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213 公子は繊細なわけではない

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「シエルすごい・・・」

 ハンドルもなく形は違うものの、ドレイファスのメモを元に、同じようなものをいとも簡単に・・・・・・作り出したのだ。

「出来上がりがこれでいいなら、私が・・もっと使いやすく改良してから渡そう」

 ヘヘン!という顔で言われたドレイファスは、またもシエルドに差をつけられた気がして、ひっそりと落ち込む。

「で。これをどうするんだ?ドル?ドル大丈夫か?」

 ぼんやりとしたドレイファスを覗き込むシエルドに、

「あ、ああ。何でもないよ。うん、それはボンディのところにあるペリルの汁をかけて食べるんだ」
「じゃあ厨房に行こう!」

 氷の削りカス・・かき氷の入った器を抱え、空いた手でシエルドがドレイファスの背を押す。

 ドレイファスはさっきまでの高揚感が急に萎んでいくのを感じていた。



「ボンディさん!」
「シエルド様おはようございます。おやそれは?」
「ドルが視たやつですよ、ペリルの汁をかけて食べるって」

 差し出された器の中を見たボンディは、それが氷だとは気づかない。

「これ、何です?」
「氷の削りカス」
「あっ、さっきの?じゃあ早速あれをかけてみましょう!」

 ボンディとシエルドがポンポンと話を先に進めていくのを、ドレイファスは遠くを見るように見つめていた。
 いや、話に入っていけない自分から、目を背けたい気持ちが、意識を遠のかせたのだ。

 ペリルの汁をボンディがとろりと氷にかけると、じわりと溶けて沈み込んでいく。
しかし小山の形を保つそれを、ボンディがドレイファスに見せるとその焦点が合っていないことに初めて気がついた。


「ド、ドレイファス様どうなさいました?お加減が悪いのですか?レイドっ」
「いや、今日もすごく元気でいらした」
「そうだよ、私のところに来たときも元気っ?」


 異変に気づいたシエルドもおろおろと慌て始め、ボンディが治療師のアコピを呼ぼうと騒ぎ出した時。

「どうした?」

 通りがかったルジーが騒ぎに気づいて顔を出す。

「ルジー!ドレイファス様の様子がおかしいんだっ」

 ボンディの声にハッとしてルジーが厨房に飛び込むと、皆の声が聞こえていないようなドレイファスが立ち尽くしていた。

「ドレイファス様っ!」

 ルジーが碧い瞳の前に手を翳し、反応を見てから小さな頃のように抱き上げると、ずっしりと重くなって成長を感じさせたがそのまま本館へと運んでいく。

「レイド、アコピ様をドレイファス様の部屋へお連れしてくれ」と言い残して。




 地下通路をドレイファスを抱えたルジーが歩く。

「ドレイファス様、聞こえているんだろう?ふたりしかいないから大丈夫だぞ」

 薄暗がりの中、すべてを見通したルジーが語りかけると、パチパチと目を瞬いたドレイファスが悲しそうな顔で「うん」と言った。

「どうした?何があった?」
「ぼ、ぼく、わ、わたしはダメなんだ」
「なんだ、何がダメなのか話してみろ」


「・・・・シエルには一生勝てない」


 それはルジーも予想外の弱音。
 いや、この事態の理由がそれか!と思わず笑ってしまいそうになったが、泣きそうな顔のドレイファスを見て気持ちを切り替える。

「別に、シエルド様と勝ち負けする間柄じゃないだろう?」
「でも今までシエルに勝てたこと、一個もない」

 ルジーの鼻がピクついてしまう。

「勉強でも魔法でもなんでも」
「・・・シエルド様は剣術はあまり得意じゃないと聞くが」
「剣術はトリィとラスとボルディには絶対勝てない」


 ─なんだこれは!一体何をしたらここまで全方向で凹むんだ?─


 ドレイファスのメンタルが特別弱いわけではない。
 ただ、なんというか、勉強も剣術も魔法も、何をやっても一番になれるものがなく、しかもまだボクとかオカアサマとか言ってるのかと揶揄されたことでいろいろ拗れてしまったのだ。
 かき氷の夢は浮上のきっかけだったが、それすらシエルドがかーんたんにやってのけたものだから、一気に落ちてしまった。

 とりあえずルジーはドレイファスを部屋で休ませてから、体調はアコピに委ね、トレモルの元へ行くことにする。




「トレモル様」

 既に鍛錬場でワーキュロイと剣の稽古に打ち込むトレモルは、汗をポタポタと落としながら振り向くとペコリと頭を下げる。

「少し話したいんだが」
「じゃあここまでにするか」

 ワーキュロイが汗を拭いながら、トレモルの肩をポンポンと叩くと、トレモルも頷いた。

「よかったらワーキュロイ様も一緒に聞いてくれないだろうか?」







「え?じゃシエルや私たちに勝てないって落ち込んでいるんですか?」
「どうやらそうみたいなんだ」

 トレモルの視線が左右に揺れる。

「・・・最近、シエルがドルをからかうことが多くて」
「どんなことでからかうんだ?」

 鋭い目のワーキュロイが訊く。

「最近みんな、自分を私というようになったんですが」
「あ、ああ、そういう年頃だよな」

 わかるわかるとワーキュロイとルジーが頷きあう。

「それでまだボクって言ってるとか、そういうヤツか?」
「そうですね・・・でもそこまで気にするとは。それならドルもに変えればいいだけだし」

 困惑したようにトレモルの眉が寄るのを見て

「それは違うと思うぞトレモル。対面を重んじる貴族にとって、出遅れるというのはなかなかにキツいぞ。だからわかっていても簡単にはできないんじゃないか」
「まっ、まあそうかもですが」
「ドレイファス様は出遅れて焦っているところをからかわれて、馬鹿にされたと感じたんだろう。自分の存在価値を見出す夢視もシエルド様が簡単に片付けてしまう。
何をやっても二番手以上になれない。それで自分はダメだと強く思い込んでしまったのかもしれないぞ。
ひとの思いの大きさや深さは人それぞれだ。自分の価値観に当てはめようとしてはダメだ」

 ワーキュロイがトレモルを諌めると、師匠の言葉に素直に俯いた。

「ましてトレモルはドレイファス様をお護りする護衛になるのだろう?護衛はただ武力で攻撃を加える外敵を力で排するだけではないぞ!シエルド様の件は攻撃ではないが・・今後社交に出られるようになったとき、ドレイファス様が受けるあらゆる攻撃からお護りするために、トレモルももっと心の柔軟さを養い、感度をあげなくては勤まらん!」

 ワーキュロイの言葉は厳しかった。
しかしドレイファスを護衛する騎士になると幼少から決めているトレモルには、重要なアドバイスである。

「ドルに謝ります・・・」

「ん。いやぁ、今は謝るタイミングじゃないと思うんだよな」

 俯くトレモルにかけられた、思いがけないルジーの言葉に顔を上げる。

「だってなぁ、からかわれたことが原因で体調崩したなんてまわりに知られたら、立つ瀬がないというかだなあ。私なら恥ずかしくて二度と外に出たくなくなりそうだ」
「うむ。言えてるな」
「様子を見ながら、大小様々に自信を取り戻してもらってドレイファス様が浮上したら、あの時はごめんくらいのほうが受け入れやすいかもしれんぞ」

 さすがドレイファスの機微を知り尽くしたルジーである。

「ただシエルド様には少し注意をしてほしい。ドレイファス様がシエルド様に勝てないと言って落ち込んだのは、今回が初めてじゃない。親戚でもあるシエルド様は特に意識してしまうらしく、距離を開けられていると思い込んでいて、ずっと追いかけ続けている。
シエルド様も誰よりも近しく親しいからこそ、いろいろと軽く言ってしまうのだろうが、市井で様々な人間関係を経験しているシエルド様が相手では、純粋培養のドレイファス様では太刀打ちできんだろう?
憐れむとか謝るとかじゃなくてだな、あーっ。こういうときなんて言えばいいんだワーキュロイサマ?」
「えっ、ここで私に振るのか?ハァ。・・・そうだな、聞いているとシエルド様も結構こどもっぽいから、トレモルがそう言ってやればいいんじゃないか?ガキみたいにからかってるけど、そういうおまえの態度の方がガキっぽいぞみたいな。どうだ?」

 手のひらを叩いてポンと音を立てたルジーがニヤリとする。

「自信満々だから、効くかもな。それはローザリオ様よりトレモル様に言われるほうがいいかな?でもローザリオ様からも釘を差してもらうか」

 今すぐにドレイファスを元気にする特効薬は思いつかなかったが。
 これ以上拗れさせないように、大人たちのアドバイスを聞いてドレイファスを守るんだ!と、気遣いが足りなかったことを反省したトレモルは手を握りしめていた。
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