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265 誤解から始まる

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 話は数日前に遡る。
 ドレイファスは離れの廊下を見慣れない令嬢が歩いていることに気がついた。

「ねえレイド、あの子だれ?」
「ローザリオ様のお弟子さんで、メルーン男爵家のご令嬢だそうです」
「あ!そうなんだ」
「ドレイファス様のこの前の穴開け機械、ローザリオ様が彼女に任せたそうですよ」
「え!そう、ローザリオ先生が・・・」

 ローザリオが任せるということは相当優秀なのだろうと、ドレイファスは令嬢が羨ましくなる。ふとレイドのことが気になった。

「詳しいねレイド」
「そ、そりゃあこれでも一応情報部で、ドレイファス様の護衛ですから。離れに入る者はグゥザヴィ商会やローザリオ様のアトリエの使用人まで把握しております」
「そうだったのか、すごいねレイド」
「いえ、当然ですよこのくらい」

 と言ったが、スリイのことをたまたま見かけ、ローザリオの新しい弟子たちで出入りがありそうな者を調べてあっただけである。

 エンポリオのアミュレットのことから、自分に足りぬものを感じて凹んでいたレイドは、ドレイファスに褒められて少し復活した。


「手に持っているのがそうかな」

 ドレイファスが声をかけようと歩み出そうとしたとき、アラミスが角から現れて、少女とぶつかった。

「あ!」

 少女の手にあったそれは勢いよく飛び上がったが、アラミスが腕をのばして無事受け止める。



「良かった!さすがだね」

 素早いアラミスの動きにドレイファスがホッとする。
 すぐ返すのかと思ったら、アラミスはそれをまじまじと眺め、少女に何か訊ね始めた。
 声は聞こえないが、首を振る少女とさらに話しを続けようとするアラミス。

 結局それを少女に返してアラミスはそのまま引き上げ、少女は作品を手にアラミスを見送ってから踵を返す。

「アラミスってああいうの好きだよね」

 メルクルと工作をしていることを知るドレイファスが呟き、レイドも何の気なく「そうですね」と返したのだが。

 ここにもうひとり・・・。
 こういった話しが大好物なマーリアルが潜んでいたのは計算外であった。

 たまたま。

 マーリアルはボンディに用があり、自らは滅多に通ることのない地下通路を抜けて、離れの厨房に来ていた。
 思いついたスイーツのアレンジをボンディに試作させ、食堂で試食中に愛息子の声が聞こえたので、廊下に顔を出したのだ。

 そして聞こえた

「アラミスって、ああいうの好きだよね」


 マーリアルには遠ざかる少女の背中と頭についたオレンジのリボンだけが見えていた。

「まあ!アラミスにもとうとう春が来たのかしら」

 少女が胸に抱える試作品は、マーリアルには当然見えなかった。

 テーブルに戻り、冷めた茶を一口飲んだ公爵夫人はそばについていた侍女長に囁く。

「ねえアリサ、あのオレンジのリボンは使用人ではないみたいね。どちらの方か調べてくれない?」
「ではカイド様に聞いてまいりますわ」
「ええ、お茶を淹れ直してからでいいわよ」
「かしこまりました」


 アリサは、マーリアルの目が半月のようにニヤついていることに気がついていた。
 またいつもの悪い癖・・・とも言えない。

 どういうわけか、マーリアルの人をみる直感は素晴らしく、彼女が仕組んで出会わせた縁組は過去から現在まで皆上手くいっている。
 のちのちの家族仲が良いだけでなく、その縁組で双方の家が豊かになったりと、いいことづくめなのだ。

 公爵家の侍女やメイドたちも、夫人の目にとまり、良縁を紹介されたいと願っている者も多い。

 そのマーリアルの勘が働いたというなら・・・

 アリサは、獲物を見つけたようなうれしそうなマーリアルを思い出し、お行儀は悪いが肩を竦めてからカイドの元へと向かった。

「カイド様、ご在室でしょうか」

 資料室の扉をノックすると、モサッとした髪を大雑把にまとめたカイドが扉を開けてくれた。

「おやアリサ様。どうなさいました?」

 鍵魔法を管理するカイドなら、離れの出入りは完璧にわかる。

「見慣れない令嬢を離れで見かけたのですが、どちらの方でしょう?オレンジのリボンをお付けでしたわ」
「ああ。そのご令嬢なら、ローザリオ様が新しくとられたお弟子さんで、メルーン男爵家のスリイ様ですよ。ドリアン様からは当面は毎回六刻の鍵魔法を許可されていらっしゃいます」
「メルーン男爵家のご令嬢ですわね、よくわかりましたわ。ありがとうございました」


 マーリアルの元に戻ると、聞いたとおりに伝える。


「メルーン男爵?傍系の末端くらいの男爵じゃなかったかしら」

 酷い覚え方だが、公爵家ともなると普通は話しかけるなど到底できないほどの身分差がある。
 だからパーティーなどで出会った時、家名だけでも覚えて、何かの弾みにでも呼んでやると、とんでもなく感激されたりするのだ。

「アリサ、もう戻りましょう。あとでマトレイドを呼んでおいてくれない?」
「かしこまりました」

 マトレイドを呼びつける理由は一つしかない。

 こどもの頃から抜群のかわいらしさでマーリアルのお気に入りのひとりであるアラミスに、良い縁組となるかを徹底的に調べるのだ。

 以前ハミンバール家のラライアがアラミスを気に入った時は素気なく断ったが、アラミスが気に入っているならハードルはかなり低くなる。

 マーリアルに呼ばれたマトレイドは、たいして時間もかけず、調査結果を携えて現れた。

「まあ早かったわね」
「入館の申請があった時点で、身上調査は徹底しておりますゆえ」
「あら、そうだったの」

 そう言いながら、持ち込まれた書類に目を通していく。

「とても優秀なご令嬢なのね。でも実家男爵家はかなり貧しく、貴族学院も来年で卒業させるつもり・・・」
「錬金術師になれるなら、学院に通わなくともよいと思ったのではありませんか」
「そうねえ。でも一人娘の嫡子ならやはり領主コースは行ったほうが・・・あ、配偶者が行っていれば十分かしら」

 何かに気づいて、うふっと笑う。

「まあこれは大した問題にはならないわ。貧しいのも今だけ、ローザリオ様が弟子に選ぶくらいなら、いろいろ作り出して、ねえ。」
「そうですね」
「念には念を入れて、もう少し本人と周辺を調べておいて」
「かしこまりました」

 マトレイドが立ち去ると、もう一度スリイの資料を読み耽る。

 学院の成績はとても優秀。
 錬金術師ローザリオ・シズルスが新たな弟子をとると知り、自身が考えて作った魔道具を持って売り込んできた、貴族の令嬢としてはかなり型破りなタイプ。
 メルーン男爵家の一粒種で、次期男爵。ただ領地はかなり小さく、これという産業もないため、何か領地収入を上げる手立てを考えねばならない。

「領地はどこにあるのかしら」

 王都から南に向かうと、細々と男爵や子爵の領地が居並ぶ地域がある。
 かつて先祖が何らかの功績を挙げ、褒美に名ばかりの領地を与えるときのために取り置かれた王家の直轄地だったところで、新興貴族しかいない。
 その中で、南寄りの小さな領地を与えられているのがメルーン男爵家だ。

 同じ男爵でもメイベルのサイルズ男爵家のように領地は狭くとも、いくつかの農会があり、様々な農産物がとれる恵まれた土地を持つ家もある。ただ、サイルズ男爵家はもともと武人の家系で、長きに渡り功績を積み上げてきた結果だから、ポッと出の新興貴族とは訳が違う。

「ポッと出の新興貴族・・・。それでも男爵に違いはないわ」

 マーリアル気に入りのアラミスだが、ロンドリン伯爵家にはこの伯爵位以外に継げる爵位がない。イルドアが家を継いだら、そのままでは平民になるしかない。
 婿入り先が必要だと考えていたところに転がり込んできたメルーン男爵家令嬢。

「スリイ嬢ね、誰かをつけさせてよく観察してみましょう」

 何しろ美貌の令息である。
 変な虫ではロンドリン伯爵家にも申し訳が立たなくなる上、ドレイファスの側近の地位も危うくなりかねない。

 ことは慎重に。

 直感型のマーリアルにしてはとても珍しく、スリイを見守り、時を待つことにしたのだった。


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いつもありがとうございます。
次回の更新は7月14日(日)12時です。
よろしくお願いいたします。

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