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201 とろけるスイーツ

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 サイルズ男爵家でカキィとユウズのビネが作られ、それらが商品として売りに出される少し前のこと。

 ロンドリンとサイルズそれぞれのビネを使った新たなチージュのお披露目試食会を、公爵家で開催することになった。

 その話を聞いたせいなのか。
ドレイファスは、また新たな夢を見た。


 厨房で女が何かを鍋に入れている。
 一つは牛乳、もう一つは泡だて前のクレーメもとい生クリーム。そして匂いでわかったビネだ。

 牛乳とクレーメを合わせ温める。火が弱いところを見るとぐつぐつしないように気をつけているのかもしれない。
 温まった牛乳にビネを加え、そのまま動かさずにゆっくりニ十ほど数えて待ち、そのあとヘラをそ~っと動かし始めた。
 すると、牛乳が液体とかたまりに分かれ始めたではないか!
 ザルに布巾を敷いてをドロリとしたそれを注ぎ、しばらく置きっぱなしにしている。

 ─何もしないのか?本当に?─

 本当に何もせずにしばらく水切りのようなことをしていると、ざるの下に置いた鍋に液体が溜まっていく。

 ザルを覗き込んだ女性がヘラで掬うと、いつものチージュに比べやわらかく形を変えていく。

 ─チージュだよね?でもいつものよりやわらかそう?─


 ぱちりと目が覚めると、いつものチージュと何が違うかを考えた。

 ─牛乳とビネに・・・クレーメ!─

 すぐに着替えて厨房に向かう。

「ボンディいるっ?新しいの作りたいっ」
 
 ドレイファスの声にすぐに反応した使用人たちがわらわらと出てきて。
もちろんボンディも飛び出してきた。

「またみたのですか?」
「みたっ!牛乳とビネとクレーメ出して」
「クレーメ?」

 夢の中で作っていたものを説明すると、ボンディは材料を整えると目分量で鍋に牛乳とクレーメを放り込み、魔石を調整して弱い火をゆっくりくゆらせ始める。

「作り方はだいたいチージュと同じだけど、最初にクレーメを混ぜていることと、絞って練ったりはしないのですね」
「そう!そんな感じだった!」

 ボンディはドレイファスの話に慣れて、多少辻褄が合わなくてもアレンジが効くようになっていた。

「ほお、味も食感もはるかにまろやか!そうだっ!」

 棚から冷めたブレッドを取り出したボンディは、数枚スライスすると石窯に並べて表面を焼き、出来立てのやわらかチージュを乗せてのばしてかぷっとかぶりついた。

「ふふっ、ふふふっ」

 口いっぱいで喋れないため、目でドレイファスにも食べるよう勧めると、ドレイファスも躊躇うことなくがぶっと噛みつく。
さくっ、カリッと音が立ち、ドレイファスからも笑いが漏れた。

「ふわぁ、本当においしいっ!おいしいね、これ!」

 同じ牛の乳から作られたのに、バターともクレーメとも、今までのチージュとも違うクレーメチージュとでも言おうか。

「牛の乳がこんなにも奥深いものだとは、ドレイファス様から教わらなければ気づくこともなかったでしょう」

 牛の乳は平民の食す物、以前の貴族はそれを下賤と見て、口にすることなど考えたこともなかったのだから。

「チージュと言ってもひと手間加えたり抜いたりすることで味も食感も違うものが作れるのですね!一つのやり方にこだわるのではなくいろいろと試しましょう」

 ちょうどよくビネの種類をメイベルが増やしたばかり。それらも使い、この作り方で試してみようと。牛乳とクレーメの量やビネの種類、火にかける時間などを細かく変えて作ってみようと、ドレイファスとボンディはにやりと目配せしあった。




 ドレイファスの夢は続きがあった。

 やわらかなチージュと、サトーカブの粉らしきもの、卵いくつかとウィーの粉、クレーメが調理台に置いてある。

 女が丸い深皿を手に現れ、チージュを入れてシャカシャカと混ぜ始めた。

 ─卵みたいだ!─

 しかし卵の白身のように泡立って膨らむことはない。見るからになめらかになっていくだけ。
 サトーカブの粉を入れて、またよく混ぜ合わせると、今度は割った卵を何度かに分けて入れては混ぜを繰り返す。卵を混ぜ終えると今度はウィーの粉。卵とは違い、一気にザバッと入れてよく混ぜる。最後にクレーメを入れて混ぜると、平らで深さのある丸い皿にその液体を入れて、皿ごと窯に入れた。

 ─甘い甘い匂いだ!─

 ドレイファスの神の眼が、意味はわからずとも音と匂いも伝えてくれるようになったことで、以前よりみたものが何か想像しやすくなっている。

 しばらく時間を置いて窯を覗き込んだ女が一度頷いて皿を引き出すと、皿からこぼれんばかりに膨れ上がったこんがりと焼けた、間違いなく甘い物が姿を現した。


 ─うわっ、匂いがすごいよ─


 女は皿のまま棚に乗せて、長い時間放置した。
 すっかり日も落ちた頃、厨房に戻った女が皿を棚から下ろすと!あれほど膨らんでいたのに、皿の真ん中がぺったりとへこんでしまっている・・・。


 ─うそ!なんで?こんなに小さくなっちゃった!─


 しかし女性はへこんだことを気にするわけでもなく、皿からどうやってかそれを引っ張り出して、カットボードの上で切り込みを入れていく。
 小皿に一切れづつ乗せるとティーセットとともにワゴンでどこかへ運んで行った。



 目が覚めたドレイファスは、口内にたまった唾液をごくんと飲み込む。

「すっごくおいしそうだった!絶対食べたい」

 枕元の紙とペンを取り、寝台に転がったまま記憶を揺り起こして、レシピを再現する。
 何か足りなくとも次にまた同じ夢をみたら書き足せばいいし、ボンディなら試作をくり返す中でアレンジを重ねてうまく形にしてくれるから大丈夫だ。

「こんな感じだったかなぁ?」

 材料はこれで間違いない・・・と思う。行程は少し心許ないが、まずはこれでやってみようと急いで着替え、レイドと離れの厨房へ向かう。

 厨房を覗くと、ボンディは今日も薄鉄鍋を振るっていた。

 ちなみに最近、あの薄鉄鍋をあちらの世界でフリャィパンと呼んでいることに気づいたが、名を変えるには広がり過ぎているのでスルーしたドレイファスだ。

「ボンディ、今いい?」
「おはようございますドレイファス様!火を落とすまで数分お待ち頂けますか?」

 薄鉄鍋を炙っていた魔石の火力を落とし、焼けた肉を皿に移して給仕に渡すと手を拭きながらやって来た。

「おまたせいたしました」
「うん、大丈夫。これ見て」

 さっき書き上げたメモを渡すと、視線を落としたボンディの顔が明らかに興奮し始める。

「これ、今からやってみましょう。焼けたらへこむまでしばらく冷ますということですね、ドレイファス様がお帰りになる頃には出来上がっているはずです」
「もわもわに膨らんでいるところが見たいよ」
「そこはお休みの日にご一緒に」



 厨房ではボンディが、ドレイファスに聞いた材料を大量に用意し、料理人たち皆で手分けをして配分を変えたものをいくつもいくつも混ぜては皿に入れ始めている。

「丸く平らで深い皿か、これが一番似ているかな」

 ケーキ型などないので、深皿の中では浅めの鉄を使うことにした。
 全部で12皿の試作を窯に入れ、膨らんで焼色がつくまで火にかける。しばらく待つと、確かにぷぅっと膨らんで!

「本当だ!こんなに膨れるのにへこむんですか?」
「ああ、ドレイファス様がそのように仰っていた」


 かきだし棒で窯の中から順に鉄皿を引っ張り出し、棚に並べていく。
どれが何を多く入れているのか、まざらないように。

「それにしてもすごく甘い匂いですね。ウィーのクレーメ乗せを焼いた時より強い匂いがたまりませんよ」
「本当だな。ドレイファス様の夢は今匂いもわかるらしいから、目が覚めたときはさぞ腹が空いていたことだろうな」

 くすっと笑い、もう一度厨房に充満した匂いを吸い込んだ。


 その日、ドレイファスはシエルドとトレモルと屋敷に戻ってきた。トレモルも誘ったが、最近のトレモルは前ほど甘い物を好まなくなってきていて、新しい甘みと聞いても剣術の鍛錬があるからと素っ気なく行ってしまった。

「トリィ冷たい」

 ドレイファスが口を尖らせるのを見て、シエルドが笑う。

「皆、ドルほど食べ物に執着していないんだよ」
「執着なんか!」

 していないと言おうとしたが、いや、しているかもしれないと口ごもり、さらにシエルドの笑いを誘う。

「僕らの中ではドルが一番食いしん坊だよ、間違いなく。あっ、師匠かドルかマー・・・」

 マーリアルおば様と言いかけて、そこはなんとか飲み込んだ。

 離れの厨房に近づくと廊下が甘い甘い香りに満たされて、ふたりと護衛たちは顔を見合わせた。

「すごいね、これ!」

 ドレイファスを食いしん坊と笑ったシエルドだが、鼻をくすぐる匂いに期待に目を輝かせている。

「ボンディただいま!できてる?」
「できていますよ、食堂にどうぞ」

 試作した12皿のうち、料理人たちで試食してバランスが良いと感じた3皿をさらに手を入れて焼き直したものを用意してあった。

「いつもならドレイファス様とシエルド様には果実水をご用意するのですが、今日は茶をご用意しています」

 レッドティーがそれぞれに。
皿にはこんがりと焼き目がついた薄茶色の物体。ウィーのクレーメがけよりはるかにふっくらとしているが、出された匙で掬うとしっとりとやわらかく、想像したどれともその食感は違っていた。

「とろけそう」

 ぷるんとも違うとドレイファスは他に似たものがあったか思い出そうとしている。

「うわ!おいしいねこれ」

 シエルドはあっさりと賞賛した。
護衛のアーサと屋敷に戻ってメルクルと交代したレイドも同意して頷いている。

「また新しいスイーツが誕生しましたね」

 実に満足そうにボンディが微笑んだ。
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