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239 トレモルの決意

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 ヌコが大きくならなくとも心配ないとわかったドレイファスは、帰宅すると父の執事マドゥーンに父との面会を求めて声をかけた。

「ドリアン様でしたら、本日はすでにお戻りになられておりますよ。ご都合を確認して参りましょう」

 暫くしてノックとともにレイドが扉を開けるとマドゥーンが顔を出した。

「ドリアン様でございますが、半時後でしたらお手が空くそうです」
「わかった!ありがとうマドゥーン」
「どういたしまして」

 にこりと微笑んだマドゥーンは、最近濃いブラウンの髪にちらほらと白いものが見えるようになった。
 そして以前より優しい顔なのは、ローザリオがプレゼントした眼鏡でものがよく見えるようになったかららしい。

 そんなことを考えているドレイファスに気を取られることもなく、洗濯物のように折り目正しく腰を曲げた執事は、主の元へと戻って行った。



 宿題を終えるとちょうど頃合いか。
 ドレイファスはヌコを肩に乗せたまま、レイドと父の執務室へと向かう。

「父上」

 仲間うちではつい、お父様と言ってしまうのだが、流石にドリアンを前にしたときはそう呼ぶよう心がけている。

「ドレイファス、相談があると聞いたが」

 おかえりも何もなく、いきなり主題に入る父のストレートさは嫌いではない。

「はい、実はヴァイスたちがレベルアップしたらしくて、カルディのアミュレットが効かなくなってしまったんです」
「レベルアップだと?随分と早いな・・・」

 心当たりはもちろんある。

「カルディは影響うけやすいみたいで、ミース先生にもっと強いアミュレットにしたほうがいいって勧められたんです」
「なるほど。ではヌコたちに接する可能性がある者のアミュレットを替えるようにローザリオ殿に頼んでおこう」

 ということはつまり、代金はフォンブランデイル家持ちである。

「ありがとうございます!」

 深々と頭を下げて感謝の意を表明する息子に、ちょっとだけ意地悪してみたくなった。

「おまえのヌコのためなのだから、代金はドレイファスの小遣いで払うとよい」

「・・・・えっ?」

 目を丸くし、たぶん金勘定をしようとしたのだろう指折りして何かを数えだすドレイファスに、ドリアンが吹き出した。

「冗談だ、代金は公爵家の必要経費で払う。使用人たちにも影響があるやも知れんし、ヌコはおまえの大切な守り手だからな」

 ヌコがドレイファスを守っていることを、ドリアンはちゃんとわかっている。
 ゴツい護衛がつくよりずっと印象の良い護衛たち、しかも飯代だけで働いてくれる有り難い存在なのだ。
 アミュレット代くらい、すぐにもとが取れるだろう。

 計算もした上で、ドリアンはローザリオを呼びつけたのだった。



「お呼びとうかがいました」

 王族が呼んでも気が向かねば断ると言われていたローザリオだが、すぐに現れた。
 なんということはない、離れのシエルドの研究室にいたのだ。

「どうやらヌコがレベルアップしたらしくてな、カルルドのアミュレットが不調らしいのだ。うちの使用人とドレイファスとヌコと接する関係者のアミュレットをすべて替えてもらいたい」
「全部?よろしいのですか」
「構わん。代金は私に請求してくれ」

 ローザリオの脳内で数字が踊り始めた。

「顔がニヤけてるぞ」

 ドリアンの指摘に、ローザリオは両手で頬をパンと打つと、真顔に戻った。

「もう一つ、ヌコのレベルを計ることはできるか」
「レベルですか?測れますが、機材は今王都にありまして、お急ぎなら冒険者ギルドでもわかりますよ」
「え!そうなのか」

 ドリアンのまわりにはテイマーはカルルドくらいしかいないので、そのへんはよく知らなかったのだ。

「じゃあドレイファスがギルドに行けば自分で調べられると?」
「そうですね」
「なんだ!では早速行かせるとしよう」

 ミースももちろんテイムされた魔物はギルドなら調べられると知っていた。ただ錬金術師も素材のレベルを測るために計測器を持つ者は多いので、稀代の錬金術師ローザリオと親しくなるきっかけが欲しかっただけだった。
 しかしローザリオの計測器は王都に置いてあるため目論見ははずれ、ドレイファスがギルドに行くこととなった。




 冒険者ギルドはヌコのテイム登録しに行って以来。今日は二匹を肩に乗せてさらにトレモルとメルクルを連れている。

 というのも最近王都は治安が乱れており、日中でも誘拐事件が発生しているのだ。

「大丈夫だっていうのに」

 ツンと、唇を尖らせて抗議する顔はまだ幼さを残す。
 艷やかな金髪と大きなアパタイトブルーの瞳が煌めく整った顔はマーリアルに瓜二つで、男子とは言え、人攫いに遭ってもおかしくないと、心配になるのは当然と思えた。

「ぼ、私よりシエルのほうが」

 ルートリアたちも仲間入りしたドレイファス団の中でも、その美貌が際立つのは実はシエルドとアラミスだ。
 しかしシエルドは様々な魔法の使い手。アラミスは剣術の才能を認められた公爵家の騎士候補生で、バランスよく筋肉がつき、高く背が伸びた体躯を見れば、よほどの迂闊者でもない限り手を出そうなどとは思わないだろう。

「わ、私だって魔法も使えるし、剣術だって」
「それはわかってるけど、ドルを守るのが私たちの仕事なんだから。守らせてくれないとせっかく騎士候補生になれたのに落第しちゃうよ」

 今度はトレモルが拗ねたように言った。

 騎士候補生になったら、剣術や体術、護衛術だけでなく、様々なレベルのマナーや常識も学ばねばならない。
 それに、こうして先輩騎士と実践で訓練も積まねばならないのだ。

「私がドルの護衛騎士になれなくともいいっていうのか?」

 そんな風にジトッと睨むトレモルは珍しいが、何しろ小さな頃からドレイファスの騎士になることを目標にしてきただけあって、自分の道を阻もうものならそれが親であろうと邪魔させるものかと思っていた。
 もちろんそれは、ドレイファス本人であってもだ。

「まあまあトレモル、そんなに詰めるな。このくらいで落第なんかしないから心配するなよ」

 メルクルに諌められて、ハッと引く。

「そうだよ、トリィたちは私の騎士になってもらわないと困るから、ジャマになるようなことは絶対にしない!約束する」

 そんなことを言って約束を交わそうと小指を立てたドレイファスに、トレモルが抗えるわけがない。

「わかった!護衛は文句言わずにつかせてくれよ」
「じゃあトリィ、護衛を頼む!」

 とは言ったものの、思わずため息をつきそうになり、慌てて喉の奥に押し戻す。 

 ちらりと見たトレモルは常に臨戦態勢で、大袈裟だと思うのだが、メルクルはトレモルのお目付け役である。
 トレモルの護衛を認めた以上、メルクルがついてくるのも仕方ないこと。

 重荷を二つ引いている馬のような気がして、これからのことを思うとドレイファスは少ーしだけうんざりした。
 まるで見透かしたようにメルクルが宥める。

「ドレイファス様、そんな顔なさらずに。我らを率いていくお立場なのですから、どれほどドレイファス様やそのヌコたちが強かろうと、厳重に警護されるのは仕方のないことです。ドリアン様とて幾人もの護衛をつけておられますよ。慣れていただくしかないのです。我ら護衛が、影のように常にドレイファス様の足元にお控えすることに」

 一呼吸置き、メルクルが続けた。

「どんな危機にあったとしても、我ら護衛は身命を賭し、必ずドレイファス様をお守り致しますゆえ」

 ドクン!

 ドレイファスの心臓が跳ね上がった。
 メルクルは自分の命にかえてでもドレイファスを守ると言ったのだ。
 重すぎる言葉にメルクルを見ると、静かな微笑みを浮かべている。

「そ・・んな、ダメだよ僕のためにそんなこと」

 思わず漏れ出た言葉に、メルクルもトレモルも穏やかな顔のまま、首を横に振る。

 トレモルの決意を知ったドレイファスは驚愕した。

「だってトリィ・・・」
「私はずっとドルを守り抜く騎士になると、幼い頃から決めているんだ。万一のとき、それは当然起こりうると覚悟している」

 揺るぐことのない強い力を放つトレモルの瞳に、ドレイファスは泣くのを堪えた。

「そんな顔するなよ、騎士になったら死ぬと決まった訳じゃないぞ!そうならないよう十分鍛錬を積み、こうやって先輩たちと連携する実地訓練を重ねるんだ」

 安心させるようにニカッと笑ってみせる親友に、ドレイファスは公爵とは何を背負うのかを初めて痛感していた。
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