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220 錬金術師は考える
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ロントンは二時限目の鐘のあと、暫く経ってから教室に現れ、生徒たちに遅れたことを詫びた。
「遅れて申し訳ありません。実は私の実家の近隣がイナゴールの大群に襲われたと聞いて、実家と連絡を取っていたら遅くなってしまいました」
「え!」
声を上げてしまったドレイファスを見たロントンが説明する。
「ロントン家はエリンバーと境界を接するシュリルピン伯爵家の執事の家系で、確認したところシュリルピンでもイナゴールの被害が甚大だそうです」
深刻な顔をしており、ドレイファスたちは先程ミースの部屋でエリンバーからの伝言鳥が叫んでいたメッセージの緊迫感を、ロントンからも感じ取った。
「私が今、授業を放り出してシュリルピンに向かってもできることはたかが知れていますが、状況によっては数日お休みを頂くことになるやもしれません」
本当は今すぐに向かいたいくらいなのを我慢しているのだと、生徒たちはその胸中を慮り、おとなしくロントンの授業を受けた。
午後、なんとか授業を終えるとシエルドは馬車に飛び乗り、ドレイファスたちは今度はボルドア、ルートリアとモルトベーネも一緒にミースの研究室へと向かう。
するとミースの研究室には先客がいた。
ロントンである。
「皆さん、どうしたのです?」
「ロントン先生、エリンバーのことを報せてくれたのはカルルドくんとドレイファス様ですよ」
「ああ、そうでしたね!」
頷いているロントンを横目に、ボルドアが何気なく訊ねた。
「ドルたち、ミース先生やロントン先生より早く知ってたのか?」
「ゴホッ」
わざとらしく咳き込んだミースをちらりと見たドレイファスは、一応ミースの立場を慮った。
「うん、おと、父上のところに報せがあって、僕も知ってた。ヤンニル卿にも父上から報せてると思うよ」
「それに」
カルルドが師であるミースを庇うように付け足した。
「今イナゴールに襲われてるなんて、遠く離れた家族にいちいち知らせないと思う。こういう時はまず、国や救援を頼む貴族に連絡が鉄則だよ」
「そうか!そう言われてみればそうかも」
「まあそれだけフォンブランデイル公爵の情報収集能力が高いということだよ、ヤンニルくん」
そう言って話を終わらせたミースは、生徒たちをテーブルに案内する。
大きな地図が広げられており、赤や黄色に塗られたところはイナゴールに襲われたところだろう。
「今イナゴールは南下しており、ロントン先生のご実家があるシュリルピンは残念ながら被害が出たあとでした」
エリンバーは伝言鳥の言ったとおり、領内の三分の一という大変な被害が出ているが、シュリルピンはエリンバーに接した一部で済んでいるようだとミースが話すと、ロントンは安堵した顔をした。
エリンバーの南は国境で、次の被害はオレイガ国で既に始まっているという。
問題はオレイガ国で収まるのか、オレイガ国からまたどこかへ向かうのか。
イナゴールの襲来はスタンピードと同等の扱いで、国内の貴族たちは被災地を支援をする義務がある。その被害額を迅速に調査しなければならないため、ミースが調査員として国に招集されたことも説明された。
「先生一人で行かれるのですか?」
カルルドが訊ねると、いいやと首を振り、ロントンに視線をやる。
「土地勘のあるロントン先生を助手に連れて行く」
「そうなんだ。国からの招集なので、校長も了承された。みんなには申し訳ないが、暫く代理の先生に授業をしてもらうことになります」
集った生徒たちは、異を唱えるなどは勿論なく、皆うんうんと頷く。
「ロントン先生、ミース先生もお気をつけ下さい」
泣きそうな顔でルートリアが言うと、深刻そうな二人の教師は無理矢理作った笑みを浮かべた。
翌朝出立だというので、ミースから地図を貰い受け、ドレイファスたちは公爵家の離れへと馬車を走らせた。
その頃、シエルドは師匠ローザリオを離れの研究室に呼び付けて、エリンバーで何が起きているか、そしてイナゴールの駆除に使えそうな魔導具の相談を開始していた。
ドレイファスが描いた空飛ぶ魔導具は、ローザリオの想像を超える不思議な物だったが、自分には、いやこの世界にはまったくなかった、鳥やワイバーンのように空を飛ぶという概念に、不謹慎ながら夢中になっている。
「すごいなこれ、本当に出来たら」
「そうですね。風魔法の応用かな?」
「そうだな。しかし、これが上手くできると、例えばこの離れも結界の上を飛べることになって、具合が悪いこともあるかもしれないぞ」
ハッとするシエルドに、困ったように笑うローザリオ。
ローザリオは好奇心より神殿契約に忠実だった。
「何でも作ればいいというわけではないんだ。しかし、アイデアをそれこそ応用すればいい。そうだな、イナゴールに効く殺虫剤を作って、風魔法で空に打ち上げ、爆発させて駆除するとかはどうだ?それも空に飛ばすことに変わりないだろう?」
シエルドの納得した顔を確認すると。
「ではイナゴール用の殺虫剤と、打ち上げる為の物・・・風魔法の魔石を組み込んで、ある高さになったら破裂するように作れないか。シエルドはどちらをやりたい?」
「私は殺虫剤を作ります」
「うん、そう言うと思っていたがな。よし、早速取り掛かるぞ。これができたら他のことにも使えそうだから頑張ろう!」
魔導具作りが好きなローザリオに対し、シエルドは薬の開発が好きだ。それぞれの得意なことを上手く組み合わせることで、ローザリオの錬金術アトリエは益々繁盛し、かつて三本指と言われた錬金術師番付けのトップに躍り出たほど。
「じゃあロプモス山に採取に行ってきます!」
「今からか?」
「ダメですか?」
「・・・アーサ、どう思う?」
今からでは真っ暗になってしまう。
ロフモス山は大型の魔獣はいないし、公爵家の庭師たちが常駐しているとはいえ、採取に行く時間ではない。
護衛のアーサもローザリオと同意見だ。
「どうしてもお急ぎなら学院を休んで明朝に行かれたら如何です?今から行っても、物が見えなければいい素材も採れませんし、暗い中で毒草を摘むのは危険ですよ」
そう言われたら確かにそうだ。
ローザリオは、アーサはシエルドの扱い方が上手いと改めて思った。
「シエル?」
ノックとともに、返事を待たずドレイファスたちがぞろぞろと入ってくる。
「おお、おかえり」
「ローザリオ先生!」
ノックが続く。
今度は返事を待っているようなので、シエルドがドアを開けると、ドリアンとシエルドの父ワルター・サンザルブが立っていた。
「あれ、父上!」
「シエルド久しぶりだな、たまには屋敷に帰ってこいよ」
「え?シエル家に帰ってないの?」
ドレイファスがびっくりして声を上げると、バツの悪そうな顔でシエルドがへらりと笑う。
「帰るの面倒くさくて、ついここに」
それにはローザリオでさえ呆れた顔だ。
「食事はちゃんとしてるのか?」
「ボンディさんに食べさせてもらってるから大丈夫」
そういうことじゃないぞと、みんなの心に少し冷たい風が吹き抜けたところで。
「まあいいではないか。いずれは我が家の婿なのだ。シエルド、もしここでいつも寝泊まりしているなら、寝室を離れに設えてもいいぞ」
「いえ、ここがいいです」
「では寝台を寝心地の良いものに替えてやろう」
それはシエルドにとって良い提案だ。
枕は譲れないが、ベッドや布団がフカフカに変わるのは大賛成である。
ローザリオと素材採取の旅に出るとテントで野営することもあるので、多少狭くとも固くともベッドで寝られれば十分とも言えたが、ふかふかのベッドの方がよく眠れることは間違いない。
「ありがとうございます!助かります」
「なあシエルド、おまえ家に戻る気あるのか?」
ワルターが心配そうに訊くと、にこりとしてから答える。
「勿論ですよ、たまには帰らなくちゃと思ってます。着替えもいるし、参考書がいることもあるし」
その場に居合わせた者は皆、ワルターが気の毒になった。
ワルターは息子が大好きなのだ。
奥方と二人の息子を溺愛しているが、嫡男は早くから隣国に留学しており、めったに帰ってこない。
次男のシエルドも隣の領地ではあるが、婚約者の父であるドリアンが屋敷内に作ってくれた研究室に入り浸り。
「ん?じゃあアーサ先生はシエルドがここに泊まるときどうしてるんですか?」
「アーサは研究室のソファで寝てるよ」
けろりと言ったシエルドに、みんなは一斉に非難し始めた。
「シエルド!おまえ、アーサに対してそれはないだろう!護衛であり、おまえの魔法の師匠でもあるというのに」
ワルターがシエルドを叱ると、アーサが意外そうに反論した。
「いや、私は気にしていませんよ!冒険者時代に泊まっていた安宿のベッドより、公爵家のソファの方が寝心地いいですから」
いや、そういうことじゃないから!と、皆の目がアーサを睨んだ。
「遅れて申し訳ありません。実は私の実家の近隣がイナゴールの大群に襲われたと聞いて、実家と連絡を取っていたら遅くなってしまいました」
「え!」
声を上げてしまったドレイファスを見たロントンが説明する。
「ロントン家はエリンバーと境界を接するシュリルピン伯爵家の執事の家系で、確認したところシュリルピンでもイナゴールの被害が甚大だそうです」
深刻な顔をしており、ドレイファスたちは先程ミースの部屋でエリンバーからの伝言鳥が叫んでいたメッセージの緊迫感を、ロントンからも感じ取った。
「私が今、授業を放り出してシュリルピンに向かってもできることはたかが知れていますが、状況によっては数日お休みを頂くことになるやもしれません」
本当は今すぐに向かいたいくらいなのを我慢しているのだと、生徒たちはその胸中を慮り、おとなしくロントンの授業を受けた。
午後、なんとか授業を終えるとシエルドは馬車に飛び乗り、ドレイファスたちは今度はボルドア、ルートリアとモルトベーネも一緒にミースの研究室へと向かう。
するとミースの研究室には先客がいた。
ロントンである。
「皆さん、どうしたのです?」
「ロントン先生、エリンバーのことを報せてくれたのはカルルドくんとドレイファス様ですよ」
「ああ、そうでしたね!」
頷いているロントンを横目に、ボルドアが何気なく訊ねた。
「ドルたち、ミース先生やロントン先生より早く知ってたのか?」
「ゴホッ」
わざとらしく咳き込んだミースをちらりと見たドレイファスは、一応ミースの立場を慮った。
「うん、おと、父上のところに報せがあって、僕も知ってた。ヤンニル卿にも父上から報せてると思うよ」
「それに」
カルルドが師であるミースを庇うように付け足した。
「今イナゴールに襲われてるなんて、遠く離れた家族にいちいち知らせないと思う。こういう時はまず、国や救援を頼む貴族に連絡が鉄則だよ」
「そうか!そう言われてみればそうかも」
「まあそれだけフォンブランデイル公爵の情報収集能力が高いということだよ、ヤンニルくん」
そう言って話を終わらせたミースは、生徒たちをテーブルに案内する。
大きな地図が広げられており、赤や黄色に塗られたところはイナゴールに襲われたところだろう。
「今イナゴールは南下しており、ロントン先生のご実家があるシュリルピンは残念ながら被害が出たあとでした」
エリンバーは伝言鳥の言ったとおり、領内の三分の一という大変な被害が出ているが、シュリルピンはエリンバーに接した一部で済んでいるようだとミースが話すと、ロントンは安堵した顔をした。
エリンバーの南は国境で、次の被害はオレイガ国で既に始まっているという。
問題はオレイガ国で収まるのか、オレイガ国からまたどこかへ向かうのか。
イナゴールの襲来はスタンピードと同等の扱いで、国内の貴族たちは被災地を支援をする義務がある。その被害額を迅速に調査しなければならないため、ミースが調査員として国に招集されたことも説明された。
「先生一人で行かれるのですか?」
カルルドが訊ねると、いいやと首を振り、ロントンに視線をやる。
「土地勘のあるロントン先生を助手に連れて行く」
「そうなんだ。国からの招集なので、校長も了承された。みんなには申し訳ないが、暫く代理の先生に授業をしてもらうことになります」
集った生徒たちは、異を唱えるなどは勿論なく、皆うんうんと頷く。
「ロントン先生、ミース先生もお気をつけ下さい」
泣きそうな顔でルートリアが言うと、深刻そうな二人の教師は無理矢理作った笑みを浮かべた。
翌朝出立だというので、ミースから地図を貰い受け、ドレイファスたちは公爵家の離れへと馬車を走らせた。
その頃、シエルドは師匠ローザリオを離れの研究室に呼び付けて、エリンバーで何が起きているか、そしてイナゴールの駆除に使えそうな魔導具の相談を開始していた。
ドレイファスが描いた空飛ぶ魔導具は、ローザリオの想像を超える不思議な物だったが、自分には、いやこの世界にはまったくなかった、鳥やワイバーンのように空を飛ぶという概念に、不謹慎ながら夢中になっている。
「すごいなこれ、本当に出来たら」
「そうですね。風魔法の応用かな?」
「そうだな。しかし、これが上手くできると、例えばこの離れも結界の上を飛べることになって、具合が悪いこともあるかもしれないぞ」
ハッとするシエルドに、困ったように笑うローザリオ。
ローザリオは好奇心より神殿契約に忠実だった。
「何でも作ればいいというわけではないんだ。しかし、アイデアをそれこそ応用すればいい。そうだな、イナゴールに効く殺虫剤を作って、風魔法で空に打ち上げ、爆発させて駆除するとかはどうだ?それも空に飛ばすことに変わりないだろう?」
シエルドの納得した顔を確認すると。
「ではイナゴール用の殺虫剤と、打ち上げる為の物・・・風魔法の魔石を組み込んで、ある高さになったら破裂するように作れないか。シエルドはどちらをやりたい?」
「私は殺虫剤を作ります」
「うん、そう言うと思っていたがな。よし、早速取り掛かるぞ。これができたら他のことにも使えそうだから頑張ろう!」
魔導具作りが好きなローザリオに対し、シエルドは薬の開発が好きだ。それぞれの得意なことを上手く組み合わせることで、ローザリオの錬金術アトリエは益々繁盛し、かつて三本指と言われた錬金術師番付けのトップに躍り出たほど。
「じゃあロプモス山に採取に行ってきます!」
「今からか?」
「ダメですか?」
「・・・アーサ、どう思う?」
今からでは真っ暗になってしまう。
ロフモス山は大型の魔獣はいないし、公爵家の庭師たちが常駐しているとはいえ、採取に行く時間ではない。
護衛のアーサもローザリオと同意見だ。
「どうしてもお急ぎなら学院を休んで明朝に行かれたら如何です?今から行っても、物が見えなければいい素材も採れませんし、暗い中で毒草を摘むのは危険ですよ」
そう言われたら確かにそうだ。
ローザリオは、アーサはシエルドの扱い方が上手いと改めて思った。
「シエル?」
ノックとともに、返事を待たずドレイファスたちがぞろぞろと入ってくる。
「おお、おかえり」
「ローザリオ先生!」
ノックが続く。
今度は返事を待っているようなので、シエルドがドアを開けると、ドリアンとシエルドの父ワルター・サンザルブが立っていた。
「あれ、父上!」
「シエルド久しぶりだな、たまには屋敷に帰ってこいよ」
「え?シエル家に帰ってないの?」
ドレイファスがびっくりして声を上げると、バツの悪そうな顔でシエルドがへらりと笑う。
「帰るの面倒くさくて、ついここに」
それにはローザリオでさえ呆れた顔だ。
「食事はちゃんとしてるのか?」
「ボンディさんに食べさせてもらってるから大丈夫」
そういうことじゃないぞと、みんなの心に少し冷たい風が吹き抜けたところで。
「まあいいではないか。いずれは我が家の婿なのだ。シエルド、もしここでいつも寝泊まりしているなら、寝室を離れに設えてもいいぞ」
「いえ、ここがいいです」
「では寝台を寝心地の良いものに替えてやろう」
それはシエルドにとって良い提案だ。
枕は譲れないが、ベッドや布団がフカフカに変わるのは大賛成である。
ローザリオと素材採取の旅に出るとテントで野営することもあるので、多少狭くとも固くともベッドで寝られれば十分とも言えたが、ふかふかのベッドの方がよく眠れることは間違いない。
「ありがとうございます!助かります」
「なあシエルド、おまえ家に戻る気あるのか?」
ワルターが心配そうに訊くと、にこりとしてから答える。
「勿論ですよ、たまには帰らなくちゃと思ってます。着替えもいるし、参考書がいることもあるし」
その場に居合わせた者は皆、ワルターが気の毒になった。
ワルターは息子が大好きなのだ。
奥方と二人の息子を溺愛しているが、嫡男は早くから隣国に留学しており、めったに帰ってこない。
次男のシエルドも隣の領地ではあるが、婚約者の父であるドリアンが屋敷内に作ってくれた研究室に入り浸り。
「ん?じゃあアーサ先生はシエルドがここに泊まるときどうしてるんですか?」
「アーサは研究室のソファで寝てるよ」
けろりと言ったシエルドに、みんなは一斉に非難し始めた。
「シエルド!おまえ、アーサに対してそれはないだろう!護衛であり、おまえの魔法の師匠でもあるというのに」
ワルターがシエルドを叱ると、アーサが意外そうに反論した。
「いや、私は気にしていませんよ!冒険者時代に泊まっていた安宿のベッドより、公爵家のソファの方が寝心地いいですから」
いや、そういうことじゃないから!と、皆の目がアーサを睨んだ。
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