいや、それはきっと憐憫に違いない・・・。
ため息をつくほどに切ない気持ちが湧き上がり、サラを傷つけたタイリユ家の自分はそれを認めてはいけないのだと思いながら、認めざるを得ない甘い感情に満たされていた。
「ザイアは?」
翌朝、いつもなら時間通りにダイニングにやって来る長男が来ないことをエラが問うと、使用人がそう聞かれることを予測していたという顔で求められた答えを提供する。
「ザイア様は食欲がないとおっしゃられて、既に出立されております」
「まあ珍しいこと」
「なにか思い悩まれていらっしゃるようでございました」
使用人の言葉に今度はエラが、わかったような顔で頷いた。
「悩み焦れる戀心かな。若いってすてきね!」
うふうふと笑う母をゲールが諌める。
「母上!兄上が帰ってきてもからかうなよ。ムキになって反発しかねないからな」
「もちろんわかっているわ、何年あの子の親をやっていると思っているの?ひとりで想像するくらいいいでしょ」
エラもゲールもわかっていた。
サラがメーリア伯爵令嬢と知った今、ただ想いあって云々だけでは進めそうにないことを。
タイリユ子爵家は、皆がサラに後ろめたさを感じている。ソイラはタイリユ子爵の娘ではなかったと証明されたが、あのとき子爵家の一員だったことは紛れもない事実。
まして真面目なザイアのことだ、気にしないわけがない。
エラ夫人は嫡男の秘めた恋路を思い、溜息をもらしていた。
「そういえばイーデス子爵ご夫妻とは会えなかったわ」
ネル夫人が言うと、デードが事情を教えてやる。
「祝い金だけ持ってきて、すぐに帰ったんだ」
「まあ、居辛いでしょうからね」
うんうんとデードが首を縦に振る。
「ところでサラたちはどうだった?」
夫は期待に満ちた目をしている。
褒めるのはしゃくだがしかたないと、ネルも認めた。
「そうね。想像以上かしら。サラと話しているのが聞こえたけれど、会話は途切れることもなく、内容も落ち着いていて、普段もああして話しているんだろうと目に浮かぶほどだったわ。それから彼はサラを大切に想ってくれていると感じたわね。サラのケーキもね」
「だろう?そうなんだよ!なんかあのふたり、雰囲気がいいと思ったんだよな。お似合い、だよな?」
「そうね。でもサラの気持ちが一番大切よ。もうあの子を傷つけたくないもの」
「じゃあお互いがよければ、ネルは反対はしない?」
「ええ、もちろん。彼なら賛成するわ」
サラのケーキを褒めながら何口も食べていたザイアと、ザイアに褒められる度にうれしそうに微笑むサラ。
サラを幸せそうに微笑ませ、それを優しく見つめる青年にネルは感謝した。
メーリアとはいろいろ経緯のある家とはいえ、青年は当事者ではないので、それに彼が紐付けられていることは同情できなくもない。
それにサラに良い縁談がない以上、裕福な子爵家のしっかり者の嫡男と婚姻が結べるなら、こんなに素晴らしいことはない。
ただそうなった時、タイリユ子爵家はサラがこれから先もスイーツの仕事を持つことを許すだろうか?
ネルは、サラにも青年へのほのかな想いを感じたが、サラがここまで頑張ってきた仕事と次期子爵夫人の座のどちらを選ぶかはわからない。結婚させたい親の気持ちを無理強いすることはしないと決めていた。
「サラ様!今日あの方とずっとご一緒されたのですね!」
「ええ、驚いたわ。タイリユ子爵家のザイア様と、御母堂様がエラ様とおっしゃるそうよ」
「タイリユ子爵家って、それもしかして!」
「・・・ええ。あのときのよ」
「やっぱり!でもあの彼女、本当は子爵家の娘ではなかったのでしょう?タイリユ様はお気の毒に、赤の他人を育てさせられていたのですよね?」
モニカが興味津々でザイアやタイリユ家のことを訊ねてくるが、サラは今日ものすごく働いたため瞼がくっつきそうだ。
「ごめんなさい、もに・・・か。ねむ・・」
眠り込んだサラにモニカが毛布を掛けていた頃、タイリユ家では。
エラ夫人が今日のパーティーの総括を家族を集めて行っていた。
「えっ!スイーツ屋のパティシエールがメーリア伯爵家のご令嬢だった?嘘だろう、そんなことあるのか?だってあんなしょぼい店だぞ!伯爵令嬢が?あんなところで働くわけがない!」
パーティーに行かなかったゲールは、頑として信じようとしない。
しかしゲールの反応が普通なのだ。
そもそも伯爵令嬢が働くなら侍女や家庭教師だろう。手を傷だらけにしてスイーツを作り、平民も相手にする店員をこなすなど聞いたことがない。
「あのときサラ様は世間から隠れるように目立たぬところを選ばれたに違いないわ、お可哀そうに」
心からのエラの言葉に、さすがのゲールも頷いた。
「だがサラ様はそれを挽回の機会とされ、今では味にうるさい貴族たちの舌を唸らせるパティシエールとなった。たった数年ほどだぞ、どれほど努力されたことだろう。なんてすごい人なんだろうと尊敬するよ」
ザイアは心から褒め称えた。
─尊敬ね・・・
尊敬から生まれる愛もあるわ─
エラは笑い声こそ立てなかったが、俯いて口角を上げ、目だけで笑った。
母に言った自分の言葉が、ザイアの耳の中でこだましている。
─どれほど努力されたことだろう。なんてすごい人なんだろうと尊敬する─
そうだ、尊敬しているのだ。
それは間違いない。
しかしザイアの胸はなぜかもやもやした。
素直にサラを褒めただけなのに、もっと違う言葉を贈りたくなった。
いつも一つにまとめられている柔らかそうな亜麻色の髪、聡明な緑の瞳、あたたかみのある笑い声。
どれ一つを思い出しても、胸の奥がきゅっと摘まれるような軽い痛みを覚える。
いやいや、それはきっと憐憫に違いない・・・。
ため息をつくほどに切ない気持ちが湧き上がり、サラを傷つけたタイリユ家の自分はそれを認めてはいけないのだと思いながら、認めざるを得ない甘い感情に満たされていた。
「ザイアは?」
翌朝、いつもなら時間通りにダイニングにやって来る長男が来ないことをエラが問うと、使用人がそう聞かれることを予測していたという顔で求められた答えを提供する。
「ザイア様は食欲がないとおっしゃられて、既に出立されております」
「まあ珍しいこと」
「なにか思い悩まれていらっしゃるようでございました」
使用人の言葉に今度はエラが、わかったような顔で頷いた。
「悩み焦れる戀心かな。若いってすてきね!」
うふうふと笑う母をゲールが諌める。
「母上!兄上が帰ってきてもからかうなよ。ムキになって反発しかねないからな」
「もちろんわかっているわ、何年あの子の親をやっていると思っているの?ひとりで想像するくらいいいでしょ」
エラもゲールもわかっていた。
サラがメーリア伯爵令嬢と知った今、ただ想いあって云々だけでは進めそうにないことを。
タイリユ子爵家は、皆がサラに後ろめたさを感じている。ソイラはタイリユ子爵の娘ではなかったと証明されたが、あのとき子爵家の一員だったことは紛れもない事実。
まして真面目なザイアのことだ、気にしないわけがない。
エラ夫人は嫡男の秘めた恋路を思い、溜息をもらしていた。
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