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17話
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あとのことは現場の指揮官たちに任せ、ガンザルたちがムリエルガ家に戻る頃にはとっぷりと日も暮れており、イルメリアとシオンザは食事を済ませていた。
そのため興奮冷めやらずに戻った面々は、湯浴みをしてから軽い食事をとろうということになった。
ガンザルは騎士隊の中で交戦し、相手兵士を何人倒したなどと話していたが、実際はマリエンザの弓ほど敵を倒したものはないだろう。
「マリ、マイガーから聞いたぞ。褒賞は皆に美味いものを食べさせてやることで本当に良いのか?」
「ええ。私、別にお金いりませんもの。皆を労ってあげて」
欲のない返事をしている。
同じテーブルについたツィータードは、侯爵邸に来たときにダーマが
「あれはとても高価だ、これも高い」
と、値の張りそうなものにばかり興味を示していたことを思い出していた。
食事を終えると、ツィータードは客間へ案内され、ロランたちは宿へとさがらせた。
「マリエンザ、少し話したいのだが」
背を丸めて恐る恐るツィータードが声をかけてきたその様子を見て、母の言うとおりだとマリエンザは感じていた。
いつもツィータードはこういう自分を見ていたのだ。
顔色をうかがいながらびくびくと見上げる姿は、マリエンザがツィータードに想われたかったかわいい令嬢ではなく、卑屈にさえ見えたかもしれない。
「よろしくてよ。テラスに出ましょう」
月あかりに照らされた広いテラスにはテーブルとイスが四脚置かれている。
対面に座り、侍女のナラが食後の茶を淹れて少し離れたところに控えたのを見て、漸くツィータードは口を開いた。
「今日のマリエンザはすごかったな。あんなに弓が上手いとは知らなかった」
「ムリエルガの女性は、全員弓と投擲を習うのですわ。今日は私が張り切りすぎたけど、うちの者はみんなうまいのですよ」
「そうなのか・・・私は何もマリエンザのことを知らなかったのだな」
俯いてそう言うと、大きく息を吐いて
「すまなかった。私はマリエンザを裏切ることはしていないと天地神明に誓えるが、それでも私の迂闊な言動により、誤った噂が流れてマリエンザを傷つけたことを深く反省している」
闇のような黒い瞳は、なんの感情も浮かべずにツィータードを見つめる。
「私は、自分がどう見られるかわかっていなかった」
ふっとため息をついたマリエンザは、それまでの硬い表情を和らげ
「私も反省していることがありますわ」
「え、いや、悪いのは私だからマリエンザは悪くないよ」
「いいえ。・・・今日の私を見てどう思われました?」
そう聞かれたツィータードの脳裡には、赤い髪を靡かせながら弓を引いたマリエンザがよぎった。敵をバタバタ倒すのが楽しいと笑うなんて令嬢としてはあり得ないことだが、ツィータードは目の当たりにしたとんでもない強さに惹かれた。ひれ伏したくなるほどに。
「うん、素晴らしく強くて、かっこよかったな」
「それ、男性におっしゃる褒め言葉じゃないかしら」
「いや、私の婚約者殿はそこらへんの男より遥かに強いと思ったよ」
「確かに弓を持った私はムリエルガの中でも強いほうに数えられます。だから自分を隠したかった。こんな私だと知られたら嫌われてしまうかもしれないと不安で。ツィータード様には楚々とした可愛らしい令嬢だと思われたくて、いつしかおどおどするほどになってしまったのですわ・・・」
瞼を伏せると、睫毛がふるふると揺れて、さっきの強さとは真逆の儚さが漂うのを見たツィータードは、胸が締めつけられるような痛みを感じた。
それほどに想ってくれていた婚約者を面倒くさがって、こんな騒ぎになるまで気づかずに傷つけていたのだ。
「あの・・・男が誰でもやさしくか弱い女性が好きなわけではないぞ。私は強くてはっきりした人が好きだ。あー、あの、今日のマリエンザみたいな、だな」
途中から聞き取れないほど小さな声になったが、マリエンザにはしっかりと聞こえていた。
黒い瞳が、今日は何一つ活躍できなかった眉目秀麗な婚約者を見つめると、ツィータードは恥ずかしそうに続ける。
「私ももっと剣を頑張ろうと思ったよ」
「剣は苦手?」
「うーん、得意ではない」
「じゃあ槍は?」
「槍は・・・からっきし」
「体術は?」
「それ以上聞くな」
どちらともなくプっと吹き出し、一緒に笑い転げた。
「こんな風に普通に話して笑うなんて初めてだな」
「ええ、そうかもしれませんわね」
「これからはもう遠慮は無しだ」
テーブルに置かれたマリエンザの手に、ツィータードが手を重ねる。
「つらい思いをさせて本当にすまなかった。でもおかげで・・・と言っていいか迷うところだが、自分の婚約者がこんなに素晴らしくて唯一無二な存在だと知ることができた。
・・・できることなら許してほしい」
「あらいやだ、さっきも謝って頂いたわ。私たちそれで仲直りしたのではなくて?」
え?とツィータードが口を開けた。
─ツィータード様って、もしかしたら意外と気が小さい方なのかもしれないわ。小さなことをいつまでも引きずるタイプ?─
気づいたマリエンザは、はっきりとけじめをつけてやることにする。
「だからもうこの話は終わり。あっ!私は終わりで良いのだけど、ムリエルガ流の始末のつけ方があって、それだけはやってもらうことになると思・・・ぅ」
ひとつ、忘れていることがあった。
それはムリエルガにいる限り避けられない。ツィータードの繊細そうな神経がもつか、心配になったマリエンザだが。
「うん、ありがとう。ムリエルガ流ってなんだかちょっと怖いけど、それをしないとガンザル様に認めてもらえないんだろうから私も頑張るよ」
きっと、ツィータードが想像する以上に恐ろしい思いをさせるだろうと、マリエンザは心なしか胃が痛む気がしていた。
そのため興奮冷めやらずに戻った面々は、湯浴みをしてから軽い食事をとろうということになった。
ガンザルは騎士隊の中で交戦し、相手兵士を何人倒したなどと話していたが、実際はマリエンザの弓ほど敵を倒したものはないだろう。
「マリ、マイガーから聞いたぞ。褒賞は皆に美味いものを食べさせてやることで本当に良いのか?」
「ええ。私、別にお金いりませんもの。皆を労ってあげて」
欲のない返事をしている。
同じテーブルについたツィータードは、侯爵邸に来たときにダーマが
「あれはとても高価だ、これも高い」
と、値の張りそうなものにばかり興味を示していたことを思い出していた。
食事を終えると、ツィータードは客間へ案内され、ロランたちは宿へとさがらせた。
「マリエンザ、少し話したいのだが」
背を丸めて恐る恐るツィータードが声をかけてきたその様子を見て、母の言うとおりだとマリエンザは感じていた。
いつもツィータードはこういう自分を見ていたのだ。
顔色をうかがいながらびくびくと見上げる姿は、マリエンザがツィータードに想われたかったかわいい令嬢ではなく、卑屈にさえ見えたかもしれない。
「よろしくてよ。テラスに出ましょう」
月あかりに照らされた広いテラスにはテーブルとイスが四脚置かれている。
対面に座り、侍女のナラが食後の茶を淹れて少し離れたところに控えたのを見て、漸くツィータードは口を開いた。
「今日のマリエンザはすごかったな。あんなに弓が上手いとは知らなかった」
「ムリエルガの女性は、全員弓と投擲を習うのですわ。今日は私が張り切りすぎたけど、うちの者はみんなうまいのですよ」
「そうなのか・・・私は何もマリエンザのことを知らなかったのだな」
俯いてそう言うと、大きく息を吐いて
「すまなかった。私はマリエンザを裏切ることはしていないと天地神明に誓えるが、それでも私の迂闊な言動により、誤った噂が流れてマリエンザを傷つけたことを深く反省している」
闇のような黒い瞳は、なんの感情も浮かべずにツィータードを見つめる。
「私は、自分がどう見られるかわかっていなかった」
ふっとため息をついたマリエンザは、それまでの硬い表情を和らげ
「私も反省していることがありますわ」
「え、いや、悪いのは私だからマリエンザは悪くないよ」
「いいえ。・・・今日の私を見てどう思われました?」
そう聞かれたツィータードの脳裡には、赤い髪を靡かせながら弓を引いたマリエンザがよぎった。敵をバタバタ倒すのが楽しいと笑うなんて令嬢としてはあり得ないことだが、ツィータードは目の当たりにしたとんでもない強さに惹かれた。ひれ伏したくなるほどに。
「うん、素晴らしく強くて、かっこよかったな」
「それ、男性におっしゃる褒め言葉じゃないかしら」
「いや、私の婚約者殿はそこらへんの男より遥かに強いと思ったよ」
「確かに弓を持った私はムリエルガの中でも強いほうに数えられます。だから自分を隠したかった。こんな私だと知られたら嫌われてしまうかもしれないと不安で。ツィータード様には楚々とした可愛らしい令嬢だと思われたくて、いつしかおどおどするほどになってしまったのですわ・・・」
瞼を伏せると、睫毛がふるふると揺れて、さっきの強さとは真逆の儚さが漂うのを見たツィータードは、胸が締めつけられるような痛みを感じた。
それほどに想ってくれていた婚約者を面倒くさがって、こんな騒ぎになるまで気づかずに傷つけていたのだ。
「あの・・・男が誰でもやさしくか弱い女性が好きなわけではないぞ。私は強くてはっきりした人が好きだ。あー、あの、今日のマリエンザみたいな、だな」
途中から聞き取れないほど小さな声になったが、マリエンザにはしっかりと聞こえていた。
黒い瞳が、今日は何一つ活躍できなかった眉目秀麗な婚約者を見つめると、ツィータードは恥ずかしそうに続ける。
「私ももっと剣を頑張ろうと思ったよ」
「剣は苦手?」
「うーん、得意ではない」
「じゃあ槍は?」
「槍は・・・からっきし」
「体術は?」
「それ以上聞くな」
どちらともなくプっと吹き出し、一緒に笑い転げた。
「こんな風に普通に話して笑うなんて初めてだな」
「ええ、そうかもしれませんわね」
「これからはもう遠慮は無しだ」
テーブルに置かれたマリエンザの手に、ツィータードが手を重ねる。
「つらい思いをさせて本当にすまなかった。でもおかげで・・・と言っていいか迷うところだが、自分の婚約者がこんなに素晴らしくて唯一無二な存在だと知ることができた。
・・・できることなら許してほしい」
「あらいやだ、さっきも謝って頂いたわ。私たちそれで仲直りしたのではなくて?」
え?とツィータードが口を開けた。
─ツィータード様って、もしかしたら意外と気が小さい方なのかもしれないわ。小さなことをいつまでも引きずるタイプ?─
気づいたマリエンザは、はっきりとけじめをつけてやることにする。
「だからもうこの話は終わり。あっ!私は終わりで良いのだけど、ムリエルガ流の始末のつけ方があって、それだけはやってもらうことになると思・・・ぅ」
ひとつ、忘れていることがあった。
それはムリエルガにいる限り避けられない。ツィータードの繊細そうな神経がもつか、心配になったマリエンザだが。
「うん、ありがとう。ムリエルガ流ってなんだかちょっと怖いけど、それをしないとガンザル様に認めてもらえないんだろうから私も頑張るよ」
きっと、ツィータードが想像する以上に恐ろしい思いをさせるだろうと、マリエンザは心なしか胃が痛む気がしていた。
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