上 下
259 / 271

260 夢と鷹

しおりを挟む
 新しい持ち場を与えられたハルーサは、意気揚々と、離れの作業部屋から送られてくるドレイファスの植物標本を束ねている。

 何もかもが新しい!
 分類もわかりやすい方法を自分で考え、棚にどのエリアのどういった種類の植物かと貼り付けるのも自分でやった。

 それを見たドレイファスはとてもうれしそうに笑って頷いてくれた。

 最初はよかった・・・・・。

 離れの資料室で二人でやっていた時、カイドがマメに音を上げたように、そのうちハルーサの指も痛みに苛まれるようになったのだ。

 錐で穴を開ける度、指の横腹に痛みが走る。
 布切れを巻いてやってみたところ、痛みは感じにくいが、指の動きが鈍くなってやりづらい。

「痛っ!何かいい方法はないもんかなあ」

 ハルーサの呟きを、ちょうど部屋に入ってきたドレイファスが耳にした。

「どうかした?」
「あ!ドレイファス様」

 立ち上がったハルーサの指に巻かれた布に碧い視線が止まる。

「指、どうしたんだ」
「はあ、あの、錐でマメが・・・」

 ドレイファスはハッとした。
 そういえばカイドも指に布切れを巻いているのを見かけていたのだ。

「カイドのあれも?」
「はあ・・・、そんな感じです」
「知らなかったよ、申し訳ないことをした」

 すぐに謝ってしまうのがドレイファスの良いところであり、貴族らしくないところでもある。

「いえ、布を巻けばやれるので大丈夫です!」

 自分を鼓舞するように、ハルーサは元気に答えた。



 その夜、ドレイファスは久しぶりに視た。
 そう、勿論例の夢である。

 今までよく視ていたキッチンとはまったく趣が違う、学院の職員室のような部屋でたくさんの人々が動き回っている。

 ふと、女性が束ねた紙を何かの機械に挟むのが視え、そちらに視線が吸い寄せられていく。

『穴を開けたら、ファイリングして棚に入れておいてくれ』

 そばにいた恰幅の良い男の声が聞こえるが、意味はまったくわからない。

 頷いた女性はその機械に自分の体重をかけた。
 するとガシャンという音のあと、機械から引き出された紙束にはきれいな丸い穴が二つ開いている!

 黒い紐を縫いとめるように穴に潜らせ、リボンのように結ぶと、男が指差していた棚に放り込んで、小さな機械を引き出しにしまう。

 ─待って!それ見たいっ─

 と思っても、向こうに聞こえるわけではない。

 パタンと引き出しが閉められ、夢は遠のいていった。




 目覚めたドレイファスは、ちらりと視えた手のひらより少し大きなアレ!を一生懸命思い出そうとしたが、視えていないところは当然思い出せないわけで。
 ひとしきり唸っていたが、目覚めたヌコたちが肩に飛び乗ってきたことでそれ以上は諦めた。

 ノアーも小さく鳴く。

「あ、そういえばノアーのこと、おとうさ・・・父上に話してなかった!」

 今はドレイファスの部屋で、コバルドが作ってくれた止まり木にちんまりととまっている。
 ノアーをテイムした翌日、学院でファロー・ミースを訪ねて世話のやり方を教えてもらった。
 ケラノスホークをテイムしたと聞いたミースの、羨ましげなギラギラした視線に思わず肩が竦んだが、餌やあげる間隔、運動など細かくメモを取った。

「あの、ドレイファス様」

 別れ際。
 カルルドを通じ、頻繁に交流があり、最近はすっかり名前呼びが定着したミースは、なんとか自分を抑えて努めて平静に懇願する。

「ぜひ一度、そのケラノスホークを見せて頂きたいのですが、お屋敷に伺ってもよろしいでしょうか」

 一瞬間が空く。

 本館で会うだけだし、大丈夫かな、と答える前に、ドリアンとマーリアルの顔が脳内にドーンと現れた。

「父上から承諾を得られたら」
「はい、勿論です。公爵様にもよろしくお伝えください」

 満面の笑みだ。
 しかし目は笑わず、揉み手をする姿は卑屈。
何故かそう視えてミースの研究室をそそくさと辞した。

 ─父上の許可が下りなかったということにしよう─

 ドレイファスはミースとの距離感を守ることに決めたのだった。




 さて、ノアーの世話だが。
ボンディに肉餌を用意してもらってドレイファス自ら与え、水もドレイファスが交換した。
いい加減父にノアーのことを言わなくては。

「朝食のときに話してみよう」




 朝食の時間は早い者遅い者がいるが、ドリアンはだいたい同じ時間である。
父が食堂に現れる時間を目指し、ドレイファスは食堂に足を向けた。


「おはようございます。おと、父上」

 一時期、いつか自然に一人称を私呼びに、父母を父上母上と呼ぶようになると、無理に変えるのをやめたドレイファスだったが、このままではそんな日は来そうにないと、最近また呼び方を変える努力をしているところ。

「うむ、おはよう!早いな」
「はい!父上に話したいことがあるんです」
「そうか、では執務室へ」
「はいっ」

 その日の朝食はブレッドとコーンスープ、ふんわりした卵焼きにトモテラソースがかけられたもので、ほぼドレイファスの好物ばかり。
 とても満足度の高い朝食だった。

「それでは行くか」

 ドリアンが移動を促すと、立ち上がったドレイファスは

「見せたいものがあるので取ってきます、先にいらしてください」

 と言って、走って消えた。

 見せたいものとは勿論ノアーである。

 ヌコたちを上着のポケットに収め、ケラノスホークを肩に乗せる。
 ノアーがドレイファスの頬に顔を擦り寄せると、テイムによって得た信頼だが、とてもうれしい。

「さあ、父上にノアーを紹介するからね」



 そうして黒鷹を肩に現れた長男に、ドリアンの驚いたこと!

「それは一体どうした」
「あの、サイルズ領で網に引っかかっていたのをルジーが持ってきてくれて、テイムしました!」
「したのか?」
「はい!」

 ─ルジーのやつ勝手なことをしおって!この勢いでテイムした魔獣が増えていったら、我が家は魔獣見世物小屋になってしまうぞ─

 自分の考えにふと動きが止まる。

 ─魔獣見世物小屋─

 ドレイファスにテイムさせ、民が魔獣を見ることが出来るようにしてみたらどうだろう?子どもたちにはどんな魔獣が危険かを教えることができる。

 思いついたことを忘れないために、ドレイファスを待たせてメモを取ると、漸く顔を上げた。

「ケラノスホークか?」
「はいっ」

 そのウキウキした答えに、長男がどれほどこの魔鷹を気に入っているかがわかる。

「いつもらったのだ?」
「え・・・と三日前です」
「そうか。次にこういったことがあったら、すぐに報告するんだぞ。テイムしたなら最後までしっかりと世話をな」
「はいっ!ありがとうございます」

 とてもうれしそうな息子に厳しめに言おうとしたが、緩んでしまった。
なにしろ息子の肩にとまる魔鷹が美しくて、目が離せないのだ。
 テイムスキルを神殿で買い取ってテイマーとなった息子だが、こんなふうに肩に鷹をとまらせることができるなら自分もテイムスキルを買ってみたいと、チラッとだけだが思ったのだった。

「ああドレイファス待ちなさい!」

 居間を出ようとしていた息子を呼び止めると、執務机の引き出しから未使用のアミュレットを取り出し、渡してやる。

「これを付けてやりなさい」
「ありがとうございます!」

 今日にでもローザリオのアトリエで買い求めようと考えていたのだが。その場で紐を調整し首にかけてやると、気のせいかノアーも胸を張ったようだった。



 通学前の水撒きのため、ノアーを肩にとまらせたまま畑に寄ると、小鳥たちが一斉に飛び立っていく。

「ドレイファス様、おはようございます」

 ヨルトラが腰を支えながら、繁みから顔を出す。

「おや!魔鷹じゃないですか」
「うん、テイムしてるから危なくないよ。アミュレットも付けたことだし、ちょっと飛ばしてやりたいんだけど」
「どうぞどうぞ、これはありがたいですな」
「ありがたい?どういうこと?」
「さっき小鳥が飛んでいたでしょう?やつらは育てた作物を啄んでしまうんです。魔鷹は奴らの天敵ですから、追い払ってくれたらありがたい!」

 そうなのか!

 ドレイファスは閃いた。
 学院に行っている間は畑で自由にさせたらどうかと。
 ノアーによく言い聞かせれば、日中は畑を守ってくれるのではないか?

 止まり木はまたコバルドに頼む。
 それから暑さ寒さ対策に、出入り自由な大きな鳥小屋を一つ。

「そうすればノアーもたくさん飛べるようになると思うよ」

 そう声をかけながら、腕に移したノアーを空に飛ばしてやるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話

ルジェ*
ファンタジー
 婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが─── 「は?ふざけんなよ。」  これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。 ********  「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください! *2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

妹のことを長年、放置していた両親があっさりと勘当したことには理由があったようですが、両親の思惑とは違う方に進んだようです

珠宮さくら
恋愛
シェイラは、妹のわがままに振り回される日々を送っていた。そんな妹を長年、放置していた両親があっさりと妹を勘当したことを不思議に思っていたら、ちゃんと理由があったようだ。 ※全3話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...