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母の思惑

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「はあ?」

扉が開き、口を出したのはソンドールその人だった。

「鍛錬に行ったのではなかったか?」

驚いてナニエルが聞くとソンドールはムッとした顔で答える。

「忘れ物があって取りに戻ったら話が聞こえました」



「ソンドールか!立派になったな」

感極まったようにモリーズが手を広げたが、その手をすり抜けて母ユミンを守るように体を滑り込ませる。

「あんた誰だ」

本当はソンドールにもわかっていた。
自身とそっくりな顔、髪と瞳が同じ色で、知らない人が見ても瓜二つの親子と言われることだろう。
しかし、ソンドールの親は物心ついたときからナニエルとユミンである。
懐かしいとも何とも思わなかった。

「す、すまない。そうだよな、今更言われても迷惑だろう」
「まったくです。突然返せと言われましても困ります」

ナニエルが抗議すると、モリーズはうなだれる。

「それはわかっているのだが・・・」
「一体何が起きたのか、まずは理由を話してください。ソンドール、鍛錬にはすぐに行かねばならないのか?そうでないならおまえも一緒に聞きなさい」

ナニエルの言葉に、口を開きかけたソンドールだが、ユミンに手を引かれてそれを飲み込んだ。

「では皆座りましょう」

ナニエルがそれぞれをソファに沈めると、扉を開けてメイドを呼び、新しい茶を持ってこさせた。

「まずは喉を湿らせて、落ち着いて話しませんか」

熱り立つ息子のために、ナニエルはそう言った。





「そんなバカの弟だなんて迷惑だ!」

時間を置いても、茶を飲んだあとでも、モリーズの話を聞いたソンドールの怒りは沸騰したままだった。

「ふさけるな!何故俺がそいつの代わりにそっちに戻って結婚しなくちゃならん!勝手なことをいうなーっ!」

モリーズは手放した息子の怒声を、項垂れながらひたすら聞き入れた。

「まったく面目ない。ソンドールの言うとおりだとはわかっているのだが」
「じゃあお断りだっ!」
「そこを何とか考えてもらえないだろうか」

「い、や、だっ!」

こどものような拒絶に、こんな時だがユミンが笑ってしまう。そしてソンドールに言った。

「ねえソヴ」

ギロリと振り返った息子とモリーズに提案したのだ。

「我が家の顔をお立ていただき、ソヴは公爵家に戻らず、コイント子爵家から婿入りするのは如何でしょう?」
「いやしかしそれではうちが」

慌てるナニエルにユミンが首を振った。

「ねえナニエル、考えてみて。正直我が家に嫁いでくれるなんて平民くらいだと思うわ。貧しく狭い領地と僅かな領民は、貴方の俸給まで当てにしなければ支えられない。そんな家門なんて誰も欲しがらないもの。でもソブがシューリンヒ侯爵家に婿入りしたら、婚姻による合併ができるのではなくて?」

貴族の領地は国が管理しており、昔は盛んに行われていた領地の売買は、今は許されず、爵位返上や継承者不在などの場合は国に接収されてしまう。
しかし今回のように婚姻により本来家を継ぐべき嫡子がその家に残れない場合、親から引き継ぐ領地を嫁ぎ先に一時的に合併させることができるのだ。
婚家でまとめて統治し、子が生まれて、継がずに保有していた爵位を譲る際には、緊急避難的に合併したものを分筆することが許されている。それは前とまったく同じ広さや境界線でなくとも良い。
但し、これには一つだけ条件があった。

領地に接点があること。

本来の土地より大きく分筆する場合、飛び地になるのは認められない。
それ故、隣り合う領地の結婚でしか使えない手であった。

「ん!そういうことか!しかし、接していると言ってもほんの僅かなんだが」

心配そうに呟いたナニエルに、モリーズが食いついた。

「シューリンヒと領地が接していると?そんな馬鹿な!地図を見せてくれ」

ユミンが広げた地図を見ると、シューリンヒ領は横に長くのびており、言われてみるとその一番端に僅かに境界が接するところがある。

「うっ?まさかこれのことか?」

モリーズも首を傾げたが。

「私が城で確認してこよう!もし、この小さな接点でも許可がおりるなら!

将来ソンドールの子のひとりがコイント子爵を継ぐとき、シューリンヒがもう少し領地を広げて分筆すると約束すれば!婿にやってもいいとそう理解していいのだね?」
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