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222 ドレイファス、猫を拾う

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 ロプモス山で毒草の採取を終え、シエルドがイナゴール専用の殺虫ポーションの研究を開始した翌日、ドレイファスは少しでも役に立つことがないかと、カルルドとファロー・ミースの研究室を訪ねていた。

 広い学院の中の、最も奥まったところにミースの研究室がある。生物学者で、研究対象の様々な生物、特に蜂を飼育するスペースが必要だからだ。
 蜂たちはカルルドにテイムされており、人を襲うことはないが、大量の蜂が飛び交う中を貴族の令嬢が歩くことはできないので、学院長に誰もここまでは来ないという最奥に研究室を移されていた。

 今ミース本人は研究室にはいない、国の依頼でエリンバーに行っているのだ。
 じゃあ何をしに行くかというと、留守番研究員のアラオネと、エリンバーから届いているはずの情報を確認し整理するため。




「はあ、いつも思うけど、本当にここ校舎から遠すぎるよっ!テイムされた蜂は安全なのに、院長先生ってばなんでこんな奥に」

 歩きながらドレイファスの文句を聞くカルルドは、そんなことを気にしたことはない。
蜂は確かに人を襲わないが、無駄に蜂を怖がった生徒たちが蜂を危害を与えるかもしれないから。
 蜂を危険から離してくれるなら、そのほうがカルルドも安心だった。

 ミースの研究室が見えてくる。

「何か新しい情報があるといいな」




 研究室の扉を叩くと、アラオネが開けて入れてくれる。

「先生からは何か届きましたか?」
「ええ、いろいろ届いてますが、かなりの大群らしく想定以上の広域被害になっているようです」

 カルルドとドレイファスはそれぞれにメモをとる。
アラオネの話は非常に細かく、大量のメモを書くことになったが、被害に遭っている人々を思えばとドレイファスは気力を振り絞った。

「気になることがあります。南下して一旦オレイガ国に出たのですが、そこからオレイガ国と我がゴーナとの国境沿いを西に進みだしたようなのです」
「えっ!西に?」

 ドレイファスとカルルドは顔を見合わせた。
 このままオレイガとの国境沿いに西に進むとなれば、接してはいないものの、比較的国境に近い公爵領やサンザルブ領をかすめるか、最悪襲来があるかもしれない。

 ドレイファスの目に力が戻る。
 一刻も早く屋敷に戻り、父とシエルドと相談をしなくては!
新たな被害が書き込まれた地図を写し取ると、ドレイファスは立ち上がった。

「カルディ、僕屋敷に戻るよ。アラオネさんも貴重な情報を教えてくださってありがとうございました」
「そんな畏れ多いです。ありがとうございます。お気をつけておかえりくださいませ」


 別れを告げたあと、まだ話し込むカルルドとアラオネに背を向けてドアを開け、ひとり外に踏み出した時、何か転がってきて足元に触れた。

 ─ん?毛玉?─

 小さな毛玉はドレイファスの足にその身を擦り付けて、うるうると小さな声を出している。

「これは何だ?」

 しゃがんでみると、小さな毛玉は二匹の子猫だった。
小さな身体を片手で抱き上げると、2匹とも怪我をしているようで足から出血している。

「かわいそうに、襲われて母親と逸れたのかな」

 一応周辺に親がいないか探して歩いてみたが、怪我をしたから親に捨てられたのかもしれない。 
そう気づいてしまうと置いて行くことはできなかった。

「一緒にうちに行こう。怪我の手当をしてあげるからね」

 ドレイファスはハンカチを取り出して、小さな二匹をそっと包むと抱き締めて歩き始める。

『ミ~』

 ぬくもりに包まれて安心したのか、かわいい声が聞こえると、ドレイファスの頬が緩んだ。

「うん、僕が君たちのお母様の代わりに守ってあげるよ。心配いらないからね」

 そんなことを一人喋りながらも、きょろきょろと親猫がいないか気にしながら歩いたが、とうとう馬車の車寄せに着いてしまった。
 イーガルという若手の護衛騎士が手持ち無沙汰に待っているのが見えると、ドレイファスは子猫たちをハンカチで包み直した。

「怪我が治って、ここに戻りたいと思うようになったら、ちゃんと帰してあげるから大丈夫だよ」

 仮に子猫たちが戻りたいと言ったとして、ドレイファスにそれが理解できるかはわからないが、猫たちを安心させるようにそう語りかける。
ハンカチごと上着の中に猫を入れて腕で押さえながら、単騎で馬車に帯同してきたイーガルをチラリと横目に、馬車に乗り込んだ。

『ミー』

「馬車に乗ったからね、今出してあげる」

 上着の胸からハンカチを引っ張り出すと、狭かったのかもぞもぞと動いているのが可愛らしい。

「すぐ開けるから待ってね」

 結び目を解くと、まるで「ぶはぁ」と言ったかのような顔で二匹が口を開けた。

「うんうん、狭かった、ごめんごめん」

 お腹が空いているかもしれないが、馬車には食べ物も飲み物もなにもない。

「屋敷はそんなに遠くないから、帰るまでは我慢して。着いたら治療とご飯をもらおうね」

 馬や牛、鳥と身近に動物がたくさんいるので、子猫にも躊躇いなく手をのばす。
顎の下を撫で撫ですると、子猫たちは警戒もせず気持ちよさそうに目を細めた。

 一匹は黒猫だ。体の割に長い尻尾が蠢いている。
もう一匹はまるで真ん中から線を引いたように片側が黒、もう片側がグレーの珍しい毛並みで、長い尻尾を揺らしており、二匹ともゴールドルチーラを嵌め込んだようなキラキラした金色の瞳をしている。

「すごい、綺麗!不思議な瞳だなあ」

 一時的な保護のつもりだったが、その毛並みを見ていたら自分の猫にしたいという気持ちがむくむくと湧いてくる。

「お母様だって牛を飼ってるんだし、子猫くらい飼ってもいいって言ってくれるかも」

 屋敷につくまでの時間、猫のことをどう切り出すかで頭がいっぱいになり、馬車を降りたときにはもう自分が子猫たちを飼う!という頭に切り替わっていた。

「まずは治療だね」

 公爵邸にはアコピという治療師が常駐しているが、人間でなくとも見てくれるだろうかと不安が過ぎる。
 今度は馬車を降りる前に上着を脱ぎ、その中に猫を入れてふんわりと丸めて上手に隠す。
車寄せで待機していた侍女に鞄を渡すと、レイドが追いかけてくるのも構わず、そのまま地下通路を抜けて離れへ向かった。


 アコピのもとに行くのはやめ、シエルドの研究室にあるポーションをもらうことにしたのだ。
 と言っても、シエルドはまだ帰っていないだろうから、事後承諾というやつで勝手に頂くつもりだが。

「ドレイファス様、シエルド様はお戻りではありませんよ」
「うん、いいんだいなくても。忘れ物を取りに来ただけだからちょっと待っていて」

 レイドが返事をする間もなく、ドレイファスは研究室の扉をノックする。
 が、勿論答えはないので、ノブを回して中に入り、後ろ手でドアを閉めて。
きょろりと部屋を見回し、目的のポーションを見つけて棚から取り出すと、二匹の猫の出血している傷に振りかけてやった。

 しゅうううと音が聴こえたと思うと、傷口がみるみる乾き、そのうちに塞がり始めると、子猫たちはそれぞれに毛繕いを始めて機嫌よくごろごろと喉を鳴らし始める。


「うん、これで怪我は大丈夫だ。シエルのポーションはすごく効くからね。あとはおとうさ・・父上に許してもらわないと」

 ドレイファスは、猫たちに、帰りたければ帰してやると言ったことは忘れ、一緒に暮らすためにドリアンに許可をもらうことだけを考え始めていた。
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