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3話

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 その少し前。
マリエンザがタウンハウスへの帰宅の馬車に揺られていた頃。

 ツィータード・ドロレストは、学院内で婚約者マリエンザ・ムリエルガを探していた。
 いつもなら一緒にランチを取り、ムリエルガ家の馬車で途中にあるドロレスト家に送ってもらうのだが。
 今日はランチのときに急にダーマ・エスカ男爵令嬢に相談に乗ってほしいと頼みこまれて、マリエンザに断ることもできずにはぐれてしまった。
 そのまま午後の授業が始まってしまい、帰りに謝ろうと思っていたのに、学院内をいくら探してもマリエンザが見つからないのだ。

 マリエンザの教室を念のためにもう一度覗きに行くと、既に誰もいない教室にマートル伯爵令嬢が忘れ物を取りに戻ってきた。

「あ!あの」

 声をかけると、思いもかけず冷たい視線に晒された。

「なんでしょうか」
「マリエンザ嬢を探しているんだが」
「マリエンザ様は、婚約者様の浮気現場を目撃されて、泣きながらお帰りになりましたわっ!」
「えっ?」

 ツィータードは、言われたことがよく理解できなかった。

 ─浮気現場ってなんだ?目撃?なんのことだ?─


 ダーマ・エスカ男爵令嬢は、美しいが吊り目がちの顔立ちをしていて、実際性格もいろいろときつい。
 クラスの中では彼女の一言で頻繁に諍いが起きるのだが、彼女を苦手とせずに話ができるものが少ないため、担任ドレロから何かあったら学級委員のツィータードが相談相手になってやるようにと指示を受けていた。
 当初は女子委員のカーラも一緒に二人で対応していたが、ダーマがカーラに対しきつく当たることが多く「もう無理だから」と嫌がって、ツィータードのみが対応することになった。

 ツィータード自身ははっきりした性格が好きなので、すぐめそめそするマリエンザは面倒臭くて敵わない。いつも子犬のように自分についてまわり、いつも自分の顔色をうかがうマリエンザが鬱陶しくもある。
 婚約者として大切にはしているが、ダーマと話をするようになってからは、簡単に泣いたりせず、いつもキリっとしたダーマは意外と自分と合うと思っているほどだった。これはもちろん浮気などではなく、友人として付き合いやすいと言うことだが。

 今日のランチタイムに、ダーマが今すぐに相談に乗ってと言ってきたとき、切羽詰まっているようだったのでマリエンザに断りもなく優先してしまったのだが、聞いてみたらたいしたことではなく。
 ただ、その流れでともにしたランチでは、一口食べるたびにうまいかまずいかとおどおど訊ねてくるマリエンザと違い、自ら食べたものをうまいとかいまいちなどと評し、これがおすすめだから食べてみろと勧めてくるダーマとの食事が楽しくて。
 それは相談内容を聞いて、そんなつまらん話で引き止めるなと言ってやろうと思っていたことを忘れてしまうほど。

 ただツィータードは気づいていなかった。

 クラス委員としてダーマの相談に乗っているだけの自分が、すでにまわりからはダーマを特別に気遣い、ふたりで過ごす時間が多いと見られていたことを。
 今日ツィータードがダーマに手を引かれてランチに出た姿ももちろん、見た者の口から噂となったのだが、泣きそうな顔でマリエンザがツィータードを探して歩いていたことで、ツィータードはダーマをマリエンザより優先していると、より確信に満ちた噂が広がり始めたことを。

 そしてダーマについても知らない事があった。
 彼女が『壊し屋』と呼ばれていることを。



 ダーマは、神秘的な黒い瞳と黒髪を持ち、容姿だけは美しい。
 性格を知らずにその容姿から言い寄られることが多いが、慣れると現れるきつさによりすぐ別れてしまう。

 深く考えずに婚約者のいる者とも気軽に付き合い、その婚約が解消されたことも幾度かあるのだ。学内で当たり前に流れる噂を知っていたらもっと注意深くダーマと接したかもしれないが、幸か不幸かそういった噂にツィータードはとんと疎かった。
 彼女を苦手とする者、相手をしたくないとはっきり言う者が多いのは、ただきつい性格だからというわけではなかったのだ
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