神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

文字の大きさ
上 下
226 / 272

227 焦り

しおりを挟む
 数日経ち、未だ錬金術師たちが殺虫ポーションの成果を挙げられずにいる間に、イナゴールの黒い影は着々とゴーナ王国に引き寄せられていた。

 エリンバーより大分西にあるゴーナ王国キュライト領にイナゴールが現れたと聞き、皆に緊張が走る。

「とうとう来たか」

 報せを聞いたドリアンはこめかみを揉みほぐすが、表情は冴えないまま。

「ローザリオ殿を呼んでくれ」

 呼ばれたとて、ローザリオにもまだ報告出来るものがない。

「進捗はどうだろう?」
「ええ・・・、今のところは殺虫はできても、まわりの虫や鳥まで影響があるものしか」
「・・それはちょっと問題だな」

 残念そうな声だが、表情は変えないのがドリアンらしい。
絶望的な話も貴族らしく淡々と話すのだ。

「イナゴールがまたゴーナに戻ってきた。キュライトに現れたらしい」

 ローザリオも伯爵家出身、自身も錬金術の功績により男爵を陞爵することが決まっているが、やはり公爵家の教育ほど徹底したものではないので、ドリアンに比べると表情ははっきりとしている。

「なっ!避けられませんでしたか・・・」

 がっくりと肩を落としたローザリオは、唇を噛み締めた。

 ドリアンにも言ったとおり、イナゴールに効果があり、他の生物には影響がないか少ない殺虫ポーションは道半ば。いや、まだはじめの数歩くらいしか進んでいない。
ある日突然何かの、偶然でできることもあるが、それは本当に稀なことで、最高にツイているときにしか起こり得ない幸運だ。

「・・・せめて農会と各畑に早めの収穫を促すか。ソイラス家では、イナゴールが来る前に収穫を済ませて岩造りの建物にしまえと言われているそうだ」

 ドリアンが何かの参考になればと、思い出したことをローザリオに教えてやる。

「岩・・・土魔法で四方八方すべてを囲うことはまさかできませんよね、ハハ・・・」

 珍しく力のない笑いをローザリオが零すのを、ドリアンの労る視線が包む。

「植物からできた布や木の小屋も食べられてしまうそうだから始末が悪い・・・」

 強気なことを言いたくともため息しか出なかった。

「とりあえず、私は私にできることをやってきます」

 ローザリオが退出し、ドリアンとマドゥーンのふたりになるとさらに弱音が吐き出される。

「なあマドゥーン、ローザリオ殿とシエルドは間に合うだろうか?今や火魔法の遣い手を頼んでおくくらいしか思いつくことがないが、外部の者を離れに入れることはできないから・・」
「あっ!ああ」

 マドゥーンの絶望した声。
ドレイファスと庭師たちが端正こめて育て上げた広大な畑がどうなってしまうのか。
ふとドリアンの脳裏に閃くものがあった。

「そうだ!大至急ミルケラを呼べ!」
「は?はいっ!」

 その強い語気に、誇り高き執事マドゥーンにしては珍しく、足音を立てて執事室を走り出ていく。



 ミルケラが普段いる合同ギルドは、フォンブランデイル公爵邸があるブランの町の中心部、馬で十分もかからずにその顔を見ることができる距離である。

 メインストリートの一番端にある、角地に三階建ての岩造りの建物が、フォンブランデイル公爵家と傘下の貴族たちが運営する合同ギルドだ。

 マドゥーンから早駆けに出された使いはミルケラのもとに駆け込んだ。

 ─どうしてギルド長のくせに伝言鳥が使えないんだよ、もうっ!─

 腹の中で愚痴りながら、メッセンジャーのゾランは受付にいたエイルに至急の取次を頼む。

「二階の執務室へ」

 どうぞと最後まで聞くまでもなく、ゾランはミルケラの元へと走り込む。

「ミルケラ様!ドリアン様から大至急の呼び出しです」

 ガタン!

 椅子を鳴らしてミルケラが立ち上がる。

「大至急?何があったんだ?」
「私は聞いていないが、とにかく急いで来るようにと」

 うむと頷いたあと、上着を手にゾランと階段を駆け下りていく。
途中、見かけたエイルにもついてくるように声をかけて、ゾランとミルケラの護衛!メッサも一緒に四騎の馬で走り出した。






「おお、ミルケラ!早かったな」

 ドリアンの執務室に駆け付けたミルケラは、息を乱すこともなく、頭を下げて挨拶をする。

「堅苦しいことは省略だ!イナゴールについては聞いているか?」
「はい、オレイガが大群に襲われたと聴いておりますが」
「オレイガを北上した奴らは、今は」
「ほ、北上しているんですか?」
「ああ。しかも西寄りにキュライトを通過中だ」

 ミルケラの脳裏に地図がはためいていた。

 ─オレイガからキュライト・・・の先は!─

「た、大変だ!」
「イナゴールは植物を食べ尽くすが、肉食ではない。なあミルケラ。土魔法で囲ってしまうのは無理だと言われたんだが、濁りガラスの小屋を木枠ではなくを土魔法で繋ぎ、簡単な小屋にして離れの畑を守るのも難しいだろうか?」


 ミルケラはドリアンのいうことを理解はしたが、土魔法を使える者が元より少ないことと、一人の魔力量の限界を考え、難しい顔を浮かべる。

「ロンドリン領の復旧のときのように、あちこちから土木師を集められればできるかもしれませんが、公爵家の土木師だけでは難しいかと」
「全体でなくとも、大切な替えのきかない畑だけでもいいんだが」


「タンジーたちと相談してみましょう」


 とは言ってみたものの、替えのきかない大切な畑とはどれか、庭師たちがどの畝を選んで残すのか。

 元は庭師だったミルケラには、どの畑もその代わりなどないとわかっている。
どれを残し、どれを諦めるにしても、庭師たちが手塩にかけたこどもたちを失うことに違いはなく、苦渋の決断を迫られている彼らの胸中を慮ることしかできない。
 せめて、少しでも多くの植物たちを守れるように、自分の手の者を今暫く総動員して、来るかもしれないイナゴールに備えようと先を急いだ。


 ドアの外にいたエイルに、コバルド他乾燥スライムの濁りガラス作りをしている者を招集するよう言いつけ、自分は離れへ繋がる地下通路を駆け抜けてタンジェントを探す。

「タンジーっ、いるかっ?」
「なんだぁ?」

 緊張感のないタンジェントの声が答える。

「至急の相談があるんだ、ヨルトラたちもともに頼む!」

 足早に現れたコバルドたちもログハウス前のテーブルに集まり、ドリアンに言われたことを、言葉を選んで皆に伝えた。




「つい最近、他でも似たようなことを言われた記憶があるが、ロンドリンのようにただ高く隆起させるのとは違い、広範囲を囲ってイナゴールから守る形に細工するとなると、余程の魔力の持ち主しかやりきれないだろう。それに公爵家には私の他三人しか土木師がいないし」

「要するに無理と言うことだな」

「うむ。その時提案されたことは私たちの魔力量からいっても無理難題だった。しかしドリアン様の仰る、スライム小屋の木枠を土魔法で作るくらいならできると思う。・・・だが、ここだけでなくロプモス山もとなるとポーションを準備されてもどこまでやれるか」

 ミルケラは重い口を開く。

「替えのきかない大切な畑だけでもと」

 沈痛な空気が庭師たちの間に流れ、ヨルトラは眉間を揉んだ。

「すべてだ。私たちにとっては畑のすべて、替えはきかないものしかないというのに」

 ああ、と誰かが呟く。
その答えを予想していたミルケラも、顰めた顔で頷いた。

 その後、考えるより動け!と叫んだタンジェントは公爵家に仕える土木師たちと、せっせと乾燥スライムの濁りガラスを嵌め込む土魔法の枠作りを始めたが、土木師たちは常日頃より遥かに細やかな作業に苦戦し、時間がかかっている。
 時間がかかれば、その分魔力の消費も多くなり、ポーションで補充をくり返さねばならない。

「ロンドリンのときよりキツい」

 誰ともなくそうこぼし始めたのは僅か三日後のこと。
 ロンドリン領の復旧作業は、土地の嵩増しで、魔力はいるが皆一斉に力をあわせることができた。
しかしこの作業は一人づつ集中し、ガラスが外れない程度には精度を高めねばならない。ポーションの過剰摂取も地味にダメージとなっていた。

 土木師の様子を聞いたドリアンはそれ以上の無理はさせられないと、ペースを落とすように指示。
ホッとした土木師、そして絶望を漂わせた庭師、どちらにも属するタンジェントはいたたまれず、魔力回復ポーションを煽るのだった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!

日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」 見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。 神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。 特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。 突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。 なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。 ・魔物に襲われている女の子との出会い ・勇者との出会い ・魔王との出会い ・他の転生者との出会い ・波長の合う仲間との出会い etc....... チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。 その時クロムは何を想い、何をするのか…… このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……

ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。 このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

俺と蛙さんの異世界放浪記~八百万ってたくさんって意味らしい~

くずもち
ファンタジー
変な爺さんに妙なものを押し付けられた。 なんでも魔法が使えるようになったらしい。 その上異世界に誘拐されるという珍事に巻き込まれてしまったのだからたまらない。 ばかばかしいとは思いつつ紅野 太郎は実際に魔法を使ってみることにした。 この魔法、自分の魔力の量がわかるらしいんだけど……ちょっとばっかり多すぎじゃないか? 異世界トリップものです。 主人公最強ものなのでご注意ください。 *絵本風ダイジェスト始めました。(現在十巻分まで差し替え中です)

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

巻き込まれたんだけど、お呼びでない?

ももがぶ
ファンタジー
メタボ気味というには手遅れな、その体型で今日も営業に精を出し歩き回って一日が終わり、公園のベンチに座りコンビニで購入したストロング缶をあおりながら、仕事の愚痴を吐く。 それが日課になっていたが、今日はなにか様子が違う。 公園に入ってきた男二人、女一人の近くの高校の制服を着た男女の三人組。 なにかを言い合いながら、こっちへと近付いてくる。 おいおい、巻き添えなんかごめんだぞと思っていたが、彼らの足元に魔法陣の様な紋様が光りだす。 へ〜綺麗だなとか思っていたら、座っていたベンチまで光に包まれる。 なにかやばいとベンチの上に立つと、いつの間にかさっきの女子高校生も横に立っていた。 彼らが光に包まれると同時にこの場から姿を消す。 「マジか……」 そう思っていたら、自分達の体も光りだす。 「怖い……」 そう言って女子高校生に抱き付かれるが俺だって怖いんだよ。

転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。

みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい! だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

処理中です...