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252 弟子をとろう

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 シエルドがデーリンと見つけたカラミーの効果。
 イナゴールたちのような飛蝗の仲間の運動機能を弱めて、長く飛べなくする。

「でも早く落とすだけじゃな」

 ドレイファスは落ちたイナゴールはコッカたちに食べさせればいいと言うが、ちょうどよい場所にコッカたちがいるとは限らない。
 というより、いないほうが多いだろうに皆ノリノリ・・・。

 ため息をついたシエルドは思考を切り替える。
 イナゴールを空から地面に落とし、動けなくするだけでも、被害が相当抑えられることは間違いないのだが、それはまだシエルドの目指すものに遠く及ばない。

「じゃあコッカやダックラーの鶏舎をもっと増やせば?」
「だから、そういう問題じゃないんだって。・・・まずは飛んでいるイナゴールを落として」
「落として鳥に食べさせる」

 しつこいとシエルドがドレイファスに文句を言おうとしたが。

「ねえシエル。鳥に食べさせるのがダメなら、落とすポーションと、落ちたあとにイナゴールを駆除するポーションを別に作るのは?」
「え?」
「飛んでるイナゴールめがけて、空にポーション打ち込んで駆除するのは、風で散らばったりするから、他の動物への毒性が問題だって言ってたよね?」
「そう、空中で風に乗ってどこまで広がるかもわからないしな」
「だからイナゴールにだけ効かせたい?」
「そう!」
「だから落ちたイナゴールにだけ、人間がかけて回るポーション作れば?」

 青天の霹靂とはこのことである。
 ハッと目を見開いたシエルド。

「そうか!何も一本のポーションですべて完結させなくてもいい!」
「そうだよ。落ちたイナゴール見ながら、調節してまけるようにしたらさ。コッカも飼いたいけど」

 それは何十羽というコッカたちを、現地に連れて行って食べさせるより、ずっと確実。

「それ、それいいな!」
「本当?よし!じゃあその方向で素材探そう」

 一本のポーションでイナゴールを殲滅しなければ!という思い込みから解き放たれたシエルドが、二剤と呼ばれる飛蝗専用駆除ポーションの開発を成功させるのは、まだもうしばらく先のことになるが。

 方針を転換したと、興奮に頬を染めたシエルドがローザリオに話すと、敬愛する師匠はパチパチと何度か目瞬きをしたあと、破顔して笑った。

「そうか!それはいいと思うぞ。なるほどな、すべての役割を詰め込むのは難しいが、二種のポーションに分ければ・・・あっ!それならトリーガ伯爵に頼まれたミニマウシーの駆除も、それでやれるかもしれんな」
「ミニマウシーの駆除?いつ頼まれたんです?」
「四日前だ」

 嘯くローザリオをジッと見たシエルド。

「師匠!ポーションの開発は私を通してくれと言いましたよね!」



 そう。
 ローザリオ・シズルス錬金工房で、ポーションや薬剤の開発がもっとも得意なのは、誰あろうシエルドである。

 先輩錬金術師たちは魔導具の作成を好み、それまで難しいポーションはローザリオが頑張っていた。
 シエルドが戦力になるまでは。

 一通りの仕事を早々と覚えたあと、天才少年シエルドは、新たな薬剤の開発に熱中した。

 最近だと、ゼノの協力もあり、ローザリオと共同で完成させた毒消しが秀逸と噂だ。
 ローザリオの魔力増幅装置の人気も衰えを知らず。
 毒消しの生産に人手を回すことが出来ないため、まだ大量には作れないのだが、危険な任務に就く国の騎士団と魔導師団、辺境騎士隊に幾ばくか試供品を渡すと、今までの毒消しより効果も飲み心地もいいと、あっという間に大人気となった。

 噂が噂を呼び、一日も早く、少しでも多く納品してほしいと工房は蜂の巣をつついたような騒ぎなのだが、公爵家の研究室とロプモス山を行ったり来たりしているシエルドの耳には届いていなかった。

 魔力増幅装置のときはシエルドに手伝わせたローザリオだが、今は漸く糸口を掴んだ愛弟子の研究を止めさせてまで、工房を手伝わそうとは思っていない。

 寧ろシエルドには研究に専念していてもらいたいと思っているほど。

 何故か。

 勿論シエルドが手伝えば、自分ほどではないにしても!相当早く毒消しの生産ができることは間違いないが、流石にローザリオも気づいている。
 自分の錬金工房には、絶対的に人手が足りないのだということに。

 錬金術師を雇うことこそが根本的な解決。なのだが、錬金術師の絶対数が少なく、またほとんどは仕事ができるようになると独立して工房を構えるため、そう簡単には見つからないのだ。

 ため息交じりにそう零したローザリオに、マトレイドはアドバイスを送る。

「出来上がった錬金術師がいないなら、定期的に弟子をとって育てるしかないだろうな」
「そ・・・れはそうだが。毎年弟子入りを頼まれるが、シエルドのように素質があり、かつ後ろ盾のある者は簡単には見つからない」

 眉尻を下げた困り顔のローザリオに、マトレイドはこくりと頷くと親指を立てて見せる。

「ドリアン様に、我ら情報室で弟子を探したいと相談するといい」
「え?」
「我らなら素質と、背景も良い者を探し出すことができる」
「ドリアン様にそんなことを頼んでいいものだろうか?」
「大丈夫さ。今は我らも手が空いてるし、遠慮はいらん」



 ローザリオが勧められたとおりにドリアンに相談すると、快く引き受けたドリアンは、その指示をマトレイドに与えた。

 マトレイドはローザリオが求める素質を聞き出すと始動した。

 魔力の豊富な者でなければならないため、まずは貴族の子弟から探していく。
 弟子入りに相応しい年齢層のこどもの中から、優秀と噂のある者を探して何人かピックアップ。
 それをより詳細に追跡調査し、10日ほどでローザリオに成果を報告した。

「も、もう見つかったのか」

 驚くローザリオ。

「まだ絞り込んだだけだ。とりあえず目を通してみてくれ」

 マトレイドに促され、視線を紙面に落とす。

 流石シにエルドのような侯爵家の子どもはいない。伯爵家の三男がひとりと子爵家や男爵家の次男三男が数名。そして、男爵家の長女がひとり。

「令嬢も?流石にこれは親が良いとは言わないのではないか?」
「それな、迷ったんだが。実はその子が一番優秀に思えてな、あえて候補に入れてみたんだ。年齢も他より少し高いし、やっぱりだめか」

 そう、ほかのこどもは皆五~八歳なのに、この令嬢は十一歳。

「まだ貴族学院に行ってるんだな・・ショルグのか」

 ドレイファスたちは王都の貴族学院だが、通えない遠方の貴族で寄宿を良しとしない者は、地方にあるこじんまりとした学院に通わせる。

「公爵家派閥の末端の末端の、そのまた末端の弱小貴族」

 自分で言って、軽く笑ったマトレイドは表情を正すと先を続ける。

「しかも一人っ子なので嫡子でもあるが、その男爵家には領地と言えるほどの土地はなく、貧しい故に代々隣の子爵の役人をしている、まあ名ばかり貴族の家門だな。男爵も常々もう爵位は返上してもいいと言っているらしい」
「ふむ・・・」
「我々のイチオシだ」

 女性の錬金術師がいないわけではないが。

「・・・検討してみよう」
「ああ。他にも良さそうなのがいれば、ドリアン様が口を聞いて下さるそうだから」
「え?ドリアン様が?いやそれは」
「ああ見えてドリアン様は面倒見がいいからな」

 ちょっと自慢げに言ったマトレイドに、ローザリオの脳裏にドリアンの顔が浮かんだ。

 結局ローザリオは、マトレイドたち情報室イチオシの令嬢と、子爵と男爵のそれぞれ三男を三人、計四名を選ぶ。

 突然のドリアンからの召喚に怯えながら、各家門の当主とこどもがフォンブランデイル公爵家に集められ、待ち受けたローザリオから自分に弟子として預けてもらえないかと持ちかけられると。

 四人のこどもとその両親は、有名な、超有名なローザリオ・シズルスから選ばれたと、興奮に顔を赤く染め、一瞬も迷わず「ハイッ!」と答えた。

 ローザリオは引いた。
 想像もしなかった熱量で、まるで自分が袋小路に追い詰められた鼠になった気分。

「いや、あの特にメルーン男爵、スリイ嬢はご嫡女ですよね?少しお考え頂いてからでも」
「いえいえ、考えるまでもございません。お恥ずかしいことに、我が家は領地も僅かで、今すぐ爵位を返上してもおかしくない状況なのです。娘のやる気次第ではございますが、これほど素晴らしいお話には、 二度と出逢えないと思いますゆえ」

 メルーン男爵は愛娘スリイをやさしく見やる。
 スリイはキラキラと瞳を輝かせて、大きく頷いた。


■□■

いつもありがとうございます。

またやってしまいました(-_-;)
予約投稿忘れるべからず、自らに言い聞かせます。
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