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207 フルーツパンチ

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 マーリアルがあっという間にコバルドとエナ、そしてメルクルとウィザの婚約をまとめ、ミルケラの嫁探しを始めた頃。

 ドレイファスは畑でタンジェントが育てている緑の丸い果実に夢中だった。

「タンジー、これあの時のミロンだよね?」
「ああ、ロプモス山から移植したんだ」
「食べてみたことはあるの?」
「いや、まだ完熟していないから」
「そっかぁ、いつになったら食べられるかなあ」

 そんな会話を最初にしたのが四日前のこと。
 あれから毎日朝晩畑に来て、タンジェントにまだ食べられないのかと訊ねている。
小さな頃はよくやっていたが、特にルートリアと婚約した頃からは大人びてきて、こんなどちて坊やのような問答は久しぶりだ。

 ─昔ほどのしつこさはさすがに無くなったが懐かしいな─

 かわいい小さな幼児がやるのと、紅顔の美少年がやるのでは印象もだいぶ違うが、ほっこりとうれしくなったタンジェントである。

 さらに数日同じやりとりが続いたのち、ミロンが【完熟】するとタンジェントはすぐドレイファスに知らせた。


「タンジー!ミロン食べられるって本当?」
「ああ、まず一つ試食をしよう」

 ログハウスの前にナイフと皿とミロンが用意されている。ミロンには白い網目が浮き上がり、触ると硬い。

「この網目は何?」
「そういえば、知らんな」
「タンジーもわからないの?」

 言われたタンジェントは、網目に意識を合わせて鑑定した。

「ミロンの網目は、中身が育って縦横に育った時にできる皮の割れ目を自らの分泌物で埋める?人間でいうカサブタのようなもの・・だって」
「えー、こんなにたくさんカサブタできてるなんて、すごく痛かったんだね」

 労うようにドレイファスがミロンの固い網目を何度か撫でてやると、満足したようにナイフを取り上げてグッサリと差し込んだ。
 じゅわーと果汁が滲み出して、甘い甘い芳香が鼻をくすぐり、ドレイファスの喉がゴクリと音をたてる。タンジェントと視線を交わしてニカッと笑い、期待の高まりに頬を染めた。
 器用に切り分けて皿に一切れ乗せると一枚をタンジェントに渡し、次に自分の前に、そしてこれから戻ってくる庭師たちの席にも皿を置いてまわり、くるりと畑に振り向いて皆を呼ぶ。

 ヨルトラとモリエールが戻ってくる。

「ドレイファス様ご機嫌よ・・!」

 挨拶しようとしたヨルトラが、ミロンに気づいてハッとしたと思うとにこりとする。
 おすそわけに呼んでくれたことを知って。
ドレイファスは小さな頃から、それがどんなに好きなものでも独り占めすることなく、必ずまわりにも分け与えるのだ。家族だけではなく、使用人に対しても。
 次期公爵としては危ういやさしさと言う者もいるかもしれないが、ヨルトラは変わらずにいてほしいと思っていた。
 物を与えてくれるからでは決してない、その気持ちに打たれるからこそドレイファスを囲む貴族や使用人は、身命を賭して仕えたいと本気で思えるのだ。


「タンジーのミロンを皆で食べようよ!」


 緑の固い皮の下には、赤みのある果汁たっぷりの果肉が隠されていた。その果汁ときたらレッドメルより多いことが見ただけでもわかる。
 そして香り!
 わざわざ鼻を寄せなくともその香りに吸い寄せられそうだ。
わくわくしながら匙で一口分をくり抜き、口に入れた瞬間!

「あっっっまい!美味しい!とろけるぅ!」

 叫ぶドレイファスの声を合図に、匙でくり抜くなんて上品なことはせず、皆一斉にかぶりついた。

「うわっ果汁がすごいぞ」

 甘い物が大好きなモリエールは、一口匙で掬ったあとは、その美しい顔に汁を、そして果肉の繊維をつけながらがぶがぶと直接齧りついている。いや、モリエールだけでなく、その場にいた庭師たちは皆、一言叫んだだけであまりの美味さに黙って食べ続けている。

「うう、うまい!想像以上だ!レッドメルが最強だと思っていたがミロンのほうが美味いと思った」

 ヨルトラでさえ興奮を隠さない。

「これ、ロプモス山でペドロが見つけたものだろう?」

 モリエールはまだ顔に薄べったい粒をつけている。

「ああそうだ。これ、誰か見たこととか食べたこととかあるか?」
「いや、ないな」

 ヨルトラの言葉に皆、ないないと告げていく。

「ここまで美味いとはな。ではこのミロンはマトレイドにロプモス固有種か否か調べてもらおう」

 タンジェントがマトレイドたちに見せるため、そして食べさせるために一玉をナイフで半分だけ切り分け、残りを保管庫にしまうと、さり気なくドレイファスの頭を撫でてから皿を持って情報室へと向かう。
 その後姿を見ながらロプモスのことをタンジェントに任せきりだったモリエールが俄然やる気を見せる。放っておいてもゼノがあまりにもきちんとやるため、ヨルトラに任せられたにも関わらず、ハミングバード計画地の管理にはやる気が失せていたのだ。

「モリエール?何を鑑定しているのかね」
「あ、はい。この傷が何かと思って。成長してひびが入った皮を自己修復したあとみたいですね。あ!粒を取っておかないと」

 ざるを取ってきて、除けられていた粒を丁寧に水洗いする。重ならないよう指で散らすと日に当てて乾かした。
そして。

「次のミロンも粒をとるために早く食べないと」

 うれしそうに言ったモリエールの魂胆はわかりやすい。

「ミロンが食べたいだけじゃない?」

 ドレイファスにツッコまれても、その視線はミロンに吸い付いたまま、モリエールは美しい顔でうっそりと笑う。

 ─ロプモス山にはもっと新しい物が隠れているかもしれないな─

 毒草はゼノに任せてもいい、自分は管理しつつ新種を探してみようと思いついて、笑いをこらえた口元がむずむずと動いていた。


 いつもなら公爵家の晩餐にすぐ出すため手土産に持たされるのだが、熟したミロンは我慢できなかった庭師たちにその場で食べつくされ、翌日あたりに熟しそうな物があるからおかわりはまた明日とタンジェントに手を振られた。
 ミロンの甘うまさに衝撃を受けたドレイファスは、夢もミロンで埋め尽くされる。

 ─あ!ミロンだ!─

 いつものようにどこかの厨房を覗いている。
メロンメロンと聴こえるので、あちらの世界ではそれをメロンと呼んでいるようだ。

 ドレイファスたちが使う物より深く、ずいぶんまん丸いと感じる匙を手に、ミロンをくり抜き始めた。

 ─うわ!あんなに丸く取れるなんて!かわいい─

 そのまん丸いミロンや大きなペリル、オレルの実などを透明の大きな深い皿に入れ、泡の水をとぷとぷと注ぐ。
 すると!
 泡の水の中で小さな泡を身に纏った果実たちがふんわりと漂うように浮き上がり、その見た目の華やかさや可愛らしさに、ドレイファスは目を見開いた。

『フルーツパンチ、できたよ』

 そう言った女性の言葉で、きっとこれはフルーツパンチというものだろうと推測する。
 何度も何度も、数えきれないほどの夢を見続けたドレイファスは、今や言葉がはっきり聴き取れるようになり、実際その場にいるかのように匂いもわかる。

 作り方や素材だけでなく、作るときに使っていた道具もよく見てしっかりと覚えて!と集中しているうちに深い眠りに落ちていった。



 翌朝の目覚めはすっきりと気持ちよく。
着替えたドレイファスはすぐ離れへ向かう。
 まず畑に向かい、タンジェントから昨日のおかわりと言ってミロンを一つもらうと厨房へ。

「ボンディ!ちょっといいかな?」
「はい、ドレイファス様何でございましょうか」
「これ」

 ミロンを渡す。

「これは何でしょう?」
「ミロンって言うんだ。ねえ、丸い匙あったかな?」

 ボンディが差し出した匙はどれも思ったものとは違っていたが、一番丸みがあるものを取って。

「半分に切って、あとペリルとオレルはある?泡の水も」

 立て続けに欲しいものを告げるドレイファスに、ボンディは慌てることなくひょいひょいと目当てのものを用意していく。
そうして調理台に出された物を、夢で見たようにくり抜いたり、へたを取ったりと準備を整えて。
 ふとドレイファスは気がついた。

「あ、透明な深い皿なんてあったかな?」
「透明な深い皿ですか?瓶ではなく?」
「瓶じゃない。皿なんだ」

 そう言って、手で大きさと形をジェスチャーして見せるが。

「ありません、というか、あちらにはそんな物が?」

 ドレイファスはがっかりしながらボンディの問いに頷きで答えた。

「じゃあ、器見せて」

 自分で一番イメージに近いものを選ぼうと決める。
ボンディが棚を開けると、ずらりと美しい皿が並べられていた。

 眺めながら左右に移動し、少し戻って手に取ってをくり返し、仕方なさそうに一個の深鉢を引っ張り出した。

「しょうがない、これでいいかな」

 切ったりくり抜いたりした果実を中に入れて泡の水を注いでいくと、夢でみたとおりに果実のまわりに小さな泡の粒がくっついてぷっかり浮かび、かわいらしさがよくわかる。

 匙で泡の水を掬い、味見をするともう少し甘みがあってもいい気がして、ミンツのはちみつを少し足した。
味見をして調整をくり返す姿がまるで料理人のようなのだが、誰も指摘はしない。
暫くして満足したらしく、くるりと振り返ってボンディに透明なカップを出すよう頼むと、自分で調理台の上から吊るされたレードルを取り上げた。

 カップにレードルで掬った果実や水を入れて、まずはドレイファスが試飲する。

「・・・うん!美味しい!」

 またレードルでカップに注ぎ、ボンディや料理人たちに配って歩くと、皆も口をつけた。

「美味いです。見た目も華やかで、これは夜会などのもてなしによさそうですね」

 ボンディの賛辞に照れたような幸せそうな笑顔を見せたドレイファスは、それを誤魔化すようにゴクゴクと果実ごと飲み干していた。

 その夜。
 食欲旺盛な公爵一家の食堂でのいつもの風景に、新たなデザートのフルーツパンチが運ばれてきた。
 泡の水の中に色とりどりの果実が浮かぶ、その見た目にマーリアルとノエミが歓声をあげる。

「新作ね!とっても可愛らしくて食欲がそそられるわ」

 すぐに手を伸ばし中を覗くと、見慣れない果実があることに気がついた。

「これ、何かしら?」

 匙にまん丸いものを乗せ、皆に見えるよう持ち上げたマーリアルにドレイファスが答えた。

「それはロプモス山で見つかった果物で、ミロンと言います。本当はもっと大きな物ですが、食べやすいように丸くくり抜いてあります。ちなみにこれはフルーツパンチと呼ばれている物ですよ」
「フルーツパンチ?どういう意味だろうな?」

 ドリアンの問いに、ドレイファスは眉尻を下げ困った顔をする。

「意味はわかりません、あちらではそう呼んでいたからとしか」
「よろしいではありませんか。名前の意味より早く頂きたいわ」

 マーリアルが決めたことがここのルールである。皆、喜んでそれに従い、見て喜び食べてさらに喜びの声をあげたのだった。
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