上 下
19 / 80
第1章

第19話 うれしい報せ

しおりを挟む
 成り行きを見て、けんもほろろな庭師をがっかりした顔で見上げるこどもに、飴玉と小さな銅貨を渡した農夫・・・?
ニイズはふと違和感を感じる。

「ちょっと待て」

 このむずむずした感じはなんだろうと思いながら、身を翻そうとした男の手を掴むと、それは剣を振るう騎士の手だった。

 ビブラスは目配せをした。

「おまえ、侯爵様に頼まれ物だと言っていたな」
「へへえ」

 低い声を返し、じっと見合う。
先に切り出したのはビブラスだった。

 ─庭師なのに、まったく隙のない男。
ナイジェルス殿下の言う暗部の者に違いないだろう─

 こどもには聞こえないよう、すれ違い様に呟く。

「ロレンガ渓谷の川から戻ってきたと」

 意味を正確に理解したニイズは、鋭い目を和らげてビブラスに向けた。
 こくりと頷いてから、胸の奥から小さく折りたたまれたハンカチを見せる。
それはユートリーが刺繍したナイジェルスの紋章にソイスト侯爵家の紋章をアレンジして加えた物で、ニイズは見ただけで誰の持ち物か知ることができた。

「っ!」

 庭師の反応に満足したビブラスは、腰に巻いた布から書状を引き出すと、ニイズの手に忍ばせる。

「これを内密にソイスト侯爵に届けてくれ。書状の真偽はユートリー様ならわかる。私は町の宿屋にキイスと名乗って泊まっているが、あまり時間がない。できれば今夜中に回答願いたいと頼む」

 有無を言わさずそれだけ告げると、ビブラスは馬車を返して宿屋へと戻っていった。
 その行方を見送ると、今度はニイズが屋敷へと駆け出した。

「スチュー様はいらっしぇえますか?塗り薬をもらえねえでしょうかぁ」
「ああ、ニイズ。こちらですよ。そんなに急いでどうしました?剪定ばさみで怪我でもしたのではないでしょうね」

 合い言葉である。

「へえ、刃が足に触れて切れっちまったんでさあ。旦那様の大切な花に血がついちまって、おら、お詫びのしようもねえですだ」
「マーカス様はそんなことでは怒ったりなさらないが、どれ、よく効く薬をあげるからこちらにきなさい」

 まだるっこしい会話を交わしながらニイズはスチューに必要のない薬をもらい、そのときにビブラスから預かった書状をそっと渡す。

「ありがとうごぜえます。私が汚した花だけ切って、旦那様と奥様のためにきれいな庭にしてみせまさあ」

 屋敷の隅々まで届きそうな大きな声で言うと、油断なく目を配りながらニイズは庭へと戻っていく。
スチューはすっと上着の内側に書状を隠し、いつものように規則正しい早足で執務室へ向かった。

「マーカス様」

 返事を待たず、ノックとともに扉を開けた執事にマーカスは目を丸くした。

「どうした?スチューが珍しいな」
「至急の使いが参ったようで。真偽はユートリー様に確認をとニイズが受け取りました」
「っ!」

 折りたたまれた書状を急いで開き、目を走らせる。

「ユートリーを呼んできてくれ。あ、目立たぬようにな」

 ─大変なことになったぞ─

 ユートリーが来るまでの間に2回読み直したが、どう見ても本物のナイジェルス王子の書状のようだ。
 犯人は不明だが襲われたため、返り討ちにしてから馬を外し、馬車を捨て逃げた。
味方が誰なのかわからないため、潜んでいるが保護を要請したいとあった。

「お父様?お呼びとうかがいましたわ」

 早い動きで手招きし、控えの間の扉に鍵がかけられたのを確認すると、ユートリーに手紙を手渡した。

 字を見てすぐ気づいたようだ。
ユートリーは舐めるように手紙を読んだ。


「これ、ナイジェルス様ですわ!ああ、よかった・・・ご無事でしたのね、神様ありがとうございます」

 ほっとした顔をしたあと。
久しぶりにユートリーは朗らかに笑った。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

元公爵令嬢、愛を知る

アズやっこ
恋愛
私はラナベル。元公爵令嬢で第一王子の元婚約者だった。 繰り返される断罪、 ようやく修道院で私は楽園を得た。 シスターは俗世と関わりを持てと言う。でも私は俗世なんて興味もない。 私は修道院でこの楽園の中で過ごしたいだけ。 なのに… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 公爵令嬢の何度も繰り返す断罪の続編です。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

処理中です...