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225 シエルドの気づき

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 胸中はそれぞれだが、ゼノに借りた籠にたくさん草を詰め込み、小屋に戻ると、ゼノがテーブルの上に摘んできた草を仕分けて並べてくれる。

「すごくたくさん摘まれましたね!」

 珍しくにこりと笑って、ドレイファスを褒めた。

「ゼノ、これでイナゴールだけに効く殺虫剤作れるかな?」
「そうであってほしいですね。この畑には私が生涯をかけて集めてきた様々な毒性植物がありますから」
「ええ?ゼノ、毒草集めてたの?変わってるね」

 素直に言ったドレイファスにトレモルは慌てたが、ゼノは微笑んだまま。

「ええ、変わり者とよく言われますよ」

 素早く動く手は仕分けを止めることはなく。
そのうちに背負子を肩にかけたシエルドが戻ってくる。ドレイファスの籠の有に2倍は摘んだようだ。
 籠を覗いたトレモルが驚いた。

「よくこんなに詰め込んだな」

 振り向くシエルドはニヤッと笑う。

「けっこう頑張った!でもまだ足りないかもしれないけどな。トリィとドルもすごいな」

 シエルドの言葉はぼんやりと座るドレイファスには届かなかったが。

「仕分けが終わったら、とりあえず一度公爵邸に戻ってまた鑑定だ!その前に手を洗って、ゼノも一緒にランチにしよう」

 種類ごとに紐でまとめてタグをつけながら、タンジェントが促すと、トレモルとレイドがドレイファスを連れて行った。

「アーサ!なんだかドルの様子がおかしくないか?」
「そうですね・・・」

 元気がなく、しょぼんとしたドレイファスは、みんなが構いたくなるような心細そうなオーラを纏っている。
公爵邸を出るときはむしろシエルドよりやる気が漲っていたというのに、一体どうしたのだろう?

 すぅっと背後に現れたゼノがにこやかに話す。

「ドレイファス様は誰もが感じる様々な葛藤を経験されていらっしゃるのです。静かに見守りましょう。・・差し出がましいことを申しました」
「いや、ありがとう」

 歳を経た者だからこその物言いに納得するアーサとシエルドは、ドレイファスのことは側についているレイドに任せることにした。




「ドレイファス様、もしよければ私たちだけ先に戻りましょうか?」

 レイドが気遣って声を掛けると、小首を傾げたドレイファスは考え込み・・・。

「いや、最後までやる」



 漸く顔をあげる。

 ─先に帰るなんて逃げるみたいじゃないか!─

 しかしいつまで経っても追いつけないシエルドにいじけた自分が、レイドにそう言わせたのだと気がつき、俯くのをやめた。

「もう少し摘んで、みんなと帰ろう」


 ヨルトラと同じように、孫を見るような目で見守るゼノは、立ち上がったドレイファスを見て、そっとその場から下がっていった。









 山のように毒草を持って公爵邸に戻ると、シエルドはアーサとタンジェント、モリエールの力も借りて皆で整理していく。

「ということは、まず単独で効果のありそうなものを見つける。次にいろいろ合わせたときに効果のあるものを探すと二手間以上は間違いなく必要ということか」

 これからやるべきことをシエルドの話を聞いたモリエールは肩をすくめる。
それというのも背負子の籠に毒草がぎっちり詰め込まれていて、さらにログハウス前の大テーブルに乗りきらないほどあるのだ。

「これを全部?」

 恨みがましそうな目をシエルドに向けてもモリエールには無反応で、既に鑑定を始めている。仕方なくモリエールも毒草に手を翳し始めた。

 先ず毒草の名前やその効能を確認する。致死率の高いものなのか、痺れや麻痺なのか、それなら効いている時間はどれくらいな、重いか軽いかなど。人に効くのか、人には効かず特定の生物にだけ効くのか。
そうやって鑑定し、メモをとるとなかなか進まない。



 話を聞きつけたヨルトラが、かつてのゼノが書き上げた綴りを持って手伝いに現れた。

「シエルド様、タンジー!ゼノのところから植物を大量に持ち帰ったと聞いたが、これが役に立つのではないかと思って持ってきたぞ」

 ボロボロで角が丸まった分厚い紙綴りをタンジェントに手渡し、中を読むよう促す。

「これは?」
「ゼノが集めてきた毒草の記録だよ。かなり細かく書かれておって、手描きの絵もあるからわかりやすいかもしれんと思ったんだがな」

 この言葉にシエルドが飛びついた。

「本当だ!すごく細かく書かれてる」
「ただ、表面的なことだけなんです。ゼノは鑑定はあまり得意じゃないか、またはできないのかもしれないな」

 それでもゼノの資料は役に立つ面もあり、名前がわかるとアーサが資料から探し出して、草と紙切れを一纏めにして管理することにした。

 そうしてなんとか終えた一次鑑定の次は、あらゆる組み合わせを試し始める。

 すり鉢に違う種類の葉を一枚づつ入れて軽くすり潰し、その汁を鑑定していく。
結果をメモして、また次をくり返していく気が遠くなるような作業を、シエルドとタンジェント、加わったヨルトラは寡黙に真剣に取り組んでいる。

 使い終わったすりこぎ棒とすり鉢を洗うのはアーサが手伝うが、何しろ膨大な組み合わせになり、一日かけても十分の一も終わらなかった。
 時間があるなら草を乾燥させて、一人ちまちまとやればいいが、イナゴールの襲来に備えるためにのんびりはしていられないのだ。

「アーサ殿の手伝いが出来る者をふたりほど連れてきましょう」
「でも庭師のみんなも仕事があるのでは?」

 ただでさえタンジェントとモリエール、ヨルトラを借りっぱなしというのに、さらに二人も庭師を連れてきたら、肝心の仕事が手薄になるのではないかと心配になったシエルド。
安心させるようにヨルトラが微笑んだ。

「庭師の朝は早いんです。内緒ですが、仕事の殆どは朝食前に終わってしまって、あとは自分の気に入りの野菜や果物に手をかけてやっているだけなんですよ」

 本当はもう少し仕事をしているが、あえて大袈裟に、ヨルトラは自分たちが一日の半分以上のらりくらり好きなことをやっていると言った。

「じゃあ、頼みます」

 そのとき厨房から下働きが、夕食を部屋に届けるか確認しに来た。

「うん、部屋の方に」
「いや、私たちとみんなで食べませんか?ログハウスの前で!星を見ながら食べるのは気持ちいいですよ」

 根を詰め過ぎのシエルドが心配になったヨルトラは、畑を見ながら食べようと言った。
部屋で食べるほうが、自分のタイミングで食べられ楽だとシエルドは思っていたが、アーサがそれより先に答えてしまう。

「いいですね!あの大テーブルでですか?」
「じゃあ決まりですね!ボンディのところに行ってきます」



 時間がもったいないと思っていたシエルドだが、実際ログハウス前の大テーブルに料理を並べて席につくと、なんともスッキリした気分になれる。

「すごく美味しそうだ!」

 いつものボンディの料理だが、大勢で空の下で食べると思うと、何倍にも増して美味そうに見えるから不思議だ。

「さあ。ではみんなでいただきますっ!」

 タンジェントの音頭で、一斉にいただきますっと叫ぶように言うと、ガツガツと夕食に食らいつく。

「おなかペコペコだったんだよ」
「これ、何かな?みずみずしくて美味い!」

 庭師たちは貴族出身が多く、出自からするとお行儀がいいとは言えないが、実に楽しそうに食べながら喋り、笑い転げている。
個別の皿に取り分けられた料理を食べ慣れたシエルドは、同じ皿の料理をともに分け合う姿が新鮮な衝撃だ。

 いつしかシエルドも一緒に笑っている。

 それは本当に開放的な心からの笑いで、食事のあとシエルドは肩の力がすっかりと抜けていた。

「研究室に泊まる時は一緒にたべよう!」

 そうタンジェントやアイルムと約束するほどに楽しくて、リフレッシュしたシエルドは研究室に戻ると、ちらりと毒草を見てから寝室でぐっすりと眠りこけた。

「お珍しい」

 アーサが呟くほど、ぐっすりと。

 シエルドは神経質なところがあり、寝具、特に枕が変わると眠れなくなるタイプだ。
ローザリオとの採取旅行は必ず枕を持って行くが、それでもよく眠れずに赤い目をしていることが多い。
この研究室に頻繁に泊まり込むようになってからは、常に枕を馬車に乗せて持ち歩いている。
 ロプモス山に行く前に状況を知ったドリアンが、ベッドをさらに良いものに替えてくれたが、いくら良いものでも、初めてのベッドですんなりと眠るとは思えなかったのだ。

 それにいつもなら、研究に熱心過ぎて、休ませようとしてもなかなか眠らないのに。

「どちらにしても、シエルド様にはよいことばかりだな」

 アーサは、布団から飛び出たシエルドの右手を、そっと布団に入れ直すと、足音を立てずに寝室から出ていった。



 翌朝、シエルドは信じられないほど爽快な目覚めを迎えていた。
 いつもならいつまででも眠いというのに、今日はベッドから跳ね起きて走り出せそうなほど。

 いや、それは嘘だが。

「朝食前に少し鑑定やろうかな」

 力が漲るのだ、やりたくてたまらないほどに。
隣の部屋への扉を開けると、アーサが昨夜洗って乾かしておいたすり鉢などの道具を、使いやすいように並べているところだった。

「アーサ、おはよう」
「おはようございます、シエルド様。よく眠れましたか?」
「うん、ぐっすりと寝て、すごくスッキリしたよ」

 シエルドはそのあとの言葉を飲み込んだが。
聡明な少年は自ら気がついていた。
夜更しして頑張って勉強やら鑑定やらを行い、短い時間浅く眠っても、疲れが抜けずに実は効率が悪かったのではないかと。
それが証拠に、今めちゃくちゃ身体が軽くて頭もスッキリしている。

 ─これからは無理して夜遅くまでやるのはやめて、キリよく休むことにしてみよう─

 いつもアーサが「早く寝ろ早く寝ろ」と煩く言っていたのはこういうことだったのかと、口にはしないが、常にそばで護衛以上に気にかけてくれるアーサに感謝していた。
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