神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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219 悪い蝗の噂

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 コンコンコン!

 学院の奥にあるミースの研究室の扉が慌ただしくノックされる。

「開いているぞ」

 言ったか言わないかというタイミングでドアが開き、カルルドと仲間たちが飛び込んで来た。

「お!おはよう。もう授業が始まる時間だぞカルルドくん」
「それどころじゃないんです、先生!イナゴールの話は聞きましたか?」
「ロイジャー国に大群が現れた話かね?」
「違います、エリンバーですよ」
「何っ?いつだ?いつそれを知った?」

 カルルドがドレイファスを見る。

「あの、昨日の朝、ぼ、私の父からです」
「フォンブランデイル公爵様からでしたか!」
「はいっ。関係の深い貴族家には父から伝言鳥を飛ばすと言っていましたが、今日学院に行ったらみんなにも教えるようにと」
「そうか、それは貴重な報せをありがとうございます!
 そういえば昨日、伝言鳥が何度か来ていたな。ちょうどワイルドワインドビーを怒らせて、聞き取れないうちに消えてしまったんだが、まさかアレか⁉ああ、私としたことがなんてことだ」

 ミースは誰かが自分に伝言鳥を飛ばしてイナゴールの襲来を知らせてくれていたにも関わらず、大切な伝言を聞きそびれてしまったと嘆く。

「いや、そんなことを言っている場合ではないぞ!エリンバーにイナゴールが留まっているとしたら、エリンバーは大変な被害になるやもしれん」


 ミースは矢継ぎ早に伝言鳥を飛ばし始めた。

 光の鳥が生まれ、ミースの手から飛ばされると、新たな光の鳥がミースの前に次々現れる。


「ビュラスだ、こちらは無事」
「アランフェ、こちらは無事」
「ドーシャは無事」

 「こちらエリンバー。大変な事態だ。昨日の明け方からイナゴールが襲来、既にエリンバー領の三分の一は食べ尽くされたかもしれない。しかし、今朝方からイナゴールの一部が南に飛び立ち始めた。ここでの被害は終息するかもしれないが・・・相当な復旧支援が必要だ。誰に頼めばいい?エリンバー子爵家は右往左往して事態に対応できず、領民は茫然自失状態だ。頼む!手を差し伸べてほしい」

 ハッとしたミースが思わず伝言鳥に手を伸ばしたが、ゆらりとゆれて消えていく。

「ああっ!待てっ待ってくれ!」

 掴めるはずもないが、反射的に掴もうとしてスカッと空振りをするミース。

「今の聞いたかね?」
「はいっ、エリンバーから南下し始めたと言ってました」
「うむ。だとしたらオレイガ国に行く可能性が高いな。報せてやらねば」

 また伝言鳥を出して、イナゴールの大群が行くかもしれないと話しかけている。

「で、でも行くかどうかまだわからないのに」

 ドレイファスの焦った声に、振り向いたミースは口角を上げて薄っすら笑って言う。

「良いのですよ。何の準備もないままで来られるより、備えても来なかったという方が、余程いい」

 その言葉にミースの研究室に集まっていた令息たちは、納得してなるほどと頷いた。

「さてカルルドくん!」
「はいっ、何を手伝いますか?」
「うん、先ずは」

 固唾を飲んで次の言葉を待つ。

「授業を受けてきたまえ!」
「はっ、はあ?」
「はあではない。君たちなら多少サボっても問題はないだろうが、差し当たり今すぐ君たちにできることはないからな。放課後までに情報をまとめておくから、帰る前に寄ってくれ。ええとドレイファス様!」

 ミースとドレイファスは、カルルドのトロンビーを一緒に見てから旧知の仲である。
 しかし、くん付けのカルルドとは違い、ドレイファスは様付けで呼んでいた。

「お父上に情報提供のお礼と、こちらからも生物学者ならではの情報提供をさせていただきたいので、放課後もカルルドくんとお立ち寄り願えますか?」

「勿論です!」

 ミースは満足そうに微笑み、表情をがらりと引き締めるとみんなを教室へと駆り出した。




 クラスに戻ると、まだ一限目の授業中であった。

「じきに終わるからキリのいいところまでここで待とうよ」

 シエルドが提案すると、なんとなくそうしようと纏まった。




「放課後、ミース先生のところに私も行くよ」
「私も行く。ロンドリンはイナゴールには寒すぎるみたいだけど、心配だし」

 シエルドとアラミスも共にイナゴールに関わる気持ちを固めているようだ。

「そうだシエルに見てほしいものがあるんだ」

 ドレイファスは、貴族には自分の気持ちより優先しなくてはならないことがあると理解している。大事の前にあっては自分のもやもやなど小さなことに過ぎない。シエルドの手を借りて、少しでも国のために役に立つよう行動するのだと。
 廊下の隅に固まって、ドレイファスが紙切れをポケットから引っ張り出した。

「イナゴールの夢を視たときに、こんな魔導具が飛びながら何か撒いていてね、そしたらバタバタとイナゴールが落ちて行った!」
「あっちの世界にもいるんだな。しかし飛ぶのか、これが?」
「うん」
「飛びながら何か撒く?それでイナゴールが駆除できるってこと?魔虫除けじゃなくて駆除?」
「うーん、そう言われると自信がないけど、たぶん落ちて死んでたと思う」
「そうか、そういうものがあるんだな!忌避剤じゃなくて、殺虫みたいな」

 ポケットからペンを取り出したシエルドは、もらった紙切れに聞いた情報を書き込んでいく。

「やっぱり私は授業が終わったら先に帰るよ。公爵家の研究室に師匠に来てもらうから、ミース先生の話を聞いたら来てくれないか?カルディも」

「「わかった!」」

 サクサクとやるべきことに向かって筋道を立てていけるようになったドレイファス団の少年たちは、確実に成長していた。





 終了のベルが鳴り、ドアが開いてジョルト・ロントン先生が出てくると、四人の生徒が待ち受けていた。

「おや?一限目はどうされました?いらっしゃらなかったので心配したのですよ」
「申し訳ございませんでした。エリンバーでイナゴールの大群が出たため、ミース先生のところにお知らせに行っていて遅刻しました」

 カルルドが整然と説明すると、ロントンの顔色が変わる。

「え、エリンバーでっ?それは本当ですか?」
「はい、先程ミース先生が飛ばされた伝言鳥に戻ってきた返事にもエリンバーからのものがありましたが、領地の三分の一が被害にあったと言ってました」
「なんと!本当に?私には報せが来ていないが・・・報せる余裕もないほど急な被害ということか?だとしたらこうしてはいられない!
 申し訳ないが、もしかしたら二時限目に少し遅れるかもしれませんが、そのときは自習するようお願いします」

 ぶつぶつと独り言を言ったあと、そう告げたロントンが真っ青な顔で走っていく。

「先生どうしたんだろう?」
「知り合いがエリンバーにいるんじゃないか?」
「そうかも知れないな、あの心配そうな様子は普通じゃない」

 顔を見合わせた後、ざわつく教室へと入っていくとボルドアが、そしてルートリアとモルトベーネが駆け寄って来た。

「おはよう!遅れてごめんね」

 なにか言われる前に先に謝ってしまう。

「何かありましたの?」
「ルーティーはお父上様から聞いてない?イナゴールのこと」
「いえ、特には」

 ルートリアとドレイファスの会話に食いついたのは、モルトベーネである。

「ドル様、イナゴールってまさか」
「うん、大群がエリンバーを襲ったんだよ」
「大変だわ!」

 モルトベーネの実家があるソイラス領は、かつてイナゴールに襲われたことがある。それはモルトベーネが生まれる遥か前のことだが、領内では忘れることがないように、ただの昔話ではなく、現実の驚異としてこどもたちにも教えこんでいる。

「お父様たちにもお知らせしなくちゃ!」
「たぶんうちの父上から伝言鳥が飛んだと思う」
「まあ!ありがとうございます。知ったからと言って、できることは少ないのですけど、ソイラス領ではイナゴールの情報が出たら、収穫できるものは早めに採って石造りの倉庫にしまえと言われているんです。きっと今頃ソイラスは大騒ぎでしょう」

 何となく大変そうと思っていたアラミスは、モルトベーネの話を聞いて初めて、イナゴールの怖ろしさを現実のものとして感じることができたのだった。
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