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236 ドレイファスの気づき

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

■□■

 ファロー・ミースの調査により、イナゴールをフォンブランデイル公爵家の魔導師たちが総出といえど少ない人数で駆逐した、その大きな助けとなったのは錬金術師ローザリオ・シズルスが作り上げた魔力増幅装置だった・・・という嘘八百な話は、まことしやかに真実として語られ、当然のように各領主から、いや、この度甚大な被害を受けた隣国オレイガなどからも注文が殺到。
 ローザリオとシエルドたち、シズルス錬金アトリエの一派は魔力増幅装置の増産に追われている。

「なあワルター、ファロー・ミースは本当にあの話を信じたと思うか?」

 ドリアンは今もほんの少し疑いを持っていた。

「学院の教師だし、カルルドとともに蜂の研究もしているんだろう?学院内での魔術の成績はシエルドが・・・コホン!常に首位だからな。そのへんはよく知っているだろうから、目を向けるとしたらシエルドだろう」

 自慢気にワルターに言われても腹が立つことはなく、むしろ安心することができる。

「そういえばローザリオ殿とシエルドはどうしているんだ?あれほど通い詰めていたのに、うちの屋敷にも全然顔を出さないが」
「ああ!魔力増幅装置がな、売れすぎて大変らしい」
「えっ!効果は大丈夫なのか?」

 ドリアンはびっくりして、ワルターに訊き返した。

 イナゴールの一斉討伐に絶大な効果があったと、国の調査で嘘をついた。 
 実際は膨大な魔力を持つドレイファスの魔法を、二匹のヌコが支援したのだが、それが国に知られれば必ず王立魔導師団に囲われてしまう。
ドレイファスが望めばそれでいいと思ったが、戦闘や殺傷が苦手なドレイファスは領主として生きることを望んだ。
 だからとりあえずローザリオの口車に乗り、その場を凌いだのだが、実際にそれを使って魔力を増幅させた者がいたわけではないのだ。

「ああ大丈夫だ。話に聞いたほどの大魔法がひとりでぶっ放せるほどじゃないが、時間限定、約二倍増し効果が、一回の魔力チャージで三回使えるそうだからな。イナゴール討伐で放たれた魔法は二回だから、そっちとも齟齬はない」
「そうか、それならいいんだが」

 ドリアンの口から安堵のため息が漏れた。

「約二倍増し?二倍はすごいが、約ってなんだ?」
「あー、地の魔力が大きければ二倍以上、少なければ二倍以下のバフになるらしい」

 そのくらいなら問題ない誤差だろうと、ドリアンも納得した。



 一般的に魔物は、領主が冒険者達に依頼を出すか、領主の抱える騎士団が駆除にあたる。
 フォンブランデイル領は後者。優秀な騎士団が定期的に駆除しているため、冒険者にはあまり旨味のない町と言えよう。
 しかし騎士団を持つことが財政的な理由でできないところの方が多く、そういう場合は冒険者達に活躍の場が与えられるが、ランクの高い冒険者はそう都合よく依頼を受けてもらえるものでもない。
 そんなときに魔力増幅装置の噂が流れたのだ。

 一介の冒険者が買うにはちょっと高額な魔力増幅装置。

 高額な出費にはなるが、騎士団を持ち続けるよりはるかに安いので、まとめて購入した領主が冒険者に貸し与えるようになった。
 それにより有利な条件の依頼と見なされ、レベルの高い冒険者が集めやすくなり依頼の達成率があがった。

 当初SやA級の冒険者には需要はないだろうと思われていたが、それがあればここ一番の魔法が、より大きな効果をあげると知った彼らも飛びついた。
資金に余裕がある上級冒険者は、領主に借りて下手なしがらみに縛られる必要などない。自分たちが楽をするために、躊躇なく買い求めた。

 そうして討伐が成功すれば、それが魔力増幅装置を使ってのことだとしてもペナルティなどにはならず、大きな経験値といつもより高額な依頼料が転がり込み、領主は領地内の安全が守られる。

 だから領主たちも冒険者たちも、この魔力増幅装置に飛びついた。

 唯一、公爵家の魔導師達は淡々としていたが。




「ところでシエルドの魔術はそんなにすごいのか?」
「親馬鹿と言われるかもしれんが、実際かなりのものだ!まあアレだ、シエルドは小さな頃からローザリオ殿と素材の採取にも行っていたし、実戦で魔法を使ってきたからこそ、同年代の者より成長が早かったんじゃないか?ローザリオ殿やアーサのような先生が英才教育を施してきたんだから、当然ともいえるな」

 ワルターは愛息子の自慢なら何時間でも話せる自信がある。

「そういえばドレイファスがイナゴールを灼き尽くし、燃えたイナゴールが落ちて火が広がりそうになったとき、シエルドが片手で水魔法を発動させ、空いた手で風を起こして水を広範囲に撒いて鎮火させたと聞いた」
「あっ!私も聞いたぞ。両手それぞれで違う魔法を発動するなんて発想もすごいが、さらりとやってしまうんだから、本当に我が息子は天才かもしれんなハハハ!」

 ワルターの鼻がとんでもなく高く伸びているが、ドリアンは諫めることはせず。

「ふむ。おまえのその天才息子はいずれ我がフォンブランデイル家の天才義息子となる。ありがたいことだな」

 そう呟いてニヤリと笑うにとどめたドリアンであった。





 結局ドレイファスはイナゴールの襲来後、二十日間学院を休んで体調を回復させてから復帰した。

「ミース先生が?」

 久しぶりに通学した日。
カルルドから、ミースがドレイファスに会いたがっていると言われる。

「何?あそこ遠すぎるんだけど」

 文句を言いながらも、放課後カルルドとともにミースの研究室に向かった。
二匹の魔猫はドレイファスの両肩に縫い留められたように乗っている。

「ねえドル、ヌコたちいつも肩に乗ってるけど、ドルが走ったりするときはどうしてるの?」
「飛び降りて一緒に走ったり、頭に乗ったり、胸ポケットに入ったり、その時時で違うよ」
「へえーーーーーー」

 カルルドは自分の肩のまわりをぶんぶんと飛び回るトロンビーをちらりと見た。

 蜂としてはかなり大型だが、花の蜜を集める蜂なので、本来危険性は低い。こちらから危害を加えたりしなければ。

 胸元はふわふわとしたイエローのもふ毛に覆われており、陽が当たってキラキラしているトロンビーがとてつもなく可愛い。
指を立てるとすぐに気づいてスッと下り、優しく掴まるのだ。顔を指に擦り付けられると、ふわりと毛が指に触れてこそばゆい。

「カルディ」
「ん?」
「蜂もそうしてるとペットにしか見えないね」
「うん。めちゃくちゃ可愛いよ」
「ねえ、今どれくらいテイムしてる?」

 ふと浮かんだ疑問がドレイファスの口をつくと、カルルドは考え込んだ。

 スートレラ領内にいくつかとフォンブランデイル公爵家、サンザルブ侯爵家、グゥザヴィ商会には既に養蜂園があり、学院のミースの研究室の庭も今やすっかり養蜂場と化している。
 カルルドの婚約者モルトベーネの実家ソイラス子爵家もカルルドの力を借りて養蜂場を作り、スートレラ印の蜂蜜を作り始めた。
 そのすべてでカルルドがテイムしたトロンビーたちが蜜を集めている。

「三万匹くらいかな?」

 軽く言ったカルルドにドレイファスが目を剥いた。

「う、うそ?さんまん?確かカルディってトロンビーに名前つけてたよね?まさかそれ全部に?」
「ああそれね。流石に最近は一匹毎にはつけられないんだけど、ほらアルファー厶の1とか2とかって、巣ごとに順につければさ、だいたいわかるよ。こどもみたいなものだからね」

 ─こ、こども?三万匹も?─

 驚き過ぎたドレイファスが口を薄っすら開けていると、ヌコたちがゴツっと頭を押しつけてきて我に返る。

「そうなんだ。全部名前覚えてるのかと思ってびっくりしちゃったよ」

 本当は三万匹もテイムしていることと、それをなんてこともないようにさらりと言ったことに驚いたのだが。

 ドレイファスの脳裏に何百匹というヌコたちが自分に群がる光景が浮かぶと、可愛いヌコとは言えゾッとして、ふるふると頭を振り、その考えを空に散らす。

 ─そうかトロンビーだからできるんだ─

 そう、ドレイファスは漸く気がついた。
テイムにたいした魔力を使わないで済むトロンビーとなら、繋がることである程度の魔力を取られても大丈夫なのだと。

 そして自分にはヌコがいいと改めて思った。
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