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217 悪夢1

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 カイドがワゴンに十冊以上の紙綴りを乗せて戻ってくると、既にマトレイドはおらず、ハルーサとドレイファスは真剣に話し込んでいた。

「お待たせしました」
「ああ、では手分けして目を通そう!」

 ルジーがハルーサより早く一冊手に取ったのでカイドが驚いていると、ハルーサが状況を説明してやる。

「なんと!てっきり学院の課題かと思っていたが、大群が現れたのか!私も手伝わせてくたさい」

 そうドレイファスに言うが早いか、カイドとハルーサも積まれた一冊を手に取ってパラパラと捲り始める。
ドレイファスも後れを取るわけにはいかぬと、一冊引き寄せてページを捲った。



「やっぱりイナゴールの数が多すぎて、超広域魔法が使える魔法使いが数人いて、初めて駆除できるようですね」
「超広域魔法?」

 みんな言葉は聞いたことがあるが、実際見たことは誰もない。
そんな魔法は、国同士の戦争でもない限り、使う機会はないから。

「そんな魔法が使える人って、本当にいるのかな」

 ドレイファスが疑問を口にする。

「魔導部隊にいるとは言われているが、本当のことはわからん」

 シエルドの護衛アーサ・オウサルガに魔力の流れの調整方法を教わるまで、魔法がなかなかうまく使えなかったルジーは、本当は魔導師になりたかった。
 魔導部隊にはこどもの頃から興味があり、様々な逸話は知っていたが、それが真実か御伽噺なのかは今となってはわからない。
 真実ならイナゴールの大群など彼らが行けば簡単に討伐できると思うのに、それをしないのは、できないからではないかと疑いを持つようになったのだ。
 つまり、まことしやかに流れる魔導部隊の活躍話は、人々に憧れを植え付けるためのプロパガンダ。

 ルジーはこども時代の憧れを封印し、冷めた目で魔導部隊の活躍について書かれたページを眺めていた。



「あっ!これミース先生が書いたものだ」
「ミース先生?」
「ファロー・ミース先生だよ!学院の先生で、カルディとトロンビーの共同研究をしてる生物学者」

 ハルーサは著者を知っていると聞いて興味津々。

「すごいですね!著者をご存知だなんて」
「ハルーサたちも学院に通ってたでしょう?僕はまだ習ってないし、カルディとのことで顔を合わせるくらいだから、よく知らないよ」



 何事も初志貫徹と決めたのだが、ドレイファスは少し飽き始めていた。
 ファロー・ミースが書いた書物なら、明日学院でミースに質問したほうが早いのではないかと思いつくと、目の前に積まれた綴りに手を出す気力が消え失せる。

「この紙綴り、暫く借りてもいいかな?」

 少し休みたくなったドレイファスは、カイドにおねだりをした。

「ええ、私やハルーサならいざ知らず、いきなりこんな何冊も読み終えるなんて難しいですからね」

 さりげないカイドの自慢をスルーして、ドレイファスはテーブルに散らかった紙綴りを自分でワゴンに乗せると、ギッと車輪が音を立てるほど押して方向を変える。

「それじゃまた後でくるよ」

 自分がワゴンを押そうと手を伸ばしたレイドにも首を振り、ドレイファスは自分でガラガラとワゴンを押して歩く。
僅かに生まれていた眠気も誤魔化すことが出来た。

 部屋に戻ると、眠気に任せて横になり、昼寝を堪能する。
堪能するというのは正確ではない。
夢を見たから。

 その夢は、いつものように美味しそうな素敵な夢ではなかった。

 信じられないほどの飛蝗の大群が空を黒く塗り替えたと思うと、地上に降りて、あっという間に草木を食べ尽くしていくのだ。


 ─う、うそ!なんだこの凄まじい虫たちは─


 目の前にあった緑は瞬時に消え失せ、荒涼と化した所は今年の収穫は絶望だろうとドレイファスにも見てわかるほど。

 その光景は書物を読んで想像したものを遥かに凌駕し、ドレイファスを衝撃の渦に突き落とす。

 ─ゾゾッ─

 ドレイファスは凄まじい羽音と、草木を食べ尽くしていく咀嚼音に怖気を感じ、思わず腕を擦る。

 ─こんなのがもし領地に・・・僕の畑に来たら─

 怖ろしさに震えを感じ・・・震えを・・・目眩も?


「あ」


 目を開けると、ルジーがドレイファスを揺さぶっていた。

「大丈夫か?魘されていたから起こしたんだが」
「すごく怖い夢だったんだ。起こしてくれてありがとうルジー」


 かろうじて礼を言うが、夢の衝撃が大きすぎて、まだ笑うことはできそうになく。
しょんぼりとした姿に気づいたルジーは、そっと寄り添って背中を撫でてやる。

「あれ、そういえばレイドは?」
「ん、交代した」
「え?もうそんな時間?」
「ああ。いつまでも寝てるようだったから見に来たら、額に汗を浮かべてウンウン言ってた」
「・・・そっか・・」
「そんなに怖い夢だったのか?」

 ルジーがそっと頭を撫でる。
ルジーはドレイファスの髪の感触が好きなのだ。久しぶりに触れたそれは相変わらず美味しい柔らかくて靭やかで、指先が喜んでいる気がした。

「・・視えたんだ。イナゴールの大群が食い尽くすのが」

 ドレイファスの声が微かに震えている。

「凄まじかった。本当に何もかも草木一本残さないんだよ。しかもあっという間なんだ」

 絞り出すようにそう言うと、夢の中と同じように、強烈な怖気が襲ってきて思わず腕を強くさする。
それはドレイファスにしてはかなり珍しい仕草だ。ルジーも不安にかられた。

「あんなのがエリンバーを襲っているなんて、エリンバーは大丈夫なのかな」
「どうだろうな・・・。イナゴールの大群に襲われたところはもれなく酷い飢饉に陥るから、王家や他の領主たちが助け合って支援すると聞いているが」

 農会が盛んな婚家サイルズ男爵の後継者教育で、そう聞かされていたことを思い出し、小さくとも緑豊かなサイルズにイナゴールが襲来したらと、ルジーはぶるりと震えた。

「エリンバーからどこに向かうんだろうな」
「うん、こっちに来たりしないかな?」

 不安そうな碧い瞳を安心させたいと思うが、ルジーも無責任に大丈夫とは言えない。
 植物を食べ尽くしながらのイナゴールたちの移動距離は半端ないのだ。国境を跨ぐなんて当たり前、海をも越え、数カ国の被害が出ることもあるのだから、油断はできない。

「来ないことを祈るしかない。メイベルたちにもイナゴールとエリンバーへの支援を知らせないと」
「うん、そうだね。伝言鳥使えるんだっけ?」

 ドレイファスは最近伝言鳥の魔法を覚えたところである。ルジーは・・・

「実はできるようになったんだ、ほら」

 くふふとうれしそうに笑うと、掌から光の鳥を呼び出して、メイベルへ言付けを飛ばした。
と思うと、ルジーの前に光の鳥が現れ、口を開く。

『知らせてくれてありがとう。すぐ調べてみるわ。相談したいからなるべく早く帰ってきて』

「メイベルの声だ!メイベル~」

 大好きな声を聞いて辛そうな表情が掻き消え、うれしそうに消えゆく伝言鳥に手を振るドレイファスが相変わらず可愛くて、ルジーは帰ったら妻メイベルに教えてやろうとほくそ笑む。

「あーあ、消えちゃった」
「ドレイファス様も何か飛ばしたらいいじゃないか」
「ええ?用事もないのに?」
「用がなくとも何でも、ドレイファス様からならメイベルは大喜びするぞ」

 そうかなーなどと呟きながら、ドレイファスは本当に伝言鳥を呼び出した。

『メイベル久しぶり。イナゴール心配だよ。お互い注意しよう!あと久しぶりに会いたいな、双子ちゃんたちにも』

 光の鳥が消えたと思うと、瞬時に新たな光の鳥が現れ!

『ドレイファスさまーっ!お元気でいらっしゃいますかーっ?私もお会いしたい、お会いしたい、すっごくお会いしたいデッスーッッッ!』

 メイベルの叫び声を淡々と告げる光の鳥のギャップに、ルジーとドレイファスは漸く笑うことができたのだった。
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