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第1章
第1話 プロローグ1
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ガザリア王国の貴族は金髪が圧倒的に多い。ユートリー・ソイストもご多分に漏れず、艷やかな金髪に印象的な草色の瞳を持つ美しい侯爵令嬢だ。
彼女の婚約者は、これもまた当然のように金色の髪と珍しい空色の瞳を持つナイジェルス・ガザリア第二王子である。
ふたりは政略的な意味合いは強いながらも、幸せな未来を信じて想いあっていた。
ナイジェルス王子が二十歳の王族として定められた一月の国内視察に出る際、一時の別れに過ぎないと寂しさを堪えたユートリーは、無理矢理笑って馬車を見送ったのだが。
「た、大変なことになった!すぐトリーを呼びなさい」
マーカス・ソイスト侯爵が慌てて帰館すると、長女ユートリーを執務室へと呼びつけた。
「お呼びとうかがいましたわ、お父様」
「ああ、座りなさい。落ち着いて聞くのだよ」
「何かございましたの?」
真っ青な父の動揺ぶりにユートリーもよくないことが起きたと気がついた。
「ナイジェルス殿下の馬車が襲われたと連絡があった」
「え?え!ナイジェルス様はご無事なのですよね?」
視線を落としたままのマーカスは眉間に深い皺を寄せて口籠る。
「い、いやお父様、ナイジェルス様はご無事なのでしょう?」
「落ち着いて、聞いてくれ」
そう言いながら言い淀むのだ。
良くないこと。
良くないことが起きた。
それも最悪の事態だと、聞くまでもなくわかる。
「昨日ナイジェルス王子の馬車が襲われて馬車ごと渓谷に落下され、今懸命に捜索しているが・・・・かなり厳しい状況だと」
「いっ、いやぁぁぁぁ」
あまりの恐ろしさと悲しさに、叫び声を上げたと思うとユートリーは自分の意識を手放し、ぐらりとその身が椅子から落ちていった。
「トリーっ!」
マーカスが腕を伸ばして抱きとめる。
「かわいそうに」
慕い合うふたりの姿は、まわりの誰からも愛されていた。
ナイジェルスは王位に興味がなかったので、ユートリーと結婚したら臣籍降下して公爵となり、王太子候補の兄ゴールダイン第一王子の補佐をするのだと公言していた。
王妃から生まれた二人の兄弟王子たちは仲が良く、権力争いなどなかったとマーカスは自信を持って言える。
問題行動を取るとしたら第二妃から生まれた第三王子トローザーだろう。
トローザーとその母キャロラは権力志向が強く野心家だ。キャロラは美しい妃ではあるが、子爵家出身で実家の後ろ盾は弱かった。そのままでは血筋、後ろ盾と優秀さ、どれ一つ取ってもトローザーに見込みはない。
だからこの襲撃でもっとも怪しいのはキャロラ妃の一派だが、川に流されてしまったのかナイジェルス王子の姿は未だ見つからず、犯人たちも取り逃がしたまま。
怪我を負ったもののかろうじて命を取り留めた護衛から、襲われた事実のみを聞き出すことができたが、真実は何一つわかっていなかった。
「トリーはどうしている?」
大きなため息をついたマーカスがユートリーの侍女タラに訊ねると、泣きそうな、いや、たぶん泣いていたのだろうタラは赤く腫れた目を落として答えた。
「まだお目覚めに・・なりません」
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
お立ち寄りいただき、ありがとうございます。
本日より開始しました。完結済ですので、最後までよろしくお願い致します。
作者にしては珍しく、サスペンス要素ありのシリアス高め作品でございます。
公開初日の本日だけ5話更新致します。
お気に入りやしおりをポチッと頂けましたら有り難く存じます。よろしくお願い致します。
彼女の婚約者は、これもまた当然のように金色の髪と珍しい空色の瞳を持つナイジェルス・ガザリア第二王子である。
ふたりは政略的な意味合いは強いながらも、幸せな未来を信じて想いあっていた。
ナイジェルス王子が二十歳の王族として定められた一月の国内視察に出る際、一時の別れに過ぎないと寂しさを堪えたユートリーは、無理矢理笑って馬車を見送ったのだが。
「た、大変なことになった!すぐトリーを呼びなさい」
マーカス・ソイスト侯爵が慌てて帰館すると、長女ユートリーを執務室へと呼びつけた。
「お呼びとうかがいましたわ、お父様」
「ああ、座りなさい。落ち着いて聞くのだよ」
「何かございましたの?」
真っ青な父の動揺ぶりにユートリーもよくないことが起きたと気がついた。
「ナイジェルス殿下の馬車が襲われたと連絡があった」
「え?え!ナイジェルス様はご無事なのですよね?」
視線を落としたままのマーカスは眉間に深い皺を寄せて口籠る。
「い、いやお父様、ナイジェルス様はご無事なのでしょう?」
「落ち着いて、聞いてくれ」
そう言いながら言い淀むのだ。
良くないこと。
良くないことが起きた。
それも最悪の事態だと、聞くまでもなくわかる。
「昨日ナイジェルス王子の馬車が襲われて馬車ごと渓谷に落下され、今懸命に捜索しているが・・・・かなり厳しい状況だと」
「いっ、いやぁぁぁぁ」
あまりの恐ろしさと悲しさに、叫び声を上げたと思うとユートリーは自分の意識を手放し、ぐらりとその身が椅子から落ちていった。
「トリーっ!」
マーカスが腕を伸ばして抱きとめる。
「かわいそうに」
慕い合うふたりの姿は、まわりの誰からも愛されていた。
ナイジェルスは王位に興味がなかったので、ユートリーと結婚したら臣籍降下して公爵となり、王太子候補の兄ゴールダイン第一王子の補佐をするのだと公言していた。
王妃から生まれた二人の兄弟王子たちは仲が良く、権力争いなどなかったとマーカスは自信を持って言える。
問題行動を取るとしたら第二妃から生まれた第三王子トローザーだろう。
トローザーとその母キャロラは権力志向が強く野心家だ。キャロラは美しい妃ではあるが、子爵家出身で実家の後ろ盾は弱かった。そのままでは血筋、後ろ盾と優秀さ、どれ一つ取ってもトローザーに見込みはない。
だからこの襲撃でもっとも怪しいのはキャロラ妃の一派だが、川に流されてしまったのかナイジェルス王子の姿は未だ見つからず、犯人たちも取り逃がしたまま。
怪我を負ったもののかろうじて命を取り留めた護衛から、襲われた事実のみを聞き出すことができたが、真実は何一つわかっていなかった。
「トリーはどうしている?」
大きなため息をついたマーカスがユートリーの侍女タラに訊ねると、泣きそうな、いや、たぶん泣いていたのだろうタラは赤く腫れた目を落として答えた。
「まだお目覚めに・・なりません」
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お立ち寄りいただき、ありがとうございます。
本日より開始しました。完結済ですので、最後までよろしくお願い致します。
作者にしては珍しく、サスペンス要素ありのシリアス高め作品でございます。
公開初日の本日だけ5話更新致します。
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