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メットリア王国にて 3
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ニールクメール侯爵と手を組み、ノルザードは精力的に動き始めた。
エルスレードの娘イメルデに使われた毒の種類がどうやっても特定できず、ただ運良く一命を取り留めただけで治療は進んでいないので、詳細な症状を記した手紙をシューリンヒに送る。
国の食料庫とも呼ばれるシューリンヒ領は野菜穀物果実の他、薬草などの農業が盛んで、植物の研究や農業技術者の育成にも力を入れており、メットリアにはない毒物でもわかる者がいるかもしれないからだ。
そしてノルザードの思惑は当たりを見せた。
十日ほどでユードリンから大きな荷物とともに男が送られてきた。
「其方は?」
「私はシューリンヒ侯爵様の研究所にお世話になっておりますロンッテウゥ・ゥイーガルッドニィグと申します」
「悪いが、もう一度ゆっくり言ってもらってもいいだろうか?」
「はい。ロンッテウゥ・ゥイーガルッドニィグです。私の名は国では普通ですが、南方の言葉は聞き取りにくいようでよく言われるのです。ロンッテウゥとお呼びください」
「南方?国はどちらかね?」
顔を見て、そうだろうとは思っていたが、念のために訊ねると。
「ベルザライドとは聞いたことがない国だな」
「はい、はっきり言って国を名乗るほうがどうかしているような小国ですから」
そう言うとニカッと笑ったロンッテウゥは毒物に対する説明を始め、ノルザードの目を白黒させたのだった。
ノルザードはロンッテウゥと荷物を馬車に乗せ、先触れを走らせたニールクメールに向かう。
「こちらはシューリンヒ侯爵から派遣された医薬学博士ロンッテウー・イーガルッドニグ」
「ロンッテウゥ・ゥイーガルッドニィグです公爵様」
「うむ、ロンッテウーと呼んでやってくれ」
エルスレードがゴツゴツしたロンッテウゥの手を握りしめる。
「遠方から娘のために来てくださり、礼を言います」
「いえ、症状を聞く限り、たぶん南方でしか取れない珍しい毒でしょう。私も国にいたとき、二度中毒患者を診たことがある程度の本当に珍しいものなのです。よほど毒物に精通した者でなければ御令嬢をお助けするのは難しいと思いましたので、参りました次第でございます。
ただ、どんな毒であっても早期治療が望ましく、意識のない重い状態が長く続いていると、今からでは完全な回復は難しいかもしれません」
期待が大きすぎると落ち込みも酷いため、治療前の心構えを話したが。
「今までだって何もできず、娘の目は開きませんでした。ダメで元々なんですっ!藁にだって縋りたい」
エルスレードは床に顔を擦りつけんばかりに頭を下げる。
泣いているのかもしれないとノルザードは思ったが、それなら暫しこのまま待とうと、エルスレードが顔を上げるまで続けられる懇願の言葉を聞いていた。
「落ち着かれたかね」
「取り乱して申し訳ございません」
「いや、気になさるな。それより貴殿のところにも専属の医師がいると思うが」
「構いません!今まで効果をあげられなかったのですから、文句など言わせませんよ」
専属医師の権限はなかなかに強い。
その家門を守っているという自負があり、専属医師を差し置いて他の医師の治療を受けるのは、後々に遺恨を残しかねないのだ。
しかしエルスレードは決めていた。
もうどんなチャンスも逃さないと。
それはイメルデの治療のことも、ムイード公爵家やシューリンヒ侯爵家との繋がりについてもである。
「イメルデのこと、何卒よろしくお願いいたします」
決意をこめたエルスレードが、南国生まれの浅黒い肌の青年博士に頭を下げた。
エルスレードの娘イメルデに使われた毒の種類がどうやっても特定できず、ただ運良く一命を取り留めただけで治療は進んでいないので、詳細な症状を記した手紙をシューリンヒに送る。
国の食料庫とも呼ばれるシューリンヒ領は野菜穀物果実の他、薬草などの農業が盛んで、植物の研究や農業技術者の育成にも力を入れており、メットリアにはない毒物でもわかる者がいるかもしれないからだ。
そしてノルザードの思惑は当たりを見せた。
十日ほどでユードリンから大きな荷物とともに男が送られてきた。
「其方は?」
「私はシューリンヒ侯爵様の研究所にお世話になっておりますロンッテウゥ・ゥイーガルッドニィグと申します」
「悪いが、もう一度ゆっくり言ってもらってもいいだろうか?」
「はい。ロンッテウゥ・ゥイーガルッドニィグです。私の名は国では普通ですが、南方の言葉は聞き取りにくいようでよく言われるのです。ロンッテウゥとお呼びください」
「南方?国はどちらかね?」
顔を見て、そうだろうとは思っていたが、念のために訊ねると。
「ベルザライドとは聞いたことがない国だな」
「はい、はっきり言って国を名乗るほうがどうかしているような小国ですから」
そう言うとニカッと笑ったロンッテウゥは毒物に対する説明を始め、ノルザードの目を白黒させたのだった。
ノルザードはロンッテウゥと荷物を馬車に乗せ、先触れを走らせたニールクメールに向かう。
「こちらはシューリンヒ侯爵から派遣された医薬学博士ロンッテウー・イーガルッドニグ」
「ロンッテウゥ・ゥイーガルッドニィグです公爵様」
「うむ、ロンッテウーと呼んでやってくれ」
エルスレードがゴツゴツしたロンッテウゥの手を握りしめる。
「遠方から娘のために来てくださり、礼を言います」
「いえ、症状を聞く限り、たぶん南方でしか取れない珍しい毒でしょう。私も国にいたとき、二度中毒患者を診たことがある程度の本当に珍しいものなのです。よほど毒物に精通した者でなければ御令嬢をお助けするのは難しいと思いましたので、参りました次第でございます。
ただ、どんな毒であっても早期治療が望ましく、意識のない重い状態が長く続いていると、今からでは完全な回復は難しいかもしれません」
期待が大きすぎると落ち込みも酷いため、治療前の心構えを話したが。
「今までだって何もできず、娘の目は開きませんでした。ダメで元々なんですっ!藁にだって縋りたい」
エルスレードは床に顔を擦りつけんばかりに頭を下げる。
泣いているのかもしれないとノルザードは思ったが、それなら暫しこのまま待とうと、エルスレードが顔を上げるまで続けられる懇願の言葉を聞いていた。
「落ち着かれたかね」
「取り乱して申し訳ございません」
「いや、気になさるな。それより貴殿のところにも専属の医師がいると思うが」
「構いません!今まで効果をあげられなかったのですから、文句など言わせませんよ」
専属医師の権限はなかなかに強い。
その家門を守っているという自負があり、専属医師を差し置いて他の医師の治療を受けるのは、後々に遺恨を残しかねないのだ。
しかしエルスレードは決めていた。
もうどんなチャンスも逃さないと。
それはイメルデの治療のことも、ムイード公爵家やシューリンヒ侯爵家との繋がりについてもである。
「イメルデのこと、何卒よろしくお願いいたします」
決意をこめたエルスレードが、南国生まれの浅黒い肌の青年博士に頭を下げた。
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