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264 好奇心さまざま
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公爵家に来てまだ数日だが、アラミスは毎日が素晴らしく充実していた。
食事が素晴らしいのは言うに及ばず、剣の稽古はトレモルや騎士団の誰かしらとやり放題、そして何より素晴らしいのは何か思いついたときにいつでもメルクルに相談ができることだ。
今日も塩などを入れる小さな箱に細工を施し、毎回同じ量を取り出せる引出しというのを考えて、それをメルクルに見せに行く途中だった。
「あっ」
誰かとぶつかり、何かが飛び上がった。
持ち前の反射神経で長い腕を伸ばしてキャッチすると、見たことのない道具!
まだヤスリなどもかけられていない、試作品っぽい道具にアラミスの目は釘付けだ。
「ぶつかってしまって申し訳ございませんでした!ありがとうございました」
黒髪の眼鏡の少女が返してくれと手を差し出してきたが。
「これ、何ですか?」
「え?」
好奇心を抑えられず、聞いてしまう。
「・・・言えませんわ。秘密だと師匠にきつく言われておりますから」
「師匠?もしかしてローザリオ先生の新しい弟子?」
「さようでございます、メルーン男爵家のスリイと申します」
「私はロンドリン伯爵家のアラミス」
少女はハッとしたような顔で、眼鏡の位置を指先でずらし、アラミスの顔を認識した。
「まっ、し、失礼いたしました」
「眼鏡の大きさが合っていないのでは?」
「ええそうなのです。そろそろ買い直さねばと思うのですが、高価なもので」
「そうなんだ。ところでそれ君が作ったの?どういうものなのか教えてくれないかな?」
「は、いえ、駄目ですわ!ロンドリン伯爵ご令息様でしたら問題ないとは存じますが、師匠との約束がございますから」
少女の口の固さにアラミスは興味を持った。
自分がドレイファスの側近のひとりで、秘密を明かしても許される相手とわかっても。
また自分の顔をまじまじと見ても無反応なのも興味深かった。
幼い頃から麗しい容姿のために女子に追われてきたアラミスは、モリエールと同じく女嫌いである。
女子は煩く付き纏ってくるものと思っていたのに、スリイはまったく違う反応を見せたのだ。
新鮮だった。
「じゃあ、私がローザリオ先生に承諾を頂いたら、それがなにか教えてくれるかな」
「師匠の了承がありましたら、勿論お教えいたしますわ」
スリイの答えにアラミスは早速ローザリオのアトリエを訪ねることにした。
「こんにちは」
カラコロと鈴を鳴らしながら、シズルス錬金アトリエのドアを開けると、残念ながらローザリオは不在。
しかしシエルドがいた。
「あれ、どうした?珍しいな」
「四日前から公爵家に寄宿を開始したんだよ」
「ああ!そうか言ってたな」
シエルドは素材採取でこの数日はアーサと旅に出ており、今は店番がてらアトリエで採ってきたものを仕分けをしていたところだ。
「それで公爵家でメルーン男爵令嬢に会って」
「ああスリイね、何か失礼はしなかったか?」
「失礼?いや別にないが、何でだ?」
「あいつ結構毒吐くから、話し聞いてるとひやひやするんだよ」
ツンとしたスリイの様子を思い出し、アラミスは小さく吹き出す。
「まあいかにも錬金術師らしいけどな」
そう言ったシエルドに、アラミスは「おまえもな」と思っていた。
「それで師匠に何の用事だ?」
「いやたいしたことじゃないんだが、令嬢が持ち歩いていた小さな道具がなにかを知りたくて」
「スリイに聞かなかったのか」
「聞いたけど師匠から秘密と言われてるからと教えてくれなかったんだ」
「アラミス、名乗らなかったのか?」
「いや、名乗ったが」
「あいつっ!アラミスならいいに決まってるのに」
「でも口が固くて信用できる子じゃないか」
最後、アラミスの一言にシエルドは変な顔をした。
なかなかに長い付き合いだが、シエルドの知る限り、どんなことであってもアラミスが女子を褒めたことは一度もないのだ。
「・・・・」
不思議そうな目で見るシエルド。
「なに?」
「いや、なんでもないよ。師匠には言っておく」
「ああ助かるよ、気になって眠れなくなりそうだったから」
それだけ言うと、伸びた銀髪をたなびかせながら、扉の鈴を鳴らして帰って行った。
「・・・いや、まさかだよな。あのチビにアラミスが?ないないない」
素材整理をしながら呟くシエルド。
実はローザリオは戻って来ているのだが、ただいまと言っても気づきもせず、ぶつぶつと同じことをくり返し呟いている。
気配に敏感なシエルドらしくない。
ローザリオは優秀な弟子がここまで囚われるようなどんな出来事があったのか、知りたくてたまらなくなった。
気づいたら問いただそうと思っても、まだぶつぶつとやっていて、ローザリオのほうが待ちきれない。
そーっと背後にまわり、シエルドの肩をポンと叩いた。
「わーっ!びびびっくりするじゃないですか!気配消して来るのやめてくださいよ!いつ戻ったんです?」
「もうだいぶ前だ。声をかけたのに気づかずにぶつぶつ言ってたのはおまえだぞ」
「え!」
赤い瞳が丸くなった。
「あのチビにアラミスがって、何のことだ?師匠さまに教えなさい!」
「いや、師匠さまって!もう何言ってるんですよ、知りませんよ」
「うそつけ!おまえがあんな考え込むのはよほどの、そうよほど面白いことがあったに違いない!ほら吐け」
シエルドをガシッと捕まえると、こどもの頃のように脇を擽る。
「わーっ師匠卑怯だっ、やめ、やめろー」
振り回した腕がローザリオの顎に激突し、ゲホッと咳き込んで腕が緩む。
「いってえ!おまえ、師匠さまに向かってなんてことを!」
「よく言うわ!何が師匠だーっ」
「・・・ぷっ」
「ぷははっ」
ふたりで笑い出す。
これは幼い頃からあまりにも大人びていたシエルドが心配になったローザリオが、こどもらしさを失くさないようにとふざけてやっていたお遊びだ。
「もうっ!もう幼子ではないんだからやめてくださいよ」
「とかなんとか言って、けっこう楽しそうだったぞ」
「楽しくなんかありません!」
ツンとそっぽを向くシエルドだが、ローザリオは忘れない。
「それで、あのチビにアラミスが?ないないないってなんのことだよ」
諦めることを知らないローザリオに、シエルドは負けた。
もとより勝ち目などなかったが。
「今スリイって、公爵家で何か作らせてるんですか?」
「ああ。ドレイファス様が視た穴開け機械をな、スリイがやる気満々だし、ポーションより道具のほうが好きみたいだから、魔道具ではないがやらせてみることにした」
「いきなりですか?」
「シエルドはもっと小さい頃から、一人でもけっこう出来ただろう」
「そりゃ私は天才ですからね、私とスリイを同列に考えるのはやめてくださいよ、スリイがかわいそうじゃないですか」
フフンと鼻を鳴らすように笑う。
「シエルド、おまえすごくイヤな感じだぞ」
「師匠のマネですよ、いつも言ってますよね、私は天才だからな!って」
これにはぐうの音も出ないローザリオである。
「もうわかったから。この話は終わりにする」
「都合悪くなるとすぐ逃げるんだからなー」
「シエルド、それは師匠に言っていい言葉なのか」
「はいはい、申し訳ございませんでした」
「かーっ!まったくおまえってやつは」
じゃれてるのか、本気で怒っているのか、よくわからないふたりに困惑を隠せないアーサであった。
「それで、さっきのアラミスがっていうのはなんだ?」
「あ?ああ、あれはアラミスがスリイを褒めてたから驚いて」
うっかり答えてしまう。
「あっ!しまった」
「しまったって、そんな大したこと言ってないぞ!すごい秘密かと思ったが、誰だっていいところを見つけたら褒めるくらいするだろう」
「しませんよ!アラミスは女の子を褒めたりは絶対にしないんだ!それなのに一度しか会ったことがないスリイのことを信用出来るだなんておかしい!」
とうとうシエルドは、全部ぺろっと喋らされてしまった。
「へえええ、アラミスくんはモリエールとよく似てるんだな」
「モリエールさん?」
「そうだ。まああのふたり、異常なほど美麗だから、似たような経験をしているのかもしれないなあ。あっ、ああいうタイプはからかうとずーっと根に持つからな、何か気づいてもスルーが一番だぞシエルド」
深掘りした自分のことは棚に上げ、弟子にありがたい忠告を与えるローザリオであった。
■□■
いつもありがとうございます。
次回更新は7月14日12時です。
よろしくお願いいたします
■□■
食事が素晴らしいのは言うに及ばず、剣の稽古はトレモルや騎士団の誰かしらとやり放題、そして何より素晴らしいのは何か思いついたときにいつでもメルクルに相談ができることだ。
今日も塩などを入れる小さな箱に細工を施し、毎回同じ量を取り出せる引出しというのを考えて、それをメルクルに見せに行く途中だった。
「あっ」
誰かとぶつかり、何かが飛び上がった。
持ち前の反射神経で長い腕を伸ばしてキャッチすると、見たことのない道具!
まだヤスリなどもかけられていない、試作品っぽい道具にアラミスの目は釘付けだ。
「ぶつかってしまって申し訳ございませんでした!ありがとうございました」
黒髪の眼鏡の少女が返してくれと手を差し出してきたが。
「これ、何ですか?」
「え?」
好奇心を抑えられず、聞いてしまう。
「・・・言えませんわ。秘密だと師匠にきつく言われておりますから」
「師匠?もしかしてローザリオ先生の新しい弟子?」
「さようでございます、メルーン男爵家のスリイと申します」
「私はロンドリン伯爵家のアラミス」
少女はハッとしたような顔で、眼鏡の位置を指先でずらし、アラミスの顔を認識した。
「まっ、し、失礼いたしました」
「眼鏡の大きさが合っていないのでは?」
「ええそうなのです。そろそろ買い直さねばと思うのですが、高価なもので」
「そうなんだ。ところでそれ君が作ったの?どういうものなのか教えてくれないかな?」
「は、いえ、駄目ですわ!ロンドリン伯爵ご令息様でしたら問題ないとは存じますが、師匠との約束がございますから」
少女の口の固さにアラミスは興味を持った。
自分がドレイファスの側近のひとりで、秘密を明かしても許される相手とわかっても。
また自分の顔をまじまじと見ても無反応なのも興味深かった。
幼い頃から麗しい容姿のために女子に追われてきたアラミスは、モリエールと同じく女嫌いである。
女子は煩く付き纏ってくるものと思っていたのに、スリイはまったく違う反応を見せたのだ。
新鮮だった。
「じゃあ、私がローザリオ先生に承諾を頂いたら、それがなにか教えてくれるかな」
「師匠の了承がありましたら、勿論お教えいたしますわ」
スリイの答えにアラミスは早速ローザリオのアトリエを訪ねることにした。
「こんにちは」
カラコロと鈴を鳴らしながら、シズルス錬金アトリエのドアを開けると、残念ながらローザリオは不在。
しかしシエルドがいた。
「あれ、どうした?珍しいな」
「四日前から公爵家に寄宿を開始したんだよ」
「ああ!そうか言ってたな」
シエルドは素材採取でこの数日はアーサと旅に出ており、今は店番がてらアトリエで採ってきたものを仕分けをしていたところだ。
「それで公爵家でメルーン男爵令嬢に会って」
「ああスリイね、何か失礼はしなかったか?」
「失礼?いや別にないが、何でだ?」
「あいつ結構毒吐くから、話し聞いてるとひやひやするんだよ」
ツンとしたスリイの様子を思い出し、アラミスは小さく吹き出す。
「まあいかにも錬金術師らしいけどな」
そう言ったシエルドに、アラミスは「おまえもな」と思っていた。
「それで師匠に何の用事だ?」
「いやたいしたことじゃないんだが、令嬢が持ち歩いていた小さな道具がなにかを知りたくて」
「スリイに聞かなかったのか」
「聞いたけど師匠から秘密と言われてるからと教えてくれなかったんだ」
「アラミス、名乗らなかったのか?」
「いや、名乗ったが」
「あいつっ!アラミスならいいに決まってるのに」
「でも口が固くて信用できる子じゃないか」
最後、アラミスの一言にシエルドは変な顔をした。
なかなかに長い付き合いだが、シエルドの知る限り、どんなことであってもアラミスが女子を褒めたことは一度もないのだ。
「・・・・」
不思議そうな目で見るシエルド。
「なに?」
「いや、なんでもないよ。師匠には言っておく」
「ああ助かるよ、気になって眠れなくなりそうだったから」
それだけ言うと、伸びた銀髪をたなびかせながら、扉の鈴を鳴らして帰って行った。
「・・・いや、まさかだよな。あのチビにアラミスが?ないないない」
素材整理をしながら呟くシエルド。
実はローザリオは戻って来ているのだが、ただいまと言っても気づきもせず、ぶつぶつと同じことをくり返し呟いている。
気配に敏感なシエルドらしくない。
ローザリオは優秀な弟子がここまで囚われるようなどんな出来事があったのか、知りたくてたまらなくなった。
気づいたら問いただそうと思っても、まだぶつぶつとやっていて、ローザリオのほうが待ちきれない。
そーっと背後にまわり、シエルドの肩をポンと叩いた。
「わーっ!びびびっくりするじゃないですか!気配消して来るのやめてくださいよ!いつ戻ったんです?」
「もうだいぶ前だ。声をかけたのに気づかずにぶつぶつ言ってたのはおまえだぞ」
「え!」
赤い瞳が丸くなった。
「あのチビにアラミスがって、何のことだ?師匠さまに教えなさい!」
「いや、師匠さまって!もう何言ってるんですよ、知りませんよ」
「うそつけ!おまえがあんな考え込むのはよほどの、そうよほど面白いことがあったに違いない!ほら吐け」
シエルドをガシッと捕まえると、こどもの頃のように脇を擽る。
「わーっ師匠卑怯だっ、やめ、やめろー」
振り回した腕がローザリオの顎に激突し、ゲホッと咳き込んで腕が緩む。
「いってえ!おまえ、師匠さまに向かってなんてことを!」
「よく言うわ!何が師匠だーっ」
「・・・ぷっ」
「ぷははっ」
ふたりで笑い出す。
これは幼い頃からあまりにも大人びていたシエルドが心配になったローザリオが、こどもらしさを失くさないようにとふざけてやっていたお遊びだ。
「もうっ!もう幼子ではないんだからやめてくださいよ」
「とかなんとか言って、けっこう楽しそうだったぞ」
「楽しくなんかありません!」
ツンとそっぽを向くシエルドだが、ローザリオは忘れない。
「それで、あのチビにアラミスが?ないないないってなんのことだよ」
諦めることを知らないローザリオに、シエルドは負けた。
もとより勝ち目などなかったが。
「今スリイって、公爵家で何か作らせてるんですか?」
「ああ。ドレイファス様が視た穴開け機械をな、スリイがやる気満々だし、ポーションより道具のほうが好きみたいだから、魔道具ではないがやらせてみることにした」
「いきなりですか?」
「シエルドはもっと小さい頃から、一人でもけっこう出来ただろう」
「そりゃ私は天才ですからね、私とスリイを同列に考えるのはやめてくださいよ、スリイがかわいそうじゃないですか」
フフンと鼻を鳴らすように笑う。
「シエルド、おまえすごくイヤな感じだぞ」
「師匠のマネですよ、いつも言ってますよね、私は天才だからな!って」
これにはぐうの音も出ないローザリオである。
「もうわかったから。この話は終わりにする」
「都合悪くなるとすぐ逃げるんだからなー」
「シエルド、それは師匠に言っていい言葉なのか」
「はいはい、申し訳ございませんでした」
「かーっ!まったくおまえってやつは」
じゃれてるのか、本気で怒っているのか、よくわからないふたりに困惑を隠せないアーサであった。
「それで、さっきのアラミスがっていうのはなんだ?」
「あ?ああ、あれはアラミスがスリイを褒めてたから驚いて」
うっかり答えてしまう。
「あっ!しまった」
「しまったって、そんな大したこと言ってないぞ!すごい秘密かと思ったが、誰だっていいところを見つけたら褒めるくらいするだろう」
「しませんよ!アラミスは女の子を褒めたりは絶対にしないんだ!それなのに一度しか会ったことがないスリイのことを信用出来るだなんておかしい!」
とうとうシエルドは、全部ぺろっと喋らされてしまった。
「へえええ、アラミスくんはモリエールとよく似てるんだな」
「モリエールさん?」
「そうだ。まああのふたり、異常なほど美麗だから、似たような経験をしているのかもしれないなあ。あっ、ああいうタイプはからかうとずーっと根に持つからな、何か気づいてもスルーが一番だぞシエルド」
深掘りした自分のことは棚に上げ、弟子にありがたい忠告を与えるローザリオであった。
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