上 下
1 / 80
第1章

第1話 プロローグ1

しおりを挟む
 ガザリア王国の貴族は金髪が圧倒的に多い。ユートリー・ソイストもご多分に漏れず、艷やかな金髪に印象的な草色の瞳を持つ美しい侯爵令嬢だ。
 彼女の婚約者は、これもまた当然のように金色の髪と珍しい空色の瞳を持つナイジェルス・ガザリア第二王子である。
 ふたりは政略的な意味合いは強いながらも、幸せな未来を信じて想いあっていた。

 ナイジェルス王子が二十歳の王族として定められた一月ひとつきの国内視察に出る際、一時の別れに過ぎないと寂しさを堪えたユートリーは、無理矢理笑って馬車を見送ったのだが。





「た、大変なことになった!すぐトリーを呼びなさい」

 マーカス・ソイスト侯爵が慌てて帰館すると、長女ユートリーを執務室へと呼びつけた。

「お呼びとうかがいましたわ、お父様」
「ああ、座りなさい。落ち着いて聞くのだよ」
「何かございましたの?」

 真っ青な父の動揺ぶりにユートリーもよくないことが起きたと気がついた。

「ナイジェルス殿下の馬車が襲われたと連絡があった」
「え?え!ナイジェルス様はご無事なのですよね?」

 視線を落としたままのマーカスは眉間に深い皺を寄せて口籠る。

「い、いやお父様、ナイジェルス様はご無事なのでしょう?」
「落ち着いて、聞いてくれ」

 そう言いながら言い淀むのだ。

 良くないこと。
良くないことが起きた。
それも最悪の事態だと、聞くまでもなくわかる。

「昨日ナイジェルス王子の馬車が襲われて馬車ごと渓谷に落下され、今懸命に捜索しているが・・・・かなり厳しい状況だと」
「いっ、いやぁぁぁぁ」

 あまりの恐ろしさと悲しさに、叫び声を上げたと思うとユートリーは自分の意識を手放し、ぐらりとその身が椅子から落ちていった。

「トリーっ!」

 マーカスが腕を伸ばして抱きとめる。

「かわいそうに」

 慕い合うふたりの姿は、まわりの誰からも愛されていた。
 ナイジェルスは王位に興味がなかったので、ユートリーと結婚したら臣籍降下して公爵となり、王太子候補の兄ゴールダイン第一王子の補佐をするのだと公言していた。
 王妃から生まれた二人の兄弟王子たちは仲が良く、権力争いなどなかったとマーカスは自信を持って言える。
 問題行動を取るとしたら第二妃から生まれた第三王子トローザーだろう。
 トローザーとその母キャロラは権力志向が強く野心家だ。キャロラは美しい妃ではあるが、子爵家出身で実家の後ろ盾は弱かった。そのままでは血筋、後ろ盾と優秀さ、どれ一つ取ってもトローザーに見込みはない。
 だからこの襲撃でもっとも怪しいのはキャロラ妃の一派だが、川に流されてしまったのかナイジェルス王子の姿は未だ見つからず、犯人たちも取り逃がしたまま。
 怪我を負ったもののかろうじて命を取り留めた護衛から、襲われた事実のみを聞き出すことができたが、真実は何一つわかっていなかった。




「トリーはどうしている?」

 大きなため息をついたマーカスがユートリーの侍女タラに訊ねると、泣きそうな、いや、たぶん泣いていたのだろうタラは赤く腫れた目を落として答えた。

「まだお目覚めに・・なりません」



∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈

お立ち寄りいただき、ありがとうございます。
本日より開始しました。完結済ですので、最後までよろしくお願い致します。

作者にしては珍しく、サスペンス要素ありのシリアス高め作品でございます。

公開初日の本日だけ5話更新致します。
お気に入りやしおりをポチッと頂けましたら有り難く存じます。よろしくお願い致します。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

婚約者はメイドに一目惚れしたようです~悪役になる決意をしたら幼馴染に異変アリ~

たんぽぽ
恋愛
両家の話し合いは円満に終わり、酒を交わし互いの家の繁栄を祈ろうとしていた矢先の出来事。 酒を運んできたメイドを見て小さく息を飲んだのは、たった今婚約が決まった男。 不運なことに、婚約者が一目惚れする瞬間を見てしまったカーテルチアはある日、幼馴染に「わたくし、立派な悪役になります」と宣言した。     

【完結】聖女の仮面を被った悪魔の女に断罪を~愛するあなたが婚約を破棄すると言うのなら、私は悪役令嬢になりましょう~

あろえ
恋愛
「婚約を破棄しよう、シャルロット・ローズレイ」 夜会の途中、公爵令嬢シャルロットは、婚約者のレオン殿下から婚約破棄を告げられた。 相思相愛で過ごし続けてきた彼女にとって、そんなことをする意味がわからない。 しかし、二人の仲を引き裂くように聖女グレースが現れると、事態は急変する。 浮気しているとか、聖女をいじめているとか、男癖が悪いとか……。 偽りの出来事ばかりが並べられ、気づけば周りは敵だらけに。 瞬く間にシャルロットは悪役令嬢の地位を確立していくと、聖女グレースは嘲笑う。 そして、愛するレオン殿下の真剣な眼差しを見て、シャルロットは察した。 婚約者を奪われただけでなく、彼は脅されているのだと。 だから、腹黒聖女に裁きを与えようと、シャルロットは誓う。 愛する婚約者を奪い返すために。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈 
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

【完結】亡くなった婚約者の弟と婚約させられたけど⋯⋯【正しい婚約破棄計画】

との
恋愛
「彼が亡くなった?」 突然の悲報に青褪めたライラは婚約者の葬儀の直後、彼の弟と婚約させられてしまった。 「あり得ないわ⋯⋯あんな粗野で自分勝手な奴と婚約だなんて! 家の為だからと言われても、優しかった婚約者の面影が消えないうちに決めるなんて耐えられない」 次々に変わる恋人を腕に抱いて暴言を吐く新婚約者に苛立ちが募っていく。 家と会社の不正、生徒会での横領事件。 「わたくしは⋯⋯完全なる婚約破棄を準備致します!」 『彼』がいるから、そして『彼』がいたから⋯⋯ずっと前を向いていられる。 人が亡くなるシーンの描写がちょっとあります。グロくはないと思います⋯⋯。 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済。 R15は念の為・・

【完結】出逢ったのはいつですか? えっ? それは幼馴染とは言いません。

との
恋愛
「リリアーナさーん、読み終わりましたぁ?」 今日も元気良く教室に駆け込んでくるお花畑ヒロインに溜息を吐く仲良し四人組。 ただの婚約破棄騒動かと思いきや・・。 「リリアーナ、だからごめんってば」 「マカロンとアップルパイで手を打ちますわ」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

《本編完結》元聖女の悪役令嬢、学院改革のために暗躍します~最強無敵、そしてベタ甘~

しろいるか
恋愛
大侯爵の令嬢、テレジアは身分を隠して学院に転入してきたが、早々に嫌味な伯爵令嬢に絡まれてしまう。理不尽に自慢のドレスを汚され、罵倒されたテレジアは、思わず言ってしまう。 「アホなの?」――と。 呆気にとられる伯爵令嬢に天罰を下し、テレジアは悟る。 「この学院は思ったより腐っているようね」と。学院の風紀と秩序を取り戻すため、稀代の悪女と呼ばれた少女が立ち上がる。 立ち塞がるトラブルもなんのその! 最強無敵、そして完全無欠! どんな相手でも粉砕骨折! でも恋愛は幼児レベルに下手!? 元聖女の少女が理不尽や陰謀に対してとことん大暴れ! 悪役令嬢と呼ばれても関係なし! やることやって全員更正! スッキリざまぁの世直し物語!

親友が私のことを引き立て役としか思っていなかったので、ささやかな復讐をさせていただきます。

木山楽斗
恋愛
親友と婚約者が浮気したことを知ったアノテラは、ひどく落ち込むことになった。 そんな彼女に対して、二人は開き直って罵倒の言葉をかけてくる。親友は彼女のことを引き立て役としか思っておらず、婚約者もアノテラのことを疎ましく思っていたのだ。 そんな二人に詰め寄られていたアノテラを救ったのは、公爵令息であるドラグルドだった。 彼によって、親友と婚約者は撤退し、アノテラは窮地を脱することができた。 信頼していた二人に裏切られたという事実に、アノテラは意気消沈していた。 しかし彼女は、ドラグルドの言葉によって奮起し、二人と戦うことを決意する。 こうしてアノテラは、ドラグルドの協力も得て、動き始めるのだった。

処理中です...