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212  氷削り

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 ─ガリガリッガリッ、ガッ!─

 たいして大きいわけではない衝撃音がドレイファスの耳に届く。

 ─この音って─

 音の聞こえる方に目を凝らすと、女性が何かを回している。

 シャッシャッ

 音が変わり、覗き込んだドレイファスは、魔道具から白い削りカスが吐き出されて来るのをみることができた。

 女性は洞から削りカスが小山になった椀を引き出すと、赤い液体をとろりと回しかけると、トレーに乗せて持ち、どこかへ運んで行く。
 戻ってくると女性が魔道具の蓋を開けたので、ドレイファスの視線が魔道具の中を舐め回していく。

 ─あれ?─

 魔道具だと思っていたが・・・
ミルケラたちの作業やローザリオとシエルドが設計図を引くところをいつも見ているせいか、その作りは機能に合わせた比較的シンプルなものだと、ドレイファスにも知ることができた。

 小さな刃物が円形の入れ物の下に設えられて、そこに小さく砕けた氷がいくつか。そしてぱかりと開けられたままの蓋には魔獣の爪のようなものがついていて、女性が蓋に触れるとその反動でハンドルが揺れ、爪ごとグルリと動いたのがわかる。

 ─蓋に取り付けたハンドルが動くと、蓋の内側の爪も動くんだ・・?─

 女性が新たな氷を器に投入して、また蓋をする。カチンと閉まる音がしたと思うと、ハンドルを握って回し始めた。

 洞に置かれた器に落ちてくる氷の削りカスは、ハンドルを回すと爪が刺さった氷が回ってあの刃物で削られているのかもしれないと、ドレイファスは推理する。
 不思議なことにハンドルを回すほど、それが下がっていくように見えるのだ。

 ─どういう作りなんだろう?─

 ガリガリッ、シャッシャッ

 いつの間にか音が小さくなって、器に氷の小山が作られている。
そしてまた、あの赤い液体をとろりと回しかけた。

 鍋の中にあった液体は残りも少なそうに見えるが、女性は蓋を閉めて、また氷をどこかへ運んでいく。


 戻って来ると、次に小さな鍋を取り出した、
ペリルのヘタを取ったものと、レモルの絞り汁にサトー粉を調理台に並べている。
そして小鍋に三つすべてをいれ、火にかけた。

 グツグツと音がするまで煮込んでいる。
灰汁が浮くと掬って捨てて、出なくなるまで続けたあと、火を止めた。
鍋を傾けるとペリルだったものはいつしか崩れて、赤いドロリとした液体に変わっている。

 ─あれが氷にかけた液体!─

 ドレイファスの世界ではわざわざ氷を食べる習慣がないので、イメージが湧かないのだが、それがペリル尽くし・・・・・・ともなれば話は別だ。
 最近ミロンに夢中のドレイファスだが、もともとはペリルがナンバーワンの好物だったのだから。


 鍋を火から下ろして冷めたものは、艷やかでペリルの濃厚な甘い香りがふわりと漂う。


 ─飲んでも美味しそうだ!すっごく濃い果実水?─


 果実水は果実を絞って水で薄めたものである。
果実が採れたときに一気に絞り、カサ増しするために水で薄めて瓶で保存する。そうすることで長い期間飲むことができた。

 サトー粉が入り、煮詰められたそれは果実水よりもずっと美味しそうだと、ドレイファスは味を想像してニヤリとする。

 ─泡の水にいれても美味しそうだなあ─

 食いしん坊の想像力は果てしなく広がっていくのだ。


 女性がまた氷を削り始めた。そして冷ましたばかりのペリルを煮詰めた汁をかけて、今度はその場で自分で食べ始める。

『うん、おいしい!よく出来たわ』

 意味はわからないが、その表情からとても美味しいのだろうとドレイファスは感じ取っていた。

 ─食べてみ・た・・い・・・─



 ドレイファスの今夜の夢は終わりを告げた。






 目覚めてからのドレイファスは速かった。

 ボンディのところに持って行くメモと、シエルドに渡すメモを書き上げ、レイドを引っ張りながらまずはボンディのところへ向かう。

「おはよう!ボンディ今いいかな?」
「おはようございます。大丈夫ですよ。何かありましたか?」

 そう聞きながら答えはわかっているので、ニヤッと笑う。

「ペリルとサトー粉とレモルを、あと鍋だ」

 視た記憶のとおりに、ドレイファスがあの汁を再現する。
以前はボンディがやっていたが、最近は待ちきれずに自分でやるようになってしまった。

 グツグツと火が通るにつれ、ペリルが煮崩れていく。

「これは一体何ですか?」
「ペリルの煮た汁をね」
「はい?」
「食べたり飲んだりするんだ!」
「わざわざペリルを煮てからですか?」
「そう!すっごく美味しそうだった」

 鍋から目を離さずに、果実が崩れていくのを見つめている。
どれ位時間が経っただろうか。

「そろそろいいんじゃないかな」

 鍋を火から下ろして、鍋ごとドレイファスが氷魔法を駆使して急速に冷やしていく。

 本当は氷を削りたいところだが、魔道具の準備も当然ないから、まずはドレイファスが思いついた泡の水に混ぜてみることにした。

「ボンディ、泡の水出して!」

 グラスと泡の水の瓶が調理台に置かれると、小さなレードルでペリルの汁を掬ってグラスへ。そしてしゅわしゅわと音を立てながら泡の水も入れると、マドラーでくるくるとかき混ぜる。
 フルーツパンチより濃そうだが、潰れかけたペリルが真っ赤に染まった泡の水の中を上下に動くのもきれいだと、ボンディは思っていた。

「じゃあ飲んでみよう!」

 小さなグラスに少しづつ取り分けて、ドレイファスがボンディや料理人たちに渡していく。

 ─美味しいよね、そうに決まってる!─

 視たまま、再現できたか多少不安はあったがやり遂げた!・・・はず。

 ドレイファスは誰よりも先に、グラスに口を付け、一気に飲み干す。

「ん?んっ!んんん!うん美味しいっ!」

 それは水で薄められたというのに、果実水のように濃厚さを忘れることもなく、不思議なことにペリルをそのまま食べるより遥かにペリルの風味を強く感じられた。

「どれ」

 一口ボンディが飲むと、瞼がぐわっと開き、その瞳が楽しげにぷわっと笑う。

「これはいいですね!これを飲んだら果実水が飲めなくなりそうだ」

 ボンディが最大限の賛辞を贈るが、ドレイファスはニヤリとしただけで、いつものように飛び跳ねて喜んだりはしない。

 そう、まだ氷を削る魔道具を創らねば完璧にはなれないのだから。



「シエル離れに泊まってるかな」

 誰に聞くでもなく尋ねたドレイファスに答えたのもボンディだ。

「昨夜お夜食をお持ちしました~」
「夜食?夜食なんか出してあげてるの?」
「はい、お腹空いたって、厨房に現れたから作ってあげましたよ」
「いいなあ」

 いや、違う!

「じゃなくて、ちょっとシエルと話してくる」



 コンコン!

「シエル~?」

 ノックと声掛けとドアのノブを開くのが同時に行われ、着替え途中のシエルドが振り向いた。

「いきなり開けるな!」
「ごめんごめん」

 口では謝るが、気にせずに椅子に座り、シエルドの着替えが終わるのを待っている。

「それで何?挨拶もろくにしないで」

 不機嫌そうなシエルドに、アッ!と声を上げたドレイファスは腰を上げた。

「おはようシエル!」

 ─ドルって天然・・・─

 呆れたシエルドだが、それよりも朝早くから訪ねてきた理由を知りたい。

「これ、これをローザリオ先生に作って欲しいんだけど」
「ううん?なにこれ」
「うん、ここに小さな氷を入れて蓋を閉めて、これで押し付けながらぐるぐる回すと底についた刃で氷が削れるんだ!」

 興奮したように説明するドレイファスだが、シエルドは「ふーん」と鼻であしらう。

「ドル、要するに小さな氷を薄く削れればいいんだよね?」

 そう言うと両手に抱えられるほどの器の底に小さな孔を開け、ナイフの柄から外した刃を、器の底に取り付ける。
 器に入れた氷に刃が触れるくらいの高さに螺と紐で固定すると、それを実験用の三脚台の上に乗せて、下に空の器を置いた。

「氷取ってくるか、ここで作れるか・・?」

 器に入れる小さな氷を作るのは難しそうだと、ドレイファスは厨房に向かった。
 その間にシエルドは、刃物を取り付けた器と同じくらいの大きさの網に、幾つか鋲を接着させ、氷に乗せるように作っておく。

「シエルー持ってきたよ」

 差し出された容器にドレイファスが持ってきた小さく割られた氷をいくつか投入し、網を乗せると、網が動かないように紐を通して固定した。

 ドレイファスはシエルドのやることをじっと見ている。

「風よ起これ」

 シエルドが魔力を流すと、風を受けた氷たちは器の中でぐるりと回り、ガリッと氷が削れる音と、器の底からシャッと氷の削りカスを吐き出して。

「こんな感じ?」

 まさにドレイファスが視たとおりの氷の削りカスを、ドヤ顔のシエルドが簡単な工作で再現してみせた!
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