上 下
14 / 44

14話

しおりを挟む
 サラがメーメの店で働き始めてじきに二年を迎える頃のこと。

 女性客が圧倒的に多いメーメの店で、珍しく身奇麗な若い男性がやって来た。

 美しい銀の髪と薄いスカイブルーの瞳、少し神経質そうな表情をして、時間をかけて焼き菓子を選ぶ。

「店のおすすめの品も入れてほしいのですが」

 浮かべている表情とは違う心地よいアルトの響きに、サラはにっこりと微笑んだ。

「甘さやフルーツの好みなど何かご希望はございますか」
「そうですね、母は柑橘系の果物が好きで、甘すぎるものや硬すぎる焼き菓子は好まないかな」
「それでは、こちらのオレンジのジュレかレモンピールのメレンゲクッキーはいかがでしょう?」

 青年は、店のイチオシを勧められると思っていたので、こちらの好みに合いそうなお勧めを出してくれた店員が印象に残った。




 サラに勧められて屋敷に持ち帰ったジュレは、二年前に家族を襲った醜聞に心を病み、食欲もめっきり落ちてしまった母が珍しくとても気に入って、もっと食べたいと青年にねだった。

「母上が気に入ったものがあってよかった!兄上、それどこで見つけてきたんだ?」

「王宮の侍女たちの間で人気だと聞いてな。しかし行ってみたら王都の裏通りにある陰気臭い店で驚いたよ」
「でも菓子は美味しい?」
「そうらしいな、私は食べていないが母上があれほど気に入るとは。店員が勧めてくれた物なんだよ」
「そうかあ。いくら美味くても陰気臭い店ではご令嬢を連れては行けないかな。買い物は兄上にお任せする!」

 弟の方は最近上級平民と呼ばれる裕福な商会の娘と婚約したばかり。
兄弟は元は貴族の令嬢と婚約していたが、彼らにはまったく関係のない、家の醜聞で破談になってしまった。
 しかし弟は婿入りして平民相手に商売する方が自分には向いているとあっさり割り切り、新しい婚約者と上手くやっていくことに集中している。

 兄も貴族令嬢との婚約が解消されたのだが、こちらは嫁をもらう身のため、醜聞のあった家に嫁ぐという相手はなかなか見つからなかった。
 弟とは違い、大きな商会を抱えた財力のある貴族家の嫡男のため、来てくれるなら誰でもというわけにはいかないのだ。
本人はこの頃、嫁に来てくれる者がいなくても、なんなら弟のこどもを養子にもらえばいいと考えるようになり、少しは気も楽になっていた。


「ザイア、ザイア?」
「どうしました母上?」
「またこの前のジュレを買ってきてほしいの」
「ええ、わかりました。今日城の帰りに店に寄ってきますね」

 ベッドにいるが、体調がよいようで身体を起こしている。

「ジュレと一緒に買ってきたクッキーなどはいかがでしたか?」
「美味しかったわ。でもジュレが食べたいの」

 こんなふうにふんわりと笑う母をひさしぶりに見た青年は、菓子屋との出会いに感謝した。



 王城で文官を務めるザイア・タイリユは、仕事を終えた足でメーメの店に向かう。

「いらっしゃいませ」

 見覚えのある店員がにこやかに声をかけてくれた。

「先日はありがとうございました。ジュレとメレンゲクッキー、御母堂様に気に入って頂けましたでしょうか?」
「え!覚えているんですか?」
「ええもちろんですわ。お客様を覚えるのも仕事のうちですもの」

 ちょっと自慢気に言って浮かべた笑顔がかわいいなと、青年は彼女のことが少し気に入った。

「それなら話が早い。母があのジュレをとても気に入って、また買ってこいと何度も言うのですよ。母は体調を崩していて食欲がないものですから本当に助かりました」
「まあ!少しでもお役に立ててよかったですわ!今日はお幾つ包みましょう?」

 日持ちはあまりしないということで、今日明日の分を籠に入れてもらったのだが、2個のジュレを買ったはずが、籠に四つ入っていることに気づいて顔をあげた。

「よろしければ、ライムとミントのジュレを御母堂様へのお見舞いにお持ちくださいませ」
「あ、では代金を支払います」
「いえ、どうかこのままお持ちくださいませ。実は先日のジュレは初めて私が仕上げた記念の物でございましたの。そんなに気に入っていただけたなんて本当にうれしくて。今日だけにいたしますので、これは御母堂様に」

 きらきらとうれしそうに笑う瞳に、これ以上固辞するのはかえって失礼かと、青年は頭を軽く下げて受け取った。

「では今日はありがたく頂戴致します。また買いに来ますので」

 そう言うと青年は籠を抱きしめるようにして店を出て行った。



「サラよ」
「はっ、はいっ!」
「品代はサラからちゃんともらうぞ」
「はっ、はいっ!申し訳ございません。うれしすぎて」
「うん、まあ気持ちはわかる。が、毎回やると商売が成り立たなくなるから今回だけにしておきなさい」

 サラが高速で頭をぶんぶんと振って、その様子にメーメは吹き出し、サラも一緒に笑った。

 最近のメーメは以前と比べて丸くなり、よく笑う。
 働き者の優秀な弟子に満足し、自分の技術のすべてを彼女に譲り渡してやりたいと、計画的に課題を与えて菓子を仕上げることに挑戦させている。
 サラは貪欲に課題に取り組み、メーメの想像を超えるスピードでパティシエールへの道を駆け上がっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

婚約破棄なら慰謝料をお支払いします

編端みどり
恋愛
婚約破棄の慰謝料ってどちらが払います? 普通、破棄する方、または責任がある方が払いますよね。 私は、相手から婚約破棄を突きつけられました。 私は、全く悪くありません。 だけど、私が慰謝料を払います。 高額な、国家予算並み(来年の国家予算)の慰謝料を。 傲慢な王子と婚約破棄できるなら安いものですからね。 そのあと、この国がどうなるかなんて知ったこっちゃありません。 いつもより短めです。短編かショートショートで悩みましたが、短編にしました。

【一話完結】才色兼備な公爵令嬢は皇太子に婚約破棄されたけど、その場で第二皇子から愛を告げられる

皐月 誘
恋愛
「お前のその可愛げのない態度にはほとほと愛想が尽きた!今ここで婚約破棄を宣言する!」 この帝国の皇太子であるセルジオが高らかに宣言した。 その隣には、紫のドレスを身に纏った1人の令嬢が嘲笑うかのように笑みを浮かべて、セルジオにしなだれ掛かっている。 意図せず夜会で注目を浴びる事になったソフィア エインズワース公爵令嬢は、まるで自分には関係のない話の様に不思議そうな顔で2人を見つめ返した。 ------------------------------------- 1話完結の超短編です。 想像が膨らめば、後日長編化します。 ------------------------------------ お時間があれば、こちらもお読み頂けると嬉しいです! 連載中長編「前世占い師な伯爵令嬢は、魔女狩りの後に聖女認定される」 連載中 R18短編「【R18】聖女となった公爵令嬢は、元婚約者の皇太子に監禁調教される」 完結済み長編「シェアされがちな伯爵令嬢は今日も溜息を漏らす」 よろしくお願い致します!

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【 完 】転移魔法を強要させられた上に婚約破棄されました。だけど私の元に宮廷魔術師が現れたんです

菊池 快晴
恋愛
公爵令嬢レムリは、魔法が使えないことを理由に婚約破棄を言い渡される。 自分を虐げてきた義妹、エリアスの思惑によりレムリは、国民からは残虐な令嬢だと誤解され軽蔑されていた。 生きている価値を見失ったレムリは、人生を終わらせようと展望台から身を投げようとする。 しかし、そんなレムリの命を救ったのは他国の宮廷魔術師アズライトだった。 そんな彼から街の案内を頼まれ、病に困っている国民を助けるアズライトの姿を見ていくうちに真実の愛を知る――。 この話は、行き場を失った公爵令嬢が強欲な宮廷魔術師と出会い、ざまあして幸せになるお話です。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

処理中です...