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呪われたエザリア

ロレンスの微笑み

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 ロレンス・カイザール侯爵はムユーク王国宰相でもある。

 数年前に、のちに赤髪の魔女と二つ名で呼ばれるようになったグルドラ・ルストが引き起こした冤罪事件で、アレス第一王子の婚約者だった妹エディアを亡くした。

 ロレンスの両親は心労から病に倒れてしまい、失意の中で侯爵位を継ぐと、悲しみ苦しみを忘れんばかりに猛烈に働いて、生来の優秀さと血統の良さ、そして誰も言わないが悲劇の侯爵への忖度もあり、あっという間に宰相に引き立てられたのだ。
 以来、牢から忽然と姿を消したグルドラ・ルストを執念で追い続けてきた。



「え?面会できると?それは格別なご配慮を賜り、有り難く存じます!」

 メクリム国王にゴリゴリと押しまくった癖にと、チューグは白けた目で見ている。

「それでいつ?」
「はあ。こちらも準備がございますので、明後日でお願いしたいのですが」
「勿論それで結構でございます」

 宰相ともあろう身で、こんな長逗留して大丈夫なんだろうか?

 機嫌良さそうなロレンスを見るチューグの視線に「何か?」と尋ねられ、焦って「お国は大丈夫なのですか?」と思っていたことを口にしてしまった。

「あ、ああ。お心配りに感謝申し上げます。我が国は仇討ちが認められておりましてね、特に貴族にとり仇打つこと叶わぬ方が蔑まれるのです。
故に、例え私が政を支える宰相であろうとも、この件を優先することが許されているのですよ」

 メクリム王国でも勿論敵を討つという概念はあるが、それが出来なかったからといって蔑まれることはない。
 国が違えば考えも違うものだとチューグは溜息を飲み込んだ。



「それに誰よりかわいい妹を失ったのだ」


 最後に小さく呟いた声が震えていた。







 ロレンスの事情を知り、懸念していたような、ロレンスがグルドラを密かに生かす可能性はないと理解したチューグは、ミヌークスとロンメルンと準備を整え、ロレンスをグルドラの牢へ迎え入れた。

「グルドラ・ルスト」

 今日は麻痺魔法を解除しているが、長く麻痺させられていたせいか、焦点が合わないグルドラがのっそりと目を向ける。

「・・・だ・・れ」

 耳を澄まさねば聞こえないほど小さく、掠れた囁き声が、グルドラのかさついた唇から漏れる。

「ムユーク王国のロレンス・カイザール侯爵だ」

 眉を寄せ、顰めた顔。

「カイザール?あは。ははっ、あの女の」
「そうだ。おまえが陥れ、命を散らしたエディアの兄ロレンスだ」
「仇でも取りにきたのか?それはざーんねん。私はいつでもおまえたちの手などすり抜けてみせる」

その態度にミヌークスが怒鳴りつける。

「おい、妹御を冤罪に陥れ、害しておきながらカイザール卿に謝罪の気持はないのかっ!」
「ふっ、何を謝る?弱いものが死ぬのは仕方ないこと」

「なっ!」

 ロレンスが気色ばむのを、チューグが諌めた。

「カイザール卿、お待ちください。さてと」

 今度は吊るされたグルドラに向き合うと、チューグは少女のようにその首を少し傾け、ぷっと笑って見せる。

「なんと惨めな姿よ。我らの手などすり抜けるとな?おお、やってもらおうではないか。ほら今すぐやってみせろ」

 チューグがミヌークスをちらりと見、ぱちりと片目を瞑ると、ミヌークスはポケットから取り出したポーションを一息で飲み干してから、魔法陣に新たに魔力を流し込んだ。

 実はその魔法陣を発動させるとかなり魔力を吸い取られてしまう。
 チューグに勧められた魔力回復ポーションは不味くて嫌だと、魔力切れ寸前で抵抗するミヌークスを見かけたロンメルンが、セインのポーションを分けてやったのだ。
 そのミヌークスの驚いた顔といったら!
 爽やかな味なのに魔力が満たされたと、今やミヌークスのマントのポケットには常にセインのポーションが入れられている。


「うっぐぐっ」

グルドラから声にもならない苦しげな声が漏れ出す。

「ほら、すり抜けてみせるのだろう?ところで我がメクリムにも天才魔導師がいると考えたことはないのかね?
おまえが衛兵たちに仕掛けた術式すべて解明し、おまえのすべての力を封じる新たな術式を生み出すような魔導師が」

 ミヌークスの術に拘束され、顔を上げたくとも上げられないグルドラは、目を吊り上げる。

 足の爪先でも、手の指先でもほんの少しでも動かせれば詠唱ができなくとも魔術や呪術を発動できるのに、まるで体が棒にでもなったみたいにピン!と強張って動かないのだ。
さっきまで話ができた口も舌も動かない。
溺れたように苦しげに息をするのが精一杯で、逃げ道が見つからない事態を初めて経験するグルドラは、目を皿のようにして床を睨んだ。
 だが衛兵を操るため影魔法で床に写し描いた魔法陣も、それに流し入れた魔力の痕跡もきれいに消し去られて見つからない。

「聞け、赤髪の魔女よ。メクリムはおまえから供述を引き出すのは諦めることにした。
我が国最高の魔導師を魔女の護衛として、ユーク王国までカイザール卿に同行させ、引き渡すことと決めた。
喜ぶがいい。生まれ故郷に戻れるのだぞ!
我が国王陛下はなんと慈悲深き方なのだろうな」

 ぎりぎりと歯を食いしばる音がする。
グルドラは一体どんな顔をしているのだろうと、ロレンスが一歩踏み出そうとすると、チューグがその腕を掴み引き寄せた。

「入れません。いや、入れますが、一歩踏み込むと魔女と同じ目に遇いますぞ」
「ああ、これは失礼をした。ところで先程のグルドラをムユークに護送下さるというのは本当ですか?」
「ええ。我らはカイザール卿が近々仇を討たれること間違いなしと考え、そう決めましたが、よろしいか?」

 そのときロレンスに広がった笑みを、チューグは忘れることはないだろう。

 幸せそうな、うれしそうな、それなのにどこか冷たく残酷さをも感じさせる微笑。

(この男は敵にはしたくないな。これで恩を売れれば安いものだ。それに卿が討ち果たせば必然的に呪われた者たちは解呪される。一石二鳥とはこれ、このことだ)



 諦めたとは言ったが、念のために再度パルツカ、イルキュラ、サリバーの探索を行い、すべての仕掛けを撤去したと確認ところで、漸くカイザール一行とミヌークス、そしてミヌークスのお目付役に、セインの魔力回復ポーションを大量に持ったロンメルンが同行。

 赤髪の魔女は故郷へと引っ立てられて行った。
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