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209 手慣れた公子さま

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 ボンディが用意した材料を並べ終えると、ドレイファスはまずミロンを器用に切って皮を取り、中の粒を丁寧に取り分けた。
ざくざくと実を切り分けて深皿に放り込む。

 レモネも半分に切って、それを深皿の上で握って汁を絞ると、夢で視て覚えた量のサトー粉と目分量の牛乳を入れ終えてから、水桶で手を洗い、きれいにした片手を深皿に入れて、ミロンの実を指で潰しながらサトー粉や果汁を混ぜ込んでいく。

「ふっふっ」

 笑っていたと思うと、ハッと顔を上げた。

「あ、氷魔法でいいか!」


 ─氷魔法?─


 料理人たちは首を傾げている。

 令息たちの中でもっとも魔法が得意なのはシエルドだが、ドレイファスもずっとアーサの指導を受けている。魔力制御だってなかなか上手く、細い糸のように魔力を流し続けることだってちゃんとできるのだ。

 もう一度手を洗うと中身を混ぜ合わせた深皿に両手を添え、氷魔法を発動した。
あの氷の箱を再現するには、どのくらい魔力を流せばよいのか強弱がわからないが、最初は弱く、少しづつ強く多めの魔力に変えていく。
 すると深皿のまわりが白く凍り始めた。
皿の中も。

「このままでは凍ってしまいますよ、ドレイファス様」
「うん、いいんだ。やわらかく凍らせるんだと思う」
「え!氷を食べるのですか?」
「そうだね、氷とはちょっと違って見えたけど、近いと思う」

 話しながらも魔力が途切れることはなく、あの氷の箱に入れるより、かなり早く似た感じに仕上がってきた。

「そろそろかな。ボンディ、匙と小皿を出して」

 氷魔法をかけていた時は感じなかったが、魔力を流すのを止めて深皿に触ると、指先が冷えてちぎれそうだ。

「じゃあ、みんな皿を前に出して」

 シャリシャリに凍ったミロンの塊をザクザクと匙で割り、それを料理人たちの皿に分けていく。
 ほんの少しだけ多めに自分の皿に乗せると、ドレイファスが号令をかけた。

「よし、食べよう!」

 ひと掬いしたそれを口に運ぶと、それぞれに歓声をあげる。

「これは背筋が寒くなるな!でもうまい、溶ける~」
「本当だ!氷が美味いなんて驚きだよ」
「凍っているが、しかし氷とは違うのではないか?」
「じゃあ、これはなんて呼ぶんだ?」

 料理人たちが一斉にドレイファスに視線を向けた。

「ん?名前はまだないんだ。『つめたっ』て言ってたから、『つめたっ』かな?」
「はあ?『つめたっ』なんて言葉初めて聞きましたよ!あちらの人には悪いけど、なんか音が中途半端というか、イマイチですねえ。随分経ってから名前がわかることもあるし、もう少し様子を見て、それでもわからなければ素敵な名前を考えることにしませんか?」

 呆れたようなボンディに諭されて、ドレイファスは渋々『つめたっ』を引っ込めた。

「ドレイファス様、これ私がもう一度作ってみてもよろしいでしょうか」

 ボンディに訊ねられて、もちろんと頷いたドレイファスだが、

「氷魔法使える人はいる?」
「氷の魔石を室に入れてやってみようと思ったのです。いつでも、魔法が使える者がいなくても作れるようにしたいと思いまして」
「そうか!氷の魔石はある?」
「はい、二欠片あるはずです」
「足りなかったら言って!今いっぱいあるんだ、いつでも持ってくるから」

 それはドレイファスが授業の課題で作った魔石であった。



「どっちが多く作れるか競争しよう!」


 そうシエルドに煽られてその気になり、今ドレイファスの部屋にはドレイファスの魔力が詰め込まれた様々な魔石がたくさん転がっているのだ。
 それらはすべて魔法学の先生に提出したのだが、努力虚しく量も質もシエルドが最優秀の金賞、ドレイファスは銀賞で、悔しくて久しぶりに地団駄を踏んでしまったいわくつきの代物。

 ボンディは勝負に勝ってご機嫌だったシエルドからその話を聞かされており、魔石を処分したいらしいドレイファスを慮る。

「そ、そうですか?ではせっかくですのでいただいてもよろしいでしょうか」

 料理人は水や氷、火属性の魔法に長けている者が多く、もちろん自分たちでも魔石をつくることができる。少なくとも当面は必要なかったのだが。
 料理人たちの気遣いで、ドレイファスは皆の役に立つことができたとご満悦であった。

「ドレイファス様、これをミロン以外の果実でも試してみてもよろしいでしょうか」

 思いついたボンディが訊ねてくる。
その手元には果物が入った籠。

「もちろん!美味しいものがもっとたくさんできたらうれしいからね。・・・あれ?ねえそのペリルなんだけど」
「これですか?」

 ボンディが籠を見せる。

「なんか、粒が大きい気がしない?」
「そうですか?」

 ドレイファスは、その籠のペリルが今までになく大きな実に見えたが、ボンディは興味がなさそうだ。

 というわけで、ペリルの大きさより試作に夢中なボンディたちが、ペリルやオレルで同じように作ったそれを夜のデザートに並べてみせた。




「また新しいもの?」

 マーリアルはすぐ匙で掬って口に入れ。

「冷たいのね!氷?これが氷なの?とても美味しいわ、すぐに溶けて消えてしまったけど」

 手は止まらない。
掬っては口に入れ、どんどんと食べて行く。
 ドレイファスはもちろん、鍛錬で汗をかいたトレモルもひんやりして気持ちいいと言いながら、休むことなく口に運び入れた。

「おかわりがほしいくらい」
「マーリアル様、申し訳ないのですがこれはどうも食べすぎると腹が冷えるらしくて」

 調子に乗って食べすぎた料理人の数名かが、晩餐を待たずして腹を壊したのだ。

「一皿くらいになさるのがよろしいかと存じます」

 ボンディに諌められたマーリアルは名残惜しそうな顔をする。
いや、マーリアルだけではない。ドレイファスもグレイザールもノエミも、トレモルまでもだ。
皆、このひんやりと涼しくしてくれる、美味しいデザートに一口で魅入られていた。

 ひとりだけ。
ドリアンはすーっと体が冷えていく様を感じ、腹痛を催した気がして小さくぷるっと身を震わせている。

「そうなの!残念だわ。では毎日一皿いただきたいわ」

 ─いや、毎日は駄目だろう─

 マーリアルの言葉に、反論はしないもののボンディと相談が必要だとドリアンは考えを巡らせた。

「お母さま、これ店で出せないでしょうか?」
「ええ、ぜひ出したいわね!特に暑い時期ならものすごく売れると思うわ。店内限定・・・かしらね」

 残念そうに言うマーリアルにドリアンが意見を述べた。

「持ち帰った者が食べすぎて腹を壊したのは店のせいと言ってきては困るだろう?何にでも難癖をつける愚か者もいるのだから。むしろ店で一日何人分まで、ひとり一皿と決めたほうが希少な感じがして良いのではないかな」
「希少?そう・・・ね、ええ!そうね、そうしましょう!」

 両親たちの考えは一致したようだが、ドレイファスは腹を壊しても食べたいだけ食べてみたいと思っていた。
 しかしボンディも、もちろん両親たちも、もう一日一皿しか食べさせてはくれないだろう。



「・・・・・あ!」


 ドレイファスの声に、皆が注目する。

「あ、何でもない、し、宿題を思い出しただけです」

 あわあわと手を振って誤魔化す。

 いいことを思いついたのだ。
『つめたっ』は、4つの材料と深皿に氷魔法さえあれば良く、ぶっちゃけ何処ででも作れると。


 ─材料を持ってシエルの研究室へ行こう!
そこなら誰にも邪魔されず、作ったものをシエルと分ければ、いくらでも食べられる!
トリィにも声をかけたほうがいいかな?─


 食事を終えたドレイファスは、ボンディが言っていたように次はつめたペリルを作ろうとか、皆に知られないようどう材料を揃えようとかで頭がいっぱいになり、トレモルの声にも気づかなかった。

「ドル!」

 トレモルに腕をつかまれてハッとする。

「な、に?」
「何ぼんやりしてるんだよ。マーリアル様が週末皆を呼んで、さっきのを食べさせてやれって」
「あ、ああわかった」

 振り返り、まだ食堂にいる母に了解したと合図を送ると、マーリアルがにっこりして手を振った。

「週末か。それボンディも聞いていたよね」
「うん、聞いてなかったのはドルだけじゃないか」

 トレモルはドレイファスを甘やかすことをしない。諌める、咎めるのはだいたいトレモルかシエルドの役目だ。
 耳の痛いことを言われても、トレモルがドレイファスを主として守り抜くと心していることを理解していたので、言われても反発したりしない。

「そうだね、考えごとをしていたから。教えてくれてありがとう」

 素直に礼を伝えたが、やっぱりあの計画はいたずらをともに楽しめるシエルドとふたりでやることにしようと、トレモルには心の中でごめんと謝っていた。
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