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30話
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貴族学院の校長を務めるエスタルド・スメロニ侯爵は、校長室でこめかみを押さえて俯いていた。
「ああ、もうっ、本当になんていう事をしてくれた」
もしこの話が王家の耳に入ったら、王命を反故にしようと画策したと捉えられてもおかしくない。この場合は、もちろんドレロや自分がその首謀者と見られるだろう。
ふるふるっと頭を振って
「いやいや、ここは踏ん張り所だ・・・が、いったいどうしたらよいだろう」
暫くすると、スメロニ校長が呼びつけた保護者たちが集まってきた。
ハーバル・ドロレスト侯爵とジャン・エスカ男爵は仕事中だったと文句を言った。
イルメリア・ムリエルガ辺境伯夫人とメルマ・ドロレスト侯爵夫人はお互い顔を見合わせて目配せをしている。
その中でエスカ男爵夫人だけが異質だった。
「ドロレスト侯爵様、お声がけを失礼いたします。私フェリ・エスカと申します。此の度は娘ダーマにお目をかけて下さり、ありがとうございます」
いきなりハーバルに挨拶をしたのだ。
「ばかっ、失礼だろうっ!」
ジャンが叱咤し引き戻そうとしたが、フェリは意に介さないどころか、イルメリアに向かってクスっと笑ってみせた。
「大丈夫ですわ、旦那様。私たちのダーマはいずれドロレスト侯爵家に迎えられる身。ご両親様にもご挨拶に伺いたいと、ダーマがツィータード様に既にご相談しておりますのよ」
「はああ?おまえ何を寝ぼけたことを言っているんだ?冗談だろう?いや、冗談では済まされない。まさか知らないなんて言わないよな?」
フェリは夫の剣幕に驚き、きょとんとしている。
「なるほど。エスカ男爵はまともなようですが、元凶は奥方でしたか」
スメロニ校長は、チャンスを見逃さなかった。ドレロを助けることになるのは癪だが己が助かるためには、エスカ男爵夫人に責任を被せなくてはならない。
「元凶とは?」
ジャンが恐る恐る訊ねた。
「そもそも保護者の皆様がなぜ呼ばれたか、ご理解されておいででしょうか?」
「いえ、何事かございましたか?」
ハーバルが不信げに訊く。
「実は、貴族学院始まって以来の事件が校内で起きました。犯人はダーマ・エスカ」
「えっ?それはどういう」
さすがにジャンもフェリもスメロニ校長を見る。
「ダーマ・エスカは、学内でツィータード・ドロレスト侯爵令息につきまとい、自分が侯爵夫人になるなどと妄言を吐いた上、自ら噂を広め風紀を乱した。それだけではなく、本日マリエンザ・ムリエルガ嬢に対して刃物で襲いかかったのだ!」
「えええっ!!」
「そ、そんなマリエンザ嬢は無事なのか?」
ハーバルが身を乗り出し、メルマは青ざめて震えている。
しかしイルメリアだけは。
「ご心配にはおよびませんことよ。我が娘マリエンザは、貴族の細腕のご令嬢如きに襲われても痛くも痒くもございませんわ」
そう言い切った。
「何を馬鹿なことを!刃物で襲われたと言ったのに、心配ではないのかね?それでも母親か?」
ハーバルが怒りをイルメリアに向けたが。
「ムリエルガの者は例え貴族の令嬢であってももれなく武術を身につけます。私も嫁いでから特訓を受けましたわ。おほほ」
「は?」
「つい先日も、国境を越えて来た兵に攻められましたが、たまたま領地に戻っておりましたマリエンザも戦闘に参加して功を上げたのよ」
「はあ?令嬢が戦闘に参加だと?・・・」
にこにこするイルメリアに、狐につままれたようなドロレスト侯爵夫妻とエスカ男爵夫妻、そして教師たちであった。
話が途切れたところで、一人の教師が手をあげる。
「あの、マリエンザ・ムリエルガ嬢は無事です。襲われた時、目撃したものによるとサッシュベルトを外してダーマ・エスカを跳ね飛ばしたそうで」
「跳ね飛ばした?」
「私のダーマは無事なのっ?」
フェリの問いには答えず、自慢気なイルメリアは言った。
「そう、サッシュベルト使ったのね!私が作ってあげたんですのよ。中に帷子と護身用ナイフを仕込んで」
「ええええっ!?帷子にナイフだと?」
「ムリエルガでは母が子に作ってあげるのが伝統ですの。男子には帷子を注文して作りますが、女子には母親がサッシュベルトを作るのですわ」
どや顔である・・・・・。
「まあとにかくマリエンザ嬢が無事で何よりだ」
ハーバルがホッとした顔を見せた。
「話が逸れましたが、戻していいでしょうか?」
スメロニ校長が仕切り直して。
「それで、なぜマリエンザ嬢が襲われたのだ?」
「ダーマ・エスカは、自分がドロレスト侯爵令息と想い合っており、侯爵夫人になるのは自分だと思い込んで、マリエンザ嬢を邪魔者だと思ったようです」
「なんと、なんと愚かな」
ダーマの父ジャンが呻くのを見ても、フェリはまだ気づかず
「あなたってば何をおっしゃるの?ダーマは愚かなどではありませんわ。侯爵家のご嫡男に見初められたのですよ、伯爵のご令嬢とは別れてダーマを侯爵夫人にしてくださるのです。自慢の娘ではありませんか」
ジャンが恐ろしいものを見るような目でフェリを見る。
「おまえ、頭は大丈夫か?ツィータード・ドロレスト侯爵令息とマリエンザ・ムリエルガ辺境伯令嬢の婚約はお生まれになった時に国王陛下が決められた。ムリエルガ辺境伯家のお子様は王命により婚約者が早くに決められるのは有名な話ではないか。それを覆せるのは陛下だけだ。侯爵夫人にダーマがなる?そんなことは口にするのも不敬だとなぜわからないんだっ!」
え?
小さな声が漏れ、フェリはそれこそ信じられないという顔でぽかんとした。
「問題が起きた元凶は、だからエスカ男爵夫人ということでよろしいですね」
スメロニ校長は、皆にフェリの言動を印象づけることに成功した。
「ああ、もうっ、本当になんていう事をしてくれた」
もしこの話が王家の耳に入ったら、王命を反故にしようと画策したと捉えられてもおかしくない。この場合は、もちろんドレロや自分がその首謀者と見られるだろう。
ふるふるっと頭を振って
「いやいや、ここは踏ん張り所だ・・・が、いったいどうしたらよいだろう」
暫くすると、スメロニ校長が呼びつけた保護者たちが集まってきた。
ハーバル・ドロレスト侯爵とジャン・エスカ男爵は仕事中だったと文句を言った。
イルメリア・ムリエルガ辺境伯夫人とメルマ・ドロレスト侯爵夫人はお互い顔を見合わせて目配せをしている。
その中でエスカ男爵夫人だけが異質だった。
「ドロレスト侯爵様、お声がけを失礼いたします。私フェリ・エスカと申します。此の度は娘ダーマにお目をかけて下さり、ありがとうございます」
いきなりハーバルに挨拶をしたのだ。
「ばかっ、失礼だろうっ!」
ジャンが叱咤し引き戻そうとしたが、フェリは意に介さないどころか、イルメリアに向かってクスっと笑ってみせた。
「大丈夫ですわ、旦那様。私たちのダーマはいずれドロレスト侯爵家に迎えられる身。ご両親様にもご挨拶に伺いたいと、ダーマがツィータード様に既にご相談しておりますのよ」
「はああ?おまえ何を寝ぼけたことを言っているんだ?冗談だろう?いや、冗談では済まされない。まさか知らないなんて言わないよな?」
フェリは夫の剣幕に驚き、きょとんとしている。
「なるほど。エスカ男爵はまともなようですが、元凶は奥方でしたか」
スメロニ校長は、チャンスを見逃さなかった。ドレロを助けることになるのは癪だが己が助かるためには、エスカ男爵夫人に責任を被せなくてはならない。
「元凶とは?」
ジャンが恐る恐る訊ねた。
「そもそも保護者の皆様がなぜ呼ばれたか、ご理解されておいででしょうか?」
「いえ、何事かございましたか?」
ハーバルが不信げに訊く。
「実は、貴族学院始まって以来の事件が校内で起きました。犯人はダーマ・エスカ」
「えっ?それはどういう」
さすがにジャンもフェリもスメロニ校長を見る。
「ダーマ・エスカは、学内でツィータード・ドロレスト侯爵令息につきまとい、自分が侯爵夫人になるなどと妄言を吐いた上、自ら噂を広め風紀を乱した。それだけではなく、本日マリエンザ・ムリエルガ嬢に対して刃物で襲いかかったのだ!」
「えええっ!!」
「そ、そんなマリエンザ嬢は無事なのか?」
ハーバルが身を乗り出し、メルマは青ざめて震えている。
しかしイルメリアだけは。
「ご心配にはおよびませんことよ。我が娘マリエンザは、貴族の細腕のご令嬢如きに襲われても痛くも痒くもございませんわ」
そう言い切った。
「何を馬鹿なことを!刃物で襲われたと言ったのに、心配ではないのかね?それでも母親か?」
ハーバルが怒りをイルメリアに向けたが。
「ムリエルガの者は例え貴族の令嬢であってももれなく武術を身につけます。私も嫁いでから特訓を受けましたわ。おほほ」
「は?」
「つい先日も、国境を越えて来た兵に攻められましたが、たまたま領地に戻っておりましたマリエンザも戦闘に参加して功を上げたのよ」
「はあ?令嬢が戦闘に参加だと?・・・」
にこにこするイルメリアに、狐につままれたようなドロレスト侯爵夫妻とエスカ男爵夫妻、そして教師たちであった。
話が途切れたところで、一人の教師が手をあげる。
「あの、マリエンザ・ムリエルガ嬢は無事です。襲われた時、目撃したものによるとサッシュベルトを外してダーマ・エスカを跳ね飛ばしたそうで」
「跳ね飛ばした?」
「私のダーマは無事なのっ?」
フェリの問いには答えず、自慢気なイルメリアは言った。
「そう、サッシュベルト使ったのね!私が作ってあげたんですのよ。中に帷子と護身用ナイフを仕込んで」
「ええええっ!?帷子にナイフだと?」
「ムリエルガでは母が子に作ってあげるのが伝統ですの。男子には帷子を注文して作りますが、女子には母親がサッシュベルトを作るのですわ」
どや顔である・・・・・。
「まあとにかくマリエンザ嬢が無事で何よりだ」
ハーバルがホッとした顔を見せた。
「話が逸れましたが、戻していいでしょうか?」
スメロニ校長が仕切り直して。
「それで、なぜマリエンザ嬢が襲われたのだ?」
「ダーマ・エスカは、自分がドロレスト侯爵令息と想い合っており、侯爵夫人になるのは自分だと思い込んで、マリエンザ嬢を邪魔者だと思ったようです」
「なんと、なんと愚かな」
ダーマの父ジャンが呻くのを見ても、フェリはまだ気づかず
「あなたってば何をおっしゃるの?ダーマは愚かなどではありませんわ。侯爵家のご嫡男に見初められたのですよ、伯爵のご令嬢とは別れてダーマを侯爵夫人にしてくださるのです。自慢の娘ではありませんか」
ジャンが恐ろしいものを見るような目でフェリを見る。
「おまえ、頭は大丈夫か?ツィータード・ドロレスト侯爵令息とマリエンザ・ムリエルガ辺境伯令嬢の婚約はお生まれになった時に国王陛下が決められた。ムリエルガ辺境伯家のお子様は王命により婚約者が早くに決められるのは有名な話ではないか。それを覆せるのは陛下だけだ。侯爵夫人にダーマがなる?そんなことは口にするのも不敬だとなぜわからないんだっ!」
え?
小さな声が漏れ、フェリはそれこそ信じられないという顔でぽかんとした。
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