神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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202 チージュケークそれぞれ

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 ドレイファスがボンディと作ったスイーツは、

「確かチージュケークって言ってた」

と言うドレイファスにより、そのままチージュケークと名付けられた。

「お母さま!」

 ドレイファスは母マーリアルの部屋を訪ねて、にこやかに一言。

「今日の夕餉、楽しみにしていらしてくださいね」

 そう告げると、跳ね足で部屋へ戻って行った。

「ドルにいさま、うれしそう」

 母と温めた果実水を飲んでいたノエミが小首を傾げ、マーリアルはわざわざ言いに来たからには、新しい何かを用意したのだとにやにや笑いを浮かべる。

「今夜は何が食べられるのか楽しみね」

 まだこども部屋で食事をとっている末子イグレイド以外の三人、ドレイファスとグレイザール、ノエミ、そして遠方に領地を持つモンガル伯爵家から寄宿しているトレモルらが公爵夫妻と食堂に集まり、鼻高々にボンディ自ら給仕したチージュケークに匙を入れようとしていた。

「・・・見た目が地味だな」

 珍しくドリアンが感想を言った。
しかし食べもしないうちからその一言はないだろうと、マーリアルがフォローする。

「この香ばしそうな焼色は、見るだけでとっても期待が高まりますわ」

 その一言で自分の失言に気づいたドリアンは、急いで最初の一掬いを口に入れた。

「ん?む?う、うまい!」

 マーリアルも初めての一口を味わってから頬を染めた。

「あら!本当に見た目より想像以上!」

 おいしいおいしい!と連呼する弟妹に、ドレイファスはうんうんと頷いているが、ボンディは見た目を何とかしなくてはと手を握りしめていた。



 チージュケークはサンザルブ侯爵家に戻るシエルドにも持たされた。そういえばシエルドの父ワルターもかなりの食いしん坊である。

「ん?何だこの地味くさいものは?」
「そんなこと言うとドルに言いつけますよ」
「ドレイファスからの土産か?」
「そうです。自信満々に持たせてくれたので一口食べてみてください」

 かわいい次男坊に素っ気なくあしらわれる侯爵だが、いざ一口味わった後は素直に賞賛を述べた。

「うん!しっとりというのか?甘いだけではなく、こってりとした旨みがあって舌触りがとても良い」



 翌朝。
シエルドは学院でドレイファスを捕まえ、

「あれ、すごくおいしかったと父上も褒めていらしたよ。レシピがほしいって」

ワルターはそこまでは言っていなかったが、実はシエルドはチージュケークがものすごく気に入って、家でもいつでも食べられたらいいなと思っていたのだ。
ドレイファスの手前、レシピを強請るほど甘いものを気に入っていると言うのは恥ずかしい気がして言えなかった。常日頃のワルターの言動ならそう言ってもおかしくないだろう。

「うん、ボンディにレシピ作ってくれるよう頼んでおくね」
「あ、ありがと」

 すんなりと引き受けてくれ、どう言えば自然かとあれやこれや考えたシエルドは肩透かしをくらった。
 ボンディからレシピを手に入れると、ワルターの希望で少し甘みを抑えた物が頻繁に作られるようになり、シエルドはもう少し甘くてもいいと思いながら自宅と公爵家で飽きるほどのチージュケークを食べ尽くした。



 ある日のこと。
ドレイファスはまた夢をみていた。

 その厨房ではビスキュイによく似たきつね色の小さな皿のような物が積まれていた。いや、もしかしたら皿か?と思ったら、厨房に立つ女性がそれを囓ったのでやはり食べ物でできた皿らしい。

 それにあのチージュをクレーメと卵と混ぜたものを入れて焼いたのだ!

 焼けるときに発する香りは先日のチージュケークとよく似ている、というよりほぼ同じようなのだが、小さなビスキュイ皿で一つ一つに分けられているのが違うところ。
 いつもの小さな窯から出して少し冷めた頃、甘い香り漂うそれを女性が口に放りこむと、サクサクと小気味良い音が聴こえた。

 ─あっ!これならいつでもどこにでも持って行けそう!─

 チージュケークもクレーメがけより持ち運びしやすいが、ナイフで一切れカットしたものを匙で掬って食べている。指で直接摘んだらべっとりして汚れてしまうだろうから。
 しかしこれは違う。女性がその指で摘んで口にしたのを見て、そう気がついた。

 ─美味しそうに食べてる!とても食べやすそう─



 目が覚めたとき、ドレイファスは夢でみたそれをいつになくはっきり覚えていた。
メモも取らずにすぐ、レイドを置いていきそうな勢いで離れに向かう。

「ボンディ!聞いて」
「おはようございますドレイファス様、何でもうかがいますよ」

 厨房の料理人たちは一斉に振り向き、ドレイファスに寄って行った。



「ビスキュイのような、食べられる小さな皿でございますか?」

 わざわざ皿をビスキュイで作ると言われ、小さな皿のような形に焼くことができるだろうかと頭を巡らせる。

 オートの粒と粉を水で溶いてこね、少しはちみつを混ぜてちぎって焼くだけの固いビスキュイは、ぷるんなどを作り始めるまではよく作っていたものだが、もう二年以上思い出しもしなかった。

「あれを?」
「できる?」
「はい、もちろんやってみましょう」

 ドレイファスが調理台にあった皿の中から一枚、こどもの手のひらより少し大きめで、少し深さのある物を選ぶ。

「このくらいの大きさで作れる?」

 もちろんボンディは頷いてみせた。
が、なぜもっと美味いものがいくらでもあるのに今更これを・・・?と内心では疑問であったが。

 オートの粒を半分に分けて、半分をすり潰して粉にすると、前と同じように水で溶いて練り、はちみつを足して生地を作るのだ。
 ふと、水ではなく牛乳で練ることを思いついた。目の端に卵が見え、それも入れてみると以前と練った感じが違うようだ。
はちみつの瓶を棚から下ろすとあとほんの少ししか入っていない。

「はちみつがないぞ」
「今日商会が持ってくることになってますよ」
「今ほしいんだが」
「今すぐ?じゃあとりあえずサトーカブでも使ったらどうですか」

 しかたなく言われたサトーカブの粉を使うことにする。
粉と粒のバランス、サトーカブや牛乳の量を変えて数種焼き上げ、試食すると以前のビスキュイとは比べ物にならない美味さだった。
 ・・・美味いというのは言い過ぎかもしれないが、ボンディのアレンジで以前より間違いなく美味くなっていた。

「オートのビスキュイはあれ以上にはなりようもないと思っていたが、違ったんだな。いくらでもやりようはあったんだ。今、たいして美味くないものだと思っていても料理方法を変えたら、もっとうまく食べられるかもしれんな」

 皿のような形のせいか、いくつか焼いた中ではすべて粉にすり潰されたオートが一番美味かった。
 ウィーの粉挽き器にオートの粒を入れて挽き、ドレイファスが戻るまでにもう一度焼き上げると、棚に乗せて冷ましておくことにした。




 ばたばたと足音が聞こえる。

「ドレイファス様がお帰りになられたか?」

 ボンディの読みどおり、ドレイファスがレイドを連れてほぼ駆け足で厨房にやってきた。

「ただいま!ボンディどうだった?」
「はい、できておりますよ」

 冷ましてトレーに並べてあった小皿型のビスキュイを見せる。

「うん!これすごく似てると思う」

 そう言って、少しも躊躇わずにかぷっと。
さくさくと音を立てて噛み砕いていく。

「ビスキュイほどかちかちじゃないね」
「ええ、オートをすべて粉にして・・・」

 ボンディはふと気づく。ウィーの粉でも焼けるのではないかと。水分を減らしてもう少し固い生地で焼いてみてはどうだろう?
離れで育てているウィーなら、いつでもいくらでも焼くことができる。

 ─それは明日やってみることにしよう─

「じゃあ次にやることなんだけど」



 やわらかなチージュとクレーメを調理台に。
それから卵とウィー、サトーカブの粉少々を用意し、深皿に混ぜいれてよくかき混ぜて。
チージュとクレーメもいれたら、これもまんべんなくかき混ぜる。
石窯に火を入れて温めているうちに、小皿のビスキュイに、混ぜたチージュとクレーメの液を入れて窯の中に並べて焦げ目がつくまで焼くのだ。



「今の覚えられた?」
「ええ、大丈夫です」


 にこやかに、そして機敏な動作で材料を調理台に揃えて。


「始めましょう!」


 ボンディが卵を割るそばから、ドレイファス自らが粉と卵を皿に入れてかき混ぜていく。
 もちろん他の料理人がやるべき仕事だが、ドレイファスにとっては例えほんの少しの行程でも自分の手で何かを為すことが大切なことだと彼等が理解してからは、安全にできることなら敢えて手を出さずに見守ることにしていた。

 よく混ぜられたチージュやクレーメのどろりとした液体を、ドレイファスが匙で掬って小皿型のビスキュイにぽとりぽとりと慎重に落としていく。ビスキュイの窪みに収まった液体を均すよう少し左右に揺らして、ビスキュイすべての準備が整うと、やりきった顔でボンディに焦げ目がつくまで焼くように言った。

「このビスキュイごと焼いてよろしいと?」
「そう。やって!」

 小さな一つ一つを鉄製のトレーに並べて、トレーごと窯に差し入れていく。

「ご覧になりますか?」

 ドレイファスは焼き色がついていく様を見るのが好きなのだ。
表面がぐつぐつと動き出し、香りを放ちながらこんがりと色づいていくのを見つめているとわくわくした。
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