神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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237 ミースの思惑

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 ファロー・ミースの研究室にドレイファスが姿を見せると、ミースがにこやかに出迎えたが、その目は二匹のヌコを見つめている。

「病み上がりというのに、呼びつけて申し訳なかったですね。先日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそお気遣いありがとうございます」

 ミースがふたりの少年に椅子を勧めた。

「ところで。ドレイファス様はそのヌコたちをいつテイムなさったのです?」
「え?」

 ドレイファスの胸がドキリと鳴った。



 ファロー・ミースは、フォンブランデイル邸でヒアリングを行った際、不思議な違和感を感じていた。

 聞いた内容に齟齬はない。
 複数人の魔導師や冒険者たちが集合して大魔法を打ち込み、イナゴールを灼き尽くしたのだろうとは思っている。
 だから聞いた通りに国に報告書を提出したが、ドレイファスの肩に乗るヌコたちがどうにも気になってしかたがない。
今日から復学していると聞いて、カルルドにドレイファスを連れてくるよう頼んだのだった。

「じ、実はミース先生がロントン先生と出かけられた後、この研究室に何度か来ていてその帰りに」
「え?そうだったの?」

 カルルドが初めて知ったという顔をする。

「うん。実は研究室の前で拾ったんだ。2匹とも怪我をしていたから屋敷に戻って治療して」

 それを聞いてにこやかな顔をしたミース。

「なるほど、わかりました。どうりで見たことがあるような毛色だと思ったんですよ。きっとその二匹は、うちの研究室のヌコが産んだこどもが逃げ出していたんでしょう」

「「えっ!」」

 ドレイファスとカルルドは驚いた。
正確にはカルルドは驚いて、ドレイファスは驚いたふりをした。

 冷静に考えれば、生物学の研究室を構えている教師以外に、学内に魔獣を持ち込める者はいないのだ。そしてヌコたちがいたのはミースの研究室の近く。
 だからドレイファス自身はその可能性を疑い、いつかミースが気づくかもしれないと密かに心の準備はしていた。

 ─返せって言われるかな、でももうテイムしてる─

 心臓がドクドクと音を立て、酷い緊張に苛まれたドレイファスだったが、微笑んだミースは意外なことを言った。

「では、私とドレイファス様はこれで親戚ですね!私のヌコのこどもを家族にしていただいたのですから。せっかくだから親ヌコを見せましょうか?」

 そう言って研究室の奥に誘い込まれると、まるで動物園のようにいくつもの檻がある。

「すごい!こんなにたくさん」
「ええ。危険な魔獣は学内では飼えませんので、ここは比較的懐きやすいものがいます」

 そう、確かに里狼やリドルインコ、ソグピッグなどが清潔な檻の中で、窓から差し込む陽光を浴びながら、昼寝を楽しんでいる。

 さらに奥に足を運ぶと、ミースの腰ほどの高さまであるサークルが置かれ、その中に小さなヌコやドギーがわらわらと詰まっていた!

「ああっ!」

 その中で、ヴァイスによく似た大人のヌコが生まれたてくらいの子ヌコに乳をやっている。
 肩に乗るヴァイスを見たドレイファスは、見ただけで間違いなく血の繋がりが存在すると理解した。

「そっくりでしょう?私が不在の間管理が甘くなってしまって、何匹か逃げてしまったみたいなんです。今の小ヌコはそのあとに生まれたんですよ」

 確かにドギーとは違い、ヌコは高くジャンプするのが得意なのだから、このサークルでは簡単に逃げられてしまうだろう。

「いつもはもう少し育ったらケージに移して育てるんですがね」

 ミッディスと良く似た子ヌコを、親ヌコの腹から引っ張り出し、カルルドに持たせてやろうとしたミースだが、母から離された子ヌコは一丁前に歯を剝いて威嚇する。

『ブッシャーーッ!』

「いやなのか」

 気にせず抱きしめるミースの腕の中で、ふわふわの子ヌコはジタバタと暴れていた。

「じゃあドレイファス様」

 今度はミッディスそっくりの子ヌコをドレイファスに渡そうとする。

「え」

 いやもいいも言う間もなく無理矢理渡されたドレイファスに、意外にも子ヌコは大人しく抱かれた。

 歯を剥かれたカルルドは残念そう。

「ふ、ふ!かわいい!ちっちゃい」

 ドレイファスの肩に乗るヌコたちは、小さな毛玉をまじまじと見下ろしている。

「みー」
「ほらミッディ!きっとおまえの弟か妹だよ」

 ミッディスの顔のそばに子ヌコを近寄らせたが、スンと匂いを嗅いだだけで、ミッディスの興味は霧散したようだ。ヴァイスに至っては、見ただけでツンとしている。

「ねえ、兄弟とかお母様とか、いいの?もう会えないかもしれないんだよ?」

 ドレイファスが覗き込んでも、不貞腐れたようにそっぽを向くのだ。

 それを見てミースが笑った。

「どうやらドレイファス様がかわいいと言うのが面白くないようですね」

「え!もしかしてヤキモチ?」

 うれしそうに笑うドレイファスは子ヌコを返すと、両肩のヌコを下ろして愛おしそうに抱きしめた。



 実はミースは、ヌコを返してと言うか迷ったのだが、自分を睨むヌコたちの視線からドレイファスを護る意志を感じ、これを機にフォンブランデイル家に近づく道を選んだ。
 いくら生物学者として認められていても、国が出してくれる研究費には限界がある。
 こう言っては何だが、今の王家はどうにも締まり屋で災害支援でさえ最低限しか出そうとしないが、フォンブランデイル公爵家は違う。
 傘下の貴族への太っ腹な支援は、ロンドリン伯爵家の雪崩被害のときに貴族中に知れ渡り、ドリアンの元に下りたいと願う下級貴族が雨後の筍のように現れたと聞く。
 しかしドリアンは希望した貴族のうち、本当に縁があった貴族以外の殆どを断った。

 フォンブランデイル公爵派の貴族が勝ち組と呼ばれるようになったのはいつからだったか。

 合同ギルドを起ち上げて以来、新しい商品を開発し、その利益を傘下貴族で分け合って、けっして一人勝ちすることはない。

 仲間の結束は頑強。

 どれほど羨ましく思い、その仲間に入りたいと願っても、今は派閥すべての貴族が認めなければ新たな参加は認めないらしい。

「ハードルが高すぎるんだよな」

 ミースの家も一応領地持ちの子爵である。
ドレイファスと知り合う機会があったと洩らしたところ、当主の父から、何とか派閥に入れるよう繋げと煩いほど催促されるようになっていた。


「ミース家を派閥に入れてというのはさすがに無理だろうが、私の研究の有用性をドレイファス様を通して知って頂き、研究費の寄付なんかを取り付けられるとありがたいんだがなぁ」


 ヌコが自分のものだったと言うくらいの縁で、そこまで望むのはだいぶ厚かましいかと、くすりと笑いが零れた。


「カルルド君・・・は、全然ダメだしなぁ」

 期待値というなら、共同研究者のカルルド・スートレラの縁故を使う方が太そうではあるが、カルルドはそういったことには鈍く、まったく使えそうにないのだ。

 折りに触れ、フォンブランデイル公爵家にも行ってみたいと言っているのだが、カルルドは毎回「それはドルに頼むしか方法はない」とつれない返事である。

 イナゴール討伐のヒアリングで公爵家を訪れた時、公爵に会えるかと期待したが、公爵自身は対象者ではなかった。




「普通なら近づくことすら許されないからな」

 研究開発力に定評のあるギルドを後見するフォンブランデイル公爵なら、役に立つ研究だとわかれば寄付をしてくれるに違いないと。

 ミースはその一点に絞って、ヌコを頼りにドレイファスに躙り寄るのだった。


■□■

いつもお読み頂きありがとうございます。
申し訳ないのですが、更新を3週ほどお休みいたします。
二月より再開する予定ですので、よろしくお願いいたします。
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