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223 魅了する猫
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シエルドとアーサは早朝、ボンディが持たせてくれたランチを持って、ロプモス行きの馬車に乗り込んだ。
アーサが御者台に上がり、シエルドは警戒の態勢を取る。
賊に襲われたとしても、アーサとシエルドなら十分に対抗できるので、足りない素材を採りにふたりで行くつもりだったが。
さあ行こうと馬が踏み出したとき。
「待って!待ってってばシエルーっ!」
ドレイファスとメルクル、トレモルとタンジェントが荷物を抱えて追いかけてきた。
「なんだよ、何してるんだ?」
「何って、手伝うって言ったたろう!置いていくなんて酷いじゃないか」
「いや、こんなに大人数で大袈裟にすることもないよ」
シエルドがツンとして言うが、鑑定の師でもあるタンジェントが諌める。
「シエルド様、イナゴールの襲撃があったら、みんな無関係ではいられませんよ」
「そうかもしれないけど・・・タンジェントさんまで」
「私がいれば毒草の鑑定ができますよ、シエルド様より詳しくね」
困ったようなシエルドにドレイファスがもうひと押しする。
「そうだよ、タンジーは絶対に必要だ!だからほら早く乗せて!」
サンザルブ侯爵家の紋章が彫られた馬車は決して小さなものではないが、男たち全員が乗り込むには狭い。
馬車を覗いたメルクルとタンジェントは踵を返して馬に乗って再び現れた。
「よし、出発しよう!」
元気に言い放ったドレイファスをじとりと睨んだシエルドだが、諦めて馬車にドレイファスとトレモルを乗せて、自分も御者台から車内に移り、扉を閉めた。
「ボンディが朝食とランチを持たせてくれたんだ!シエルたち朝食食べてきた?」
バスケットの一つを開けると、中から焼いた肉を挟んだブレッドを取り出し、齧り付く緊張感ゼロの通常運転のドレイファスである。
「トリィ、シエルほら!」
「しようがないから食べてやる」
素直じゃないシエルドに、トレモルが呆れ。
「お腹すいたままで行くつもりだったのか?」
「いや、ランチのブレッドは持ってきたし、なんなら早く食べてもいいと思ってたから」
「やっぱりお腹すいてたんじゃないか、つまらない抵抗しないで素直にもらえばいいのに」
ドレイファスにはツンツンするシエルドもトレモルには逆らわない。
「うん。お腹すいてたよ、ありがとう」
そう言って、がぶりと齧り付いた。
ガタガタと馬車の揺れに、ドレイファスがウトウトしている。しかし、眉間にシワを寄せ、時々呻き声を漏らすドレイファスを見て、シエルドとトレモルは不安になった。
「起こしたほうがいいかな」
「あまり酷いようなら・・・何の夢みてるんだろうな、苦しそうだ」
もっと小さな頃は皆で一つのベッドに潜り込み、一緒に寝ることもあったが、最近は全く無い。
「イナゴールの話を聞いてから怖い夢が続いて、あまり良く眠れてないみたいなんだ」
トレモルの言葉に、シエルドはドレイファスがかわいそうになった。自分ではどうしようもないスキルにより、幼少のころから不思議な夢に縛られているのだ。
結果的に美味しいものが出来たりと、いいこともたくさんあるが、悪夢続きだという今回だけは、自分のスキルでなくてよかったと安堵する。
それにドレイファスがどれほど頑張って物を作り上げても、それはいつも誰か他の者の手柄にされてしまう。
ドレイファスを守るために仕方ないとはいえ、もし自分がドレイファスの立場だとしたら、悔しくてとても笑ってなどいられないだろう。
汗を浮かべたドレイファスの額にハンカチを当ててやると、目は覚めなかったが、ほんの少し穏やかになる。
「着くまで寝かせておこう」
二人は船を漕いで眠りこけるドレイファスを暖かく見守り、トレモルはさり気なく肩を貸してやるのだった。
もぞもぞ。
─もぞもぞ?─
トレモルがその動きに違和感を感じ、目を凝らす。
─何だいまの?
「うわっ!」
ドレイファスの胸元がもぞもぞと動いたのだ。
トレモルのあげた声に目覚めたドレイファスが、ふわぁと欠伸をしながら胸のボタンを二つ外すと、ひょこりっと二匹の小さな猫が胸元から顔を出した。
「ごめん、狭かったね!うっかり寝てしまったよ」
よしよしと上着の中から顔を出す猫の頭を、撫で撫でしてやるドレイファスを見て、いや、猫の頭を見て、何故かシエルドとトレモルは頬を赤く染めた。
猫たちはその可愛らしさで、車内の人間を引き付ける。正確には『魅了』で惹きつけていた。
ドレイファスを始め、フォンブランデイル公爵家直系の者は皆、初代公爵夫人である神姫アシルライトの加護を持つので、精神操作には耐性がある。
だからドレイファスが魔猫を気に入ったのは、ただ彼らが怪我をした可愛らしい存在だったからだが、シエルドとトレモルはコロリとやられてしまった。
「「かっ、可愛いっ!抱っこさせてくれよドル」」
珍しくトレモルがシエルドより先に、サッと腕を伸ばす。
「ちょっ、トリィ!私が先だ!」
とても珍しいふたりの小競り合いが起きた理由がわからず、キョトンとしたドレイファスは、上着の中から魔猫たちを引っ張り出すと一匹ずつ抱かせてやった。
「ふわぁ!かっわいい!可愛いでちゅねえ!チュッチュッ」
トレモルはだいぶヤラレているらしく、幼児言葉で魔猫に語りかけ、それどころか、そのふさふさの額にチュッチュッとキスまでしている。
そこまでではないがシエルドも、ぎゅぅっと抱きしめて、蕩けるような顔をしていた。
「可愛いのはわかるけどふたりともちょっとおかしいんじゃないか?」
車内に対魔物に対し経験値の高いアーサかメルクルが車内にいれば、魅了だとすぐに気づいただろう。
「「おかしくなんかない!」」
「こぉんなに可愛いねこちゃん!ずっと抱っこしていたい!」
「ああ本当に!離れられなくなりそうだ」
猫に頬ずりするトレモルに引いたドレイファスは、魔猫たちをふたりから取り上げるとまた上着の中におさめてしまう。
「ひっ、酷い!なぜ抱かせてくれないんだぁ!」
どうやらトレモルは精神操作に弱いようだ。
車内から恨みがましい泣き言が聞こえたので馬車を止め、扉を開けたメルクルは、子猫を見て何が起きたのかすぐに気づいた。
勿論アーサも。
メルクルが自分のペンダントをトレモルの手に握らせ、アーサもシエルドに小さな護符を持たせる。
すると・・・
「あ、れ?」
正気に戻ったトレモルとシエルドは、キョトンとしている。
「「わたしは何を?」」
くっくっと笑うメルクルが教えてやる。
「うむ。ヌコに可愛がりの魅了をかけられたな」
「「「ヌコ?猫じゃなくて?可愛がりの魅了って何?」」」
「知らなかったか?ヌコは人間が自分を守り育てるように魅了をかけ、庇護させるのだ。一目見て、可愛くてたまらなくなったのではないか?」
トレモルは呆然とヌコを見つめていた。
「引っ掻くくらいしかできないヌコは攻撃力が低く、魔猫の中でも最も弱い生物だから生き抜くための術だ。しかしヌコの魅了は、せいぜい人間に可愛がらせて、好きな食べ物と居心地の良い空間を用意させる程度だから罪はない。それにいいこともある」
メルクルの言葉尻をシエルドが拾う。
「いいこと?」
そこからはアーサが答えた。
「ヌコは本能的に自分を守らせたい相手を選ぶと言われています。ヌコにとってドレイファス様は都合のいい宿主ですから、宿主が安寧でいられるよう何かの折にはオートバフをかけるんです」
「「「オートバフって何?」」」
宿主と言われたことは気にしなかったドレイファスも、身を乗り出した。
「たぶんヌコも無意識だと思いますが、例えば庇護主が、ドレイファス様が強い相手と戦わねばならなくなったら、宿主を守るために身体強化や素早さ、攻撃力、防御力などを支援魔法で上げてくれるんです。だからヌコに気に入られた冒険者は常に彼らをともに連れ歩くんですよ」
聞きながら上着の中からちらりと見える黒い耳を、魅了から解放された筈のシエルドが羨ましそうに見つめている。
ドレイファスはというと、ヌコが自分に守られたいと考えたらしいことを知って、うれしさを噛みしめ、ヌコたちが収まった上着のちいさな膨らみをそっと撫でてから、父に、絶対に、飼ってもいいと言わせようと決めていた。
アーサが御者台に上がり、シエルドは警戒の態勢を取る。
賊に襲われたとしても、アーサとシエルドなら十分に対抗できるので、足りない素材を採りにふたりで行くつもりだったが。
さあ行こうと馬が踏み出したとき。
「待って!待ってってばシエルーっ!」
ドレイファスとメルクル、トレモルとタンジェントが荷物を抱えて追いかけてきた。
「なんだよ、何してるんだ?」
「何って、手伝うって言ったたろう!置いていくなんて酷いじゃないか」
「いや、こんなに大人数で大袈裟にすることもないよ」
シエルドがツンとして言うが、鑑定の師でもあるタンジェントが諌める。
「シエルド様、イナゴールの襲撃があったら、みんな無関係ではいられませんよ」
「そうかもしれないけど・・・タンジェントさんまで」
「私がいれば毒草の鑑定ができますよ、シエルド様より詳しくね」
困ったようなシエルドにドレイファスがもうひと押しする。
「そうだよ、タンジーは絶対に必要だ!だからほら早く乗せて!」
サンザルブ侯爵家の紋章が彫られた馬車は決して小さなものではないが、男たち全員が乗り込むには狭い。
馬車を覗いたメルクルとタンジェントは踵を返して馬に乗って再び現れた。
「よし、出発しよう!」
元気に言い放ったドレイファスをじとりと睨んだシエルドだが、諦めて馬車にドレイファスとトレモルを乗せて、自分も御者台から車内に移り、扉を閉めた。
「ボンディが朝食とランチを持たせてくれたんだ!シエルたち朝食食べてきた?」
バスケットの一つを開けると、中から焼いた肉を挟んだブレッドを取り出し、齧り付く緊張感ゼロの通常運転のドレイファスである。
「トリィ、シエルほら!」
「しようがないから食べてやる」
素直じゃないシエルドに、トレモルが呆れ。
「お腹すいたままで行くつもりだったのか?」
「いや、ランチのブレッドは持ってきたし、なんなら早く食べてもいいと思ってたから」
「やっぱりお腹すいてたんじゃないか、つまらない抵抗しないで素直にもらえばいいのに」
ドレイファスにはツンツンするシエルドもトレモルには逆らわない。
「うん。お腹すいてたよ、ありがとう」
そう言って、がぶりと齧り付いた。
ガタガタと馬車の揺れに、ドレイファスがウトウトしている。しかし、眉間にシワを寄せ、時々呻き声を漏らすドレイファスを見て、シエルドとトレモルは不安になった。
「起こしたほうがいいかな」
「あまり酷いようなら・・・何の夢みてるんだろうな、苦しそうだ」
もっと小さな頃は皆で一つのベッドに潜り込み、一緒に寝ることもあったが、最近は全く無い。
「イナゴールの話を聞いてから怖い夢が続いて、あまり良く眠れてないみたいなんだ」
トレモルの言葉に、シエルドはドレイファスがかわいそうになった。自分ではどうしようもないスキルにより、幼少のころから不思議な夢に縛られているのだ。
結果的に美味しいものが出来たりと、いいこともたくさんあるが、悪夢続きだという今回だけは、自分のスキルでなくてよかったと安堵する。
それにドレイファスがどれほど頑張って物を作り上げても、それはいつも誰か他の者の手柄にされてしまう。
ドレイファスを守るために仕方ないとはいえ、もし自分がドレイファスの立場だとしたら、悔しくてとても笑ってなどいられないだろう。
汗を浮かべたドレイファスの額にハンカチを当ててやると、目は覚めなかったが、ほんの少し穏やかになる。
「着くまで寝かせておこう」
二人は船を漕いで眠りこけるドレイファスを暖かく見守り、トレモルはさり気なく肩を貸してやるのだった。
もぞもぞ。
─もぞもぞ?─
トレモルがその動きに違和感を感じ、目を凝らす。
─何だいまの?
「うわっ!」
ドレイファスの胸元がもぞもぞと動いたのだ。
トレモルのあげた声に目覚めたドレイファスが、ふわぁと欠伸をしながら胸のボタンを二つ外すと、ひょこりっと二匹の小さな猫が胸元から顔を出した。
「ごめん、狭かったね!うっかり寝てしまったよ」
よしよしと上着の中から顔を出す猫の頭を、撫で撫でしてやるドレイファスを見て、いや、猫の頭を見て、何故かシエルドとトレモルは頬を赤く染めた。
猫たちはその可愛らしさで、車内の人間を引き付ける。正確には『魅了』で惹きつけていた。
ドレイファスを始め、フォンブランデイル公爵家直系の者は皆、初代公爵夫人である神姫アシルライトの加護を持つので、精神操作には耐性がある。
だからドレイファスが魔猫を気に入ったのは、ただ彼らが怪我をした可愛らしい存在だったからだが、シエルドとトレモルはコロリとやられてしまった。
「「かっ、可愛いっ!抱っこさせてくれよドル」」
珍しくトレモルがシエルドより先に、サッと腕を伸ばす。
「ちょっ、トリィ!私が先だ!」
とても珍しいふたりの小競り合いが起きた理由がわからず、キョトンとしたドレイファスは、上着の中から魔猫たちを引っ張り出すと一匹ずつ抱かせてやった。
「ふわぁ!かっわいい!可愛いでちゅねえ!チュッチュッ」
トレモルはだいぶヤラレているらしく、幼児言葉で魔猫に語りかけ、それどころか、そのふさふさの額にチュッチュッとキスまでしている。
そこまでではないがシエルドも、ぎゅぅっと抱きしめて、蕩けるような顔をしていた。
「可愛いのはわかるけどふたりともちょっとおかしいんじゃないか?」
車内に対魔物に対し経験値の高いアーサかメルクルが車内にいれば、魅了だとすぐに気づいただろう。
「「おかしくなんかない!」」
「こぉんなに可愛いねこちゃん!ずっと抱っこしていたい!」
「ああ本当に!離れられなくなりそうだ」
猫に頬ずりするトレモルに引いたドレイファスは、魔猫たちをふたりから取り上げるとまた上着の中におさめてしまう。
「ひっ、酷い!なぜ抱かせてくれないんだぁ!」
どうやらトレモルは精神操作に弱いようだ。
車内から恨みがましい泣き言が聞こえたので馬車を止め、扉を開けたメルクルは、子猫を見て何が起きたのかすぐに気づいた。
勿論アーサも。
メルクルが自分のペンダントをトレモルの手に握らせ、アーサもシエルドに小さな護符を持たせる。
すると・・・
「あ、れ?」
正気に戻ったトレモルとシエルドは、キョトンとしている。
「「わたしは何を?」」
くっくっと笑うメルクルが教えてやる。
「うむ。ヌコに可愛がりの魅了をかけられたな」
「「「ヌコ?猫じゃなくて?可愛がりの魅了って何?」」」
「知らなかったか?ヌコは人間が自分を守り育てるように魅了をかけ、庇護させるのだ。一目見て、可愛くてたまらなくなったのではないか?」
トレモルは呆然とヌコを見つめていた。
「引っ掻くくらいしかできないヌコは攻撃力が低く、魔猫の中でも最も弱い生物だから生き抜くための術だ。しかしヌコの魅了は、せいぜい人間に可愛がらせて、好きな食べ物と居心地の良い空間を用意させる程度だから罪はない。それにいいこともある」
メルクルの言葉尻をシエルドが拾う。
「いいこと?」
そこからはアーサが答えた。
「ヌコは本能的に自分を守らせたい相手を選ぶと言われています。ヌコにとってドレイファス様は都合のいい宿主ですから、宿主が安寧でいられるよう何かの折にはオートバフをかけるんです」
「「「オートバフって何?」」」
宿主と言われたことは気にしなかったドレイファスも、身を乗り出した。
「たぶんヌコも無意識だと思いますが、例えば庇護主が、ドレイファス様が強い相手と戦わねばならなくなったら、宿主を守るために身体強化や素早さ、攻撃力、防御力などを支援魔法で上げてくれるんです。だからヌコに気に入られた冒険者は常に彼らをともに連れ歩くんですよ」
聞きながら上着の中からちらりと見える黒い耳を、魅了から解放された筈のシエルドが羨ましそうに見つめている。
ドレイファスはというと、ヌコが自分に守られたいと考えたらしいことを知って、うれしさを噛みしめ、ヌコたちが収まった上着のちいさな膨らみをそっと撫でてから、父に、絶対に、飼ってもいいと言わせようと決めていた。
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