神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

文字の大きさ
上 下
230 / 272

231 目覚めのあと

しおりを挟む
「ドレイファス、具合はどうだ?」

 父がやさしく背中を擦ってくれたので、ドレイファスは目を細め、気持ちよさそうにほのりと微笑んだ。

「大丈夫みたいです」
「そうか。よかった・・・」

 膝に乗る二匹の魔猫をチラリと見て手を伸ばし、社交辞令程度に頭を数回撫でたドリアン。

「話をしてもいいだろうか?ドレイファス、魔力は戻ってきたか?」
「・・・・・・何故そんなことを?寝れば回復するのだからもう戻ってると思います」
「うむ・・・だよな。魔力の流れを感じることはできるか?そうだ!アーサから教わったアレをやってみてはどうだ?」
「アレ?」
「そうだ、グラウンディング」

 ドレイファスは、にこりと笑ってリラックスした体勢を取ると、やってみますと碧い瞳を閉じる。

 暫くすると、整えられた呼吸にあわせるように、微かではあるが小さな光の粒がドレイファスからキラキラと放たれるのが確認できた。

 ─ああ多少は戻っているな!大丈夫だったようだ─

 ドリアンがどれほど安堵したことか。
自慢の息子が領主として生きるのに必要な魔力を永遠に失ったかもしれないと、アコピの懸念を聞かされて以来、心配でろくに眠ることもできなかったのだ。


 大丈夫に決まっている!とでも言うような顔で丸くなっている真っ黒なヌコを少し恨めしげに見たあと、ドリアンは暫くは学院を休んで回復に務めることと、魔力値の定期的な検査を命じて。
 頭を撫で、部屋を出ていった。

「ドリアン様」
「トレモルか。ドレイファスなら目覚めて話もできる。短い時間にするようにな」
「はい」

 扉が閉まる前にトレモルが室内に滑り込む。
冷静なトレモルには珍しく、うれしそうに感情が爆発した「ドルーっ!」という叫び声が聞こえた。






「マドゥーン!マールにも知らせたか?」
「はい、今お支度をなさっております」
「うむ、それならよい。夜ワルターたちを呼ぶので晩餐と部屋の準備もいつものように頼む」

 ドレイファスの目が覚めてホッとしたものの、次の心配も生まれている。

 何人もの魔導師がかかっても、イナゴールの大群を殲滅するなどそうそうできることではないのに、それをドレイファスがやってしまったのだ。

 王家に知られたくない!

 強く思うドリアンは、ワルターたちと相談したかった。





 夜、ドリアンに招集された面々が公爵邸に集まってくる。

「ドレイファスの意識が戻ったそうだな!よかった」

 ワルターの言葉を皮切りに、口々に見舞いを述べる仲間たち。

 ワルター・サンザルブ侯爵とヌレイグ・モンガル伯爵、ダルスラ・ロンドリン伯爵、ランカイド・スートレラ子爵にクロードゥル・ヤンニル騎士爵はいつもと同じだ。
今日はそれに加え、ローザリオ・シズルスが同席している。

「こうして集まるのは久しぶりですね」

 クロードゥルが口を開いた。
ダルスラとは武人同士仲がよく、頻繁に会っているし、ランカイドははちみつを融通してもらうために、もっと頻繁に会っていたが。
ヌレイグ・モンガル伯爵のように離れた領地で仕事に追われ、なかなか会うことのない者もいた。

「ローザリオ殿もご一緒とは」

 ダルスラが首を傾げると、ドリアンが説明し始めた。

「まず今日は急であったが集まってくれ、ありがとう。先程話があった通り、ドレイファスは無事目を覚ますことができた」

 深く安堵の息を吐き、面々もこくりと同意を見せる。

「まず経緯を説明する。
イナゴールの大群の襲来については、皆も知る通りだ。エリンバーからオレイガへ南下したものの、季節風に乗り、ここまで辿り着いた」
「被害は?」

 ワルターが心配そうに訊ねると、ドリアンは首を振って

「避けられないものもあったが、想定よりはかなり少なく済んだ。サンザルブは大丈夫だったのか?」

 隣接するサンザルブ侯爵領も風向きによっては襲われてもおかしくなかったが。

「幸いうちは逸れたようだ」

 こちらもホッと息を吐いた。

「それは何よりだ。今回襲来の可能性が現実的になってから、領内の農会や我が公爵家の管理する畑にはガラス小屋を設置したり、いろいろ手を尽くしていたが」

 ドリアンはその時外出していて、伝言鳥によって事態を知り、急いで帰宅する途中だった。

「イナゴールはキュライトを荒らしたあと、強風に乗ってニスタを飛び越え、いきなりデイルに現れた・・・」

 皆、その悍ましい景色を想像し、顔を顰める。
居合わせて、それを目の当たりにしたローザリオは、思い出してぶるりと震える。

「ローザリオ殿、当時のことを話してもらっても?」
「はい。私がシエルドと畑に殺虫ポーションを塗布したカバーをかけていたとき、突然イナゴールが現れました。空が真っ暗になり、不気味な羽音が響いてきて」

 寒気を感じ、ローザリオは自分の腕を擦って。

「止められないと思った時ドレイファス様が駆け出して、イナゴールの前に立ちはだかったのです。叫びながら阻止しようと腕を振り上げた。すると凄まじい大旋風がドレイファス様から放たれて、イナゴールたちはまだ遠くに居たものも吹き上げられ、空の上で風の渦に巻き込まれたのです。そして」

ローザリオが大きく息を吸い込む。

「今度は炎焰がドレイファス様から発せられて、風にもみくちゃにされたイナゴールたちを灼き尽くしていきました。私の人生でも見たことがない、見たことが信じられないほどの大魔法で、空にいたイナゴールの大群を一瞬で殲滅したのです」

「まさか、ドレイファス様がおひとりで?」

 ダルスラ・ロンドリンがあ然とした顔のまま訊ねると、ローザリオは小さくこくりとしてみせた。

「そ、それは凄いことではありませんか!若くして大魔導師に」

 興奮した様子のダルスラが最後まで言う前に、ドリアンが被せる。

「今ドレイファスは二匹のヌコをテイムし、連れ歩いている。そのバフもあり、本人の力以上の魔法を放ったのだと思う。しかし、これが王家に知られるのはまずい」
「っ!ああぁ」

 思い至ったダルスラは酷く残念そうだ。

「なあ、もしドレイファス本人が魔導師になりたいと言っても、ドリアンは許さないのか?」

 歯に衣着せず、ワルターは疑問を口にした。

 それは考えていなかったという顔でドリアンが考え込むと、ワルターとの間に微妙な空気が流れ始める。

 窓から差す日射しが傾き、夕暮れの訪れを告げた。

「あの、一休みしませんか?少し頭を冷やして。試作のはちみつを持ってきたので、是非感想をお聞かせください!」

 バリバリ働く嫡男エーメに感化され、遅ればせながら商魂が芽生えたスートレラ子爵ランカイドは、そう言うと自ら厨房に行き、冷えた泡の水とグラスを乗せたワゴンを押して戻って来た。

「今度は何の蜜なんだ?」
「ユウズのはちみつです」
「ユウズ?」

 何処かで聞いたような。
男たちが首を傾げたのを見て、ランカイドが種を明かす。

「サイルズ領がビネに使っているユウズやカキィの花から蜜を採れないか試しているところで」
「ではこれは?」
「ユウズの蜜で、私がとても気に入っているものの一つです。しかしサイルズ領にはまだ養蜂園がないので、花が咲いたと報せをもらうとカルルドが蜂をつれて訪ねて行き、蜜を集めさせる次第で。
生産量がものすごく少ないのです」

 話しながらランカイドはマドラーを回し、ユウズの蜜を混ぜた泡の水をグラスに注いでいく。

「まずはお試しください」

 グラスの中は小さな泡が浮かんでは消えていく。
蜜が混ざったことで、透かすと僅かに琥珀がかっている。

 ゴクゴクゴクと喉を鳴らしたワルター。

「ん!んんっ!んーんっ」
「ワルター!うまいのか何なのか早く言え!」
「自分で飲めばわかるぞドリアン」

 グラスをひとつ手渡して、ドリアンに顎で飲めと促すそれは、どれほど親しくともワルターにしかできないことだ。
幼い頃からマーリアルと親しいローザリオでさえ、いつ見ても驚いてしまうワルターのフランクさ。
 これから相談しなくてはならない話の重苦しさを、ほんの一時ながら忘れさせてくれたのだった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。

みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい! だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

半分異世界

月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。 ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。 いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。 そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。 「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界

お布団から始まる異世界転生 ~寝ればたちまちスキルアップ、しかも回復機能付き!?~

雨杜屋敷
ファンタジー
目覚めるとそこは異世界で、俺は道端でお布団にくるまっていた 思わぬ″状態″で、異世界転生してしまった俺こと倉井礼二。 だがしかし! そう、俺には″お布団″がある。 いや、お布団″しか″ねーじゃん! と思っていたら、とあるスキルと組み合わせる事で とんだチートアイテムになると気づき、 しかも一緒に寝た相手にもその効果が発生すると判明してしまい…。 スキル次第で何者にでもなれる世界で、 ファンタジー好きの”元おじさん”が、 ①個性的な住人たちと紡ぐ平穏(?)な日々 ②生活費の為に、お仕事を頑張る日々 ③お布団と睡眠スキルを駆使して経験値稼ぎの日々 ④たしなむ程度の冒険者としての日々 ⑤元おじさんの成長 等を綴っていきます。 そんな物語です。 (※カクヨムにて重複掲載中です)

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~

かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。 望んで召喚などしたわけでもない。 ただ、落ちただけ。 異世界から落ちて来た落ち人。 それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。 望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。 だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど…… 中に男が混じっている!? 帰りたいと、それだけを望む者も居る。 護衛騎士という名の監視もつけられて……  でも、私はもう大切な人は作らない。  どうせ、無くしてしまうのだから。 異世界に落ちた五人。 五人が五人共、色々な思わくもあり…… だけれど、私はただ流れに流され……

『転生したら「村」だった件 〜最強の移動要塞で世界を救います〜』

ソコニ
ファンタジー
29歳の過労死サラリーマン・御影要が目覚めたのは、なんと「村」として転生した姿だった。 誰もいない村の守護者となった要は、偶然迷い込んできた少年リオを最初の住民として迎え入れ、徐々に「村」としての力を開花させていく。【村レベル:1】【住民数:0】【スキル:基本生活機能】から始まった異世界生活。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

処理中です...