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211 ガリガリ
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いつもありがとうございます。
更新のあと、改行の修正をしましたのでお知らせ致します。
どうぞよろしくお願い致します。
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『つめたっ』は結局その意味もわからぬまま『つめたっ』と名付けられた。
所謂シャーベットのようなものだが、ドレイファスのそれは撹拌する過程がないので、硬くなる寸前のジャリジャリした氷だったが。
ドレイファスはトレモルにも秘密で、シエルドの部屋で『つめたっ』作りに熱中していたが、食べすぎたふたりのお腹が微妙になり、その熱も漸く冷め始めた頃。
─なんだろう?キラキラして、氷だよね?─
ドレイファスはいつもの世界の厨房で、女性が魔道具の箱から小さな氷を取り出すのを見つめていた。
それを調理台に置くと、次に不思議な、小さな車輪のような、糸紡ぎの輪のようなものがある魔道具らしきものを持ってきて、カパリと上部の蓋を開け、氷をその中にいれる。
魔道具の下部は洞になっていて、その中に深い椀型の皿を置いた。
女性は片手で輪っかにつけられたハンドルを握り、空いた手で魔道具のボディを支えると、ハンドルをゆっくりと回し始めると。
ガッ、ガリガリッ、ガリガリッ
─何の音だ?─
ドレイファスが覗き込もうとしたとき、魔道具の下から白い・・・そう、ミルケラが木工作業をしているとき、床に散らかしている削りカスのようなものが、ふわぁと下の椀に落ちていく。
ハンドルを回しながら椀も回すと、中の削りカスが均等にためられていくが、目を細めたドレイファスが注視すると微かに溶けているところがある。
─え?あれって氷?さっきのかたまりがとうなってこうなったんだ?─
椀からこんもりと白い削りカスが積み上がると、女性は洞から椀を引き出して、その白い小山にレードルを使って赤い液体をとろりとかけたのだ。
薄い氷は溶け始めて山が崩れていく。
─火山みたいだな。
でもせっかく作った小山を何故溶かしてしまうんだろう─
ドレイファスの問いに答えることは勿論なく、女性は崩れ始めた氷のてっぺんにペリルを乗せた。
─あっ!ああっ、やっぱりこっちのペリルは大きいなぁ!美味しそう~!─
意識がペリルに吸い寄せられると、そばにあった入れ物に赤い液体が入っていることに気づく。
スン!と匂いを嗅ぐと、甘く濃厚なペリルの匂いがした。
─え?これはペリルなのかな?搾ってかけたの?お、美味しいのかな─
途端にそれがただ潰して絞ったものか、一手間加えた汁なのかが気になり始めた。
しかし、女性はお茶を用意して、先程のペリルの汁をかけた氷を食べようとしている。
匙を氷の小山にサクサクと差し込んで崩し、赤く染まった氷のカスをぱくりっ!
『つめたっ』
─え?『つめたっ?』って言った?
何それこれも『つめたっ』なの?─
ドレイファスはほんの少しだけ混乱した、ほんの少しだけ。
しかし、それがきっかけになり、夢から遠ざかり始める。
─あーっ、ペリルの汁も氷の魔道具もまだよく視てないのにっ!─
どれほど続きが気になっても、夢に留まることはできない。
すうっと目の前が真っ暗になり、深い眠りに落ちていった。
パチっと目が開く。
「あー、続きが気になるっ」
もう一度布団を被って目を瞑る。
寝直したら続きが視られるのではないかなんて思って。
「おーはようございまぁすっ!」
しかし間の悪いことに、少し前からドレイファス付きになったちょっとファニーな侍女エスリンが歌うように入って来たのだ。
とてつもなく大きな声で。
「・・・・・はよ」
せっかくの目論見が、すっかり目が覚めてしまったことで潰えたドレイファスはムッとするが、エスリンはまったく気にしない。
ニコニコと機嫌よく笑って。
「あーさですよぉ、起きてくださぁい!」
「起きてるから。もう少し声小さく話せないかな?(あと語尾伸ばすのやめて)」
「ハイっ!私、大きな声が父にも褒められる良いところでございますからぁ」
─ひとの話を聞けっ!遠回しに煩いって言ったんだけど、わからなかったのか・・・─
困惑するドレイファスだが、声が大きすぎることと、いつもテンション高すぎ絶好調ということ以外は、仕事もテキパキとこなすデキる侍女である。
配置を替えてもらうことも、この程度では難しい。
─相性の悪い者は付き合う術や忍耐を教える師である─という先々代からの家訓のため、公爵家では不敬不誠実などでない限り簡単にはかわらないのだ。
だからドレイファスは、エスリンに対してはただ淡々と接することにしていた。
しかし─。
「エスリン、侍女の当番なんだけど一日のうち朝の支度だけはロアラにしてくれないかな」
「あらぁ、どうしてですかぁ?わたくし、粗相でもいたしましたでしょうかぁ?」
─朝から苛つきたくないし、夢視を邪魔されたくない─
とは言えない。
「いや、エスリンには問題ないよ。僕はずーっと前からロアラの選んでくれる服が気に入ってる。本当に感性がぴったりなんだ!これは好みの問題だからわかってくれるよね?」
「あらぁ!そうでしたかぁ!確かにロアラはお洒落がだぁい好きですからぁねぇ」
─ドレイファスよ我慢だ我慢─
のんびりと語尾を伸ばすエスリンに、額に忍の字を思い浮かべて、ドレイファスは堪えた。堪えきった。
「ざぁんねんですがぁ、朝はロアラに頼むことにしまぁす」
エスリンは意外と簡単にドレイファスの頼みを聞いてくれた!
「でもぉ、今朝はロアラおりませんからぁ、わたしがちゃちゃっとやっちゃいまぁすぅ」
ドレイファスの口元がぴきぴきと動くが、これが最後の我慢だと思えば、なんとか辛抱することができた。
服や洗顔の用意を終えたエスリンを追い払うと、盛大なため息をつく。
着替えて部屋から出ると、レイドが笑いを堪えて立っていた。
「ドレイファス様、大丈夫ですか?」
「・・・大丈夫とは言えない。でも明日からはロアラが来てくれるはずだから」
「ええ、よかったですね。エスリンは仕事はできるし悪い人ではないと思いますが・・・」
その先を飲み込んだレイドも、人を苛つかせるエスリンの朝の挨拶を襲撃と呼んでいる。
「明日からは穏やかな朝になりますね」
「うん、やっとね」
もう眠気は吹き飛んでしまった。
仕方なく、夢のメモをとる。
覚えている限り詳細に。
─あーあ!本当にあの続きが視たかった!今夜視られるといいな─
学院で一日を過ごして屋敷に戻るため馬車に乗る。
向かいに座るトレモルは静かに本を読んでおり、ドレイファスはひとりウトウトし始めた。
スッと音も立てずにトレモルがドレイファスの隣りに座り、船を漕ぐように揺れる体を支えてやる。
「んむ・・ふ」
夢を視ているらしいドレイファスは小さな頃と変わらないと、兄のように微笑ましく見つめる同い年のトレモルであった。
夕餉のあと、宿題を終えたドレイファスは湯浴みもそこそこにベッドに飛び込むと目を瞑る。
─早く眠くなれ!─
気合が入りすぎて微睡むこともなく、時が過ぎていく。
「もうっ、なんで眠くならないんだよ」
かと言って起きて本を読む気分でもない。
そして眠ったからといって、夢の続きが視られると決まっているわけでもないのだが。
眠気を待つうち、唐突にボルドアの顔が脳裏に浮かんだ。
「ボルディ、本当に来年で学院辞めるのかなぁ」
シエルドはそれぞれに事情があると言って、引き留める気はさらさらないようだが、ドレイファスはみんなで最終学年で卒業したいと思っていた。
ボルドアも一緒にノースロップに行ったときのことを思い浮かべて、笑い転げたり泳いだりしたことを懐かしく思い出す。
王城騎士団に入ったら、今までみたいには会えない。
─さみしくなっちゃうよ、ボル・・ディ・・・─
きゅんと胸に痛みを感じながらドレイファスは眠りに吸い込まれていった。
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『つめたっ』は結局その意味もわからぬまま『つめたっ』と名付けられた。
所謂シャーベットのようなものだが、ドレイファスのそれは撹拌する過程がないので、硬くなる寸前のジャリジャリした氷だったが。
ドレイファスはトレモルにも秘密で、シエルドの部屋で『つめたっ』作りに熱中していたが、食べすぎたふたりのお腹が微妙になり、その熱も漸く冷め始めた頃。
─なんだろう?キラキラして、氷だよね?─
ドレイファスはいつもの世界の厨房で、女性が魔道具の箱から小さな氷を取り出すのを見つめていた。
それを調理台に置くと、次に不思議な、小さな車輪のような、糸紡ぎの輪のようなものがある魔道具らしきものを持ってきて、カパリと上部の蓋を開け、氷をその中にいれる。
魔道具の下部は洞になっていて、その中に深い椀型の皿を置いた。
女性は片手で輪っかにつけられたハンドルを握り、空いた手で魔道具のボディを支えると、ハンドルをゆっくりと回し始めると。
ガッ、ガリガリッ、ガリガリッ
─何の音だ?─
ドレイファスが覗き込もうとしたとき、魔道具の下から白い・・・そう、ミルケラが木工作業をしているとき、床に散らかしている削りカスのようなものが、ふわぁと下の椀に落ちていく。
ハンドルを回しながら椀も回すと、中の削りカスが均等にためられていくが、目を細めたドレイファスが注視すると微かに溶けているところがある。
─え?あれって氷?さっきのかたまりがとうなってこうなったんだ?─
椀からこんもりと白い削りカスが積み上がると、女性は洞から椀を引き出して、その白い小山にレードルを使って赤い液体をとろりとかけたのだ。
薄い氷は溶け始めて山が崩れていく。
─火山みたいだな。
でもせっかく作った小山を何故溶かしてしまうんだろう─
ドレイファスの問いに答えることは勿論なく、女性は崩れ始めた氷のてっぺんにペリルを乗せた。
─あっ!ああっ、やっぱりこっちのペリルは大きいなぁ!美味しそう~!─
意識がペリルに吸い寄せられると、そばにあった入れ物に赤い液体が入っていることに気づく。
スン!と匂いを嗅ぐと、甘く濃厚なペリルの匂いがした。
─え?これはペリルなのかな?搾ってかけたの?お、美味しいのかな─
途端にそれがただ潰して絞ったものか、一手間加えた汁なのかが気になり始めた。
しかし、女性はお茶を用意して、先程のペリルの汁をかけた氷を食べようとしている。
匙を氷の小山にサクサクと差し込んで崩し、赤く染まった氷のカスをぱくりっ!
『つめたっ』
─え?『つめたっ?』って言った?
何それこれも『つめたっ』なの?─
ドレイファスはほんの少しだけ混乱した、ほんの少しだけ。
しかし、それがきっかけになり、夢から遠ざかり始める。
─あーっ、ペリルの汁も氷の魔道具もまだよく視てないのにっ!─
どれほど続きが気になっても、夢に留まることはできない。
すうっと目の前が真っ暗になり、深い眠りに落ちていった。
パチっと目が開く。
「あー、続きが気になるっ」
もう一度布団を被って目を瞑る。
寝直したら続きが視られるのではないかなんて思って。
「おーはようございまぁすっ!」
しかし間の悪いことに、少し前からドレイファス付きになったちょっとファニーな侍女エスリンが歌うように入って来たのだ。
とてつもなく大きな声で。
「・・・・・はよ」
せっかくの目論見が、すっかり目が覚めてしまったことで潰えたドレイファスはムッとするが、エスリンはまったく気にしない。
ニコニコと機嫌よく笑って。
「あーさですよぉ、起きてくださぁい!」
「起きてるから。もう少し声小さく話せないかな?(あと語尾伸ばすのやめて)」
「ハイっ!私、大きな声が父にも褒められる良いところでございますからぁ」
─ひとの話を聞けっ!遠回しに煩いって言ったんだけど、わからなかったのか・・・─
困惑するドレイファスだが、声が大きすぎることと、いつもテンション高すぎ絶好調ということ以外は、仕事もテキパキとこなすデキる侍女である。
配置を替えてもらうことも、この程度では難しい。
─相性の悪い者は付き合う術や忍耐を教える師である─という先々代からの家訓のため、公爵家では不敬不誠実などでない限り簡単にはかわらないのだ。
だからドレイファスは、エスリンに対してはただ淡々と接することにしていた。
しかし─。
「エスリン、侍女の当番なんだけど一日のうち朝の支度だけはロアラにしてくれないかな」
「あらぁ、どうしてですかぁ?わたくし、粗相でもいたしましたでしょうかぁ?」
─朝から苛つきたくないし、夢視を邪魔されたくない─
とは言えない。
「いや、エスリンには問題ないよ。僕はずーっと前からロアラの選んでくれる服が気に入ってる。本当に感性がぴったりなんだ!これは好みの問題だからわかってくれるよね?」
「あらぁ!そうでしたかぁ!確かにロアラはお洒落がだぁい好きですからぁねぇ」
─ドレイファスよ我慢だ我慢─
のんびりと語尾を伸ばすエスリンに、額に忍の字を思い浮かべて、ドレイファスは堪えた。堪えきった。
「ざぁんねんですがぁ、朝はロアラに頼むことにしまぁす」
エスリンは意外と簡単にドレイファスの頼みを聞いてくれた!
「でもぉ、今朝はロアラおりませんからぁ、わたしがちゃちゃっとやっちゃいまぁすぅ」
ドレイファスの口元がぴきぴきと動くが、これが最後の我慢だと思えば、なんとか辛抱することができた。
服や洗顔の用意を終えたエスリンを追い払うと、盛大なため息をつく。
着替えて部屋から出ると、レイドが笑いを堪えて立っていた。
「ドレイファス様、大丈夫ですか?」
「・・・大丈夫とは言えない。でも明日からはロアラが来てくれるはずだから」
「ええ、よかったですね。エスリンは仕事はできるし悪い人ではないと思いますが・・・」
その先を飲み込んだレイドも、人を苛つかせるエスリンの朝の挨拶を襲撃と呼んでいる。
「明日からは穏やかな朝になりますね」
「うん、やっとね」
もう眠気は吹き飛んでしまった。
仕方なく、夢のメモをとる。
覚えている限り詳細に。
─あーあ!本当にあの続きが視たかった!今夜視られるといいな─
学院で一日を過ごして屋敷に戻るため馬車に乗る。
向かいに座るトレモルは静かに本を読んでおり、ドレイファスはひとりウトウトし始めた。
スッと音も立てずにトレモルがドレイファスの隣りに座り、船を漕ぐように揺れる体を支えてやる。
「んむ・・ふ」
夢を視ているらしいドレイファスは小さな頃と変わらないと、兄のように微笑ましく見つめる同い年のトレモルであった。
夕餉のあと、宿題を終えたドレイファスは湯浴みもそこそこにベッドに飛び込むと目を瞑る。
─早く眠くなれ!─
気合が入りすぎて微睡むこともなく、時が過ぎていく。
「もうっ、なんで眠くならないんだよ」
かと言って起きて本を読む気分でもない。
そして眠ったからといって、夢の続きが視られると決まっているわけでもないのだが。
眠気を待つうち、唐突にボルドアの顔が脳裏に浮かんだ。
「ボルディ、本当に来年で学院辞めるのかなぁ」
シエルドはそれぞれに事情があると言って、引き留める気はさらさらないようだが、ドレイファスはみんなで最終学年で卒業したいと思っていた。
ボルドアも一緒にノースロップに行ったときのことを思い浮かべて、笑い転げたり泳いだりしたことを懐かしく思い出す。
王城騎士団に入ったら、今までみたいには会えない。
─さみしくなっちゃうよ、ボル・・ディ・・・─
きゅんと胸に痛みを感じながらドレイファスは眠りに吸い込まれていった。
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